107話 砦跡に向けて出発!
アンジェナに『色仕掛けらしからぬ色仕掛け』をされているのを目撃されて以来、敵意ビンビンのゴリラ級冒険者ことゴル。
砦跡に向けて移動が始まったが、エイミーとアリアと一緒に馬車の後ろの方を歩いていても、最前線を歩くゴルからは敵意がビンビン飛んできて、その他の冒険者らしき男2人からもほのかな敵意が感じられる。
きっと全員アンジェナファンの冒険者に違いない。
ちなみに馬車は荷物を積んでいて基本的に人が乗るスペースは少なく、そしてアンジェナが操縦している。
そしてアンジェナの要請によりアデリーは馬車に乗り込み、ずっと二人でおしゃべりをしている状態だ。
流石に護衛役に敵意を向けられては、ただでさえ不安な道中が、さらに不安に感じられたので、ゴルの誤解を解くべく歩きながら話をしてみる事にした。
近づいて声をかけてみると、のっけから、つっけんどん&ぶっきらぼうな受け答えをするゴルだったが、嘘はつかずに正直にアンジェナからカジノの閉鎖を頼まれた事や、それを渋ってたら色仕掛けをされた事を伝えると意外と話を聞いてくれた。
途中『色仕掛けをされた』という事実に一層敵意が増しかけたが、必死にアンジェナが色仕掛け自体を理解していなくて、ただ無理矢理に腕を組まれただけな事を伝え、そのせいでゴルを始め通り過ぎる冒険者に怖い目で見られて折れるしかなかった事を伝えると、なんとなく納得してくれた。
というよりも色仕掛けを間違った解釈をしているアンジェナを可愛く感じたのが勝ったらしい。
それでも微かに敵意が残っていたので、
「そもそも俺の顔をアンジェナさんが好きになると思います?」
と、切り札を切ったら、すぐさま納得したように敵意が消えた。
ほっとする反面、どこか釈然としない。
逆に俺がイラっとする。
ちなみにゴルはゴリラだがイケメンだ。
イケメンゴリラだ。この畜生。
ゴリラのくせに生意気な……
一応さらに念の為のダメ押しもしておく。
「俺にはアデリーってアラクネの恋人もいるし、それにこのエイミーもいるからアンジェナさんとは全然変な事にはならないですよー」
と、伝え、大袈裟なまでに隣を歩くエイミーに対して『エイミー可愛いよエイミー』していると、一瞬ゴルが俺を可哀想な人を見るような顔で見た後、完全に安心したような顔に変わり、それから敵意は一切感じなくなった。
どうやら俺は下半身が人外じゃないとダメというコアな特殊性癖の持ち主とゴルに判断されたようだ。
……解せぬ。
いや、解せるけど……解せぬ。
他の冒険者の男3人もゴルとの話に聞き耳を立てていたようで、ゴルが納得するのと同時に敵意が霧散して無くなりホっとした。が、逆にこれまで敵意の無かった一人が敵意を持つように変わった。
どうやら冒険者の内の一人は、特殊な性癖の持ち主らしい。
俺は……アイーシャもいるからギリギリセーフ! ……のはず。
ゴル達に対する不安の大半も消えたので、次の心配事を確認する為に馬車の周りをうろついてみたりしてアデリーとアンジェナの様子を探ってみると、アデリーはずっと笑顔で話をしている。だが、あの顔は笑顔を貼りつけているだけで『実際は笑ってない顔だ』という事が俺には分かってしまったので馬車からそっと離れ距離を取る。
いや、だって……なんか怖いし。
街から大分離れると、歩き疲れた者が馬車に乗ったり、ただ歩く状況から少し変化するようになった。
ちなみに俺は馬車に乗るとアンジェナとアデリーの話に巻き込まれそうな、そんな嫌な予感がしていたので馬車には乗らずに、時々エイミーに乗せてもらったりして休んでいる。
うちの馬メイドは、とても働き者なのだ。
出発から大分時間も過ぎ、初めてこの世界にやってきた坂道を通り過ぎた頃、ゴル達の注意の声に目を向けると遠目にデカイオッサンがいるのが目に入った。
ジャイアントが進行方向に1体いる。
冒険者の男達は馬車の近くに一人を残しアンジェナに何かを言い残した後、馬車を離れて先行しだしアンジェナは馬を止めて俺たちに向き直り
「しばらく馬を休ませましょうか。」
と、俺たちに声をかけてきた。
きっと安全が確保できるまで待機という事なのだろう。
アンジェナは桶を取り出して馬の前に置き、魔法使いらしき男が魔法で桶に水を満たしている。
その様子を見ながら水魔法のスキルがあれば砂漠でも困らないな。と、ぼんやり思いつつも『たった3人で大丈夫なの?』という心配からジャイアントに向かって行った3人の様子を眺める。
うん。ゴル。ゴリラのくせして足早い。
なんだろう?
今のニアワールドの冒険者って、がっちり装備着込んでても100m5秒とかで走れないと冒険者になれないんだろうか?
それくらいのスピードと思えるような速さでジャイアントに向かって駆けているゴル達。
その速度もあり、あっという間に接敵し交戦場所の遠さに目を細めながら様子を見ていると、ゴルがジャイアントのパンチを『受け流して』いるように見えた。
巨人のパンチをゴリラが。だ。
どんな防御力してんの? あのゴリラ。
ゴルがジャイアントの注目を集め、残り二人がなにやらコチョコチョしているような感じで、問題なく普通に倒してしまいそうな安心感があった。
その時アンジェナの手伝いをしていた魔法使いの男がアンジェナに口を開いた。
「討伐対象は現在ジャイアント1体のみ。まったく支障なしだそうです。
討伐まで10分もかからないだろうとの事なので、ちょっと休んだら出発しましょう。」
そう伝えているのが聞こえた。
きっと仲間同士で念話か何かで意思疎通をはかっているんだろう。
現役の冒険者スゲー。
すっかり安心した俺は、アンジェナとアデリーのお話が中座されている隙に馬車に積ませてもらっているアリアの荷物からホールデンに作ってもらった試作機を取り出そうとゴソゴソ荷物を漁る。
「イチー! 私の干し肉とったら許さないからねー。」
「取ーりーまーせーん。
まぁ、もし取っちゃたら代わりにジャーキーあげるから許してね。」
「ん。私の干し肉あるだけ全部食べてもいいよ。」
「いりません。硬いし塩辛いし。」
アリアの荷物を漁って魔道具一式を取りだしていると、アデリーが珍しく疲れたような顔でのっそりやってきて、ぐでーっとだらしなく俺に上半身の体重を預けてくる。
「イチぃ……あの娘……なんだか疲れる娘ね。思い込みが激しいというか……ふぅ。」
「お。おつかれアデリー。」
「……疲れたからイチ成分補給させて頂戴。」
俺の背中に体重を預けていた体勢から、俺の頭を自分の胸に埋めるように抱えるアデリー。
うむ。
アデリーのフニョンはやはり素晴らしいと思います。
その様子を見ていたのか残っていた冒険者の魔法使いらしき男の敵意が増すのを感じた。
あぁ……よりにもよって特殊な性癖の持ち主が残ってたのか。
いや、わかるよ。うん。
アデリーちょっと怖い所もあるけど綺麗だし。可愛いし。女神だし。蜘蛛だけど。
敵意がこれ以上増しても困るので探し物を理由にアデリーには離してもらい、ホールデンの魔道具一式を探しだして全て取り出し並べる。
「なにそれ? ガントレット?」
「ふふふ。そう見えるでしょー。」
アデリーが取り出した魔道具を見て不思議そうに声をかけてくる。
ガントレットは正しい。
ホールデンに作ってもらった魔道具は、防具であるガントレットを改造してもらい、それに攻撃性能を持たせた物なのだ。
「その感じだと、ただの防具ではなさそうですね。」
暇なのかエイミーも声をかけてくる。
「そだよ。
えっとね魔法が使えない人が簡単な魔法を使えるようにする魔道具ってあるじゃない?
火をつけるだけの杖とかさ。風を吹かせる石だとか。」
アデリーとエイミーが頷く。
アリアはポケっとしている。
「それ系の道具って使用者の魔力を吸い出して魔法に変えてるらしいんだけど、それだと俺みたいに魔法をあんまり使えない人だと使用回数が決まっちゃうでしょ?
だからマジックトーチとかに使ってる蓄魔タンクを組み合わせて、誰でも魔力量を気にせず簡単な魔法を使えるようにしてみたんだ。」
アデリーとエイミーが感心したような声を出し、アリアはやはりポケっとしている。
並んでいるのはガントレットの魔道具と黒い蓄魔タンク、赤色の装飾の入ったチョークのような物と、緑色の装飾の入ったチョークのような物。過不足が無いか確認しガントレットを手に取り装着を始める。
ガントレットの見た目は、手と腕に装着し革と金属を組み合わせたタイプで、変わった点は2本の太さんの違う金属の筒が取り付けられている点のみ。
右腕にガントレット本体を装着し、黒色の蓄魔タンクカートリッジを太く短い筒に差し込み固定。
そして、赤色と緑色のカートリッジの内、赤色を細長い方へと差し込みこちらも固定する。
「よし、準備できた……試し撃ちっと。」
馬車を降りて右腕を近くの岩に向けて構え、左腕でガントレットにあるスイッチを押す。
押すと同時にポシュという音がし、岩に爆竹が当たったような破裂音が鳴り少しだけ欠けた。
その様子を見ていた3人が
「「「 お~ 」」」
と歓声を上げながら拍手をしてくれた。
これが俺とホールデンのアイデアの融合。魔道具試作機、カートリッジ式魔法銃。
一つの蓄魔タンクカートリッジで20発程度撃てるように出来ている。
当初魔力の使用量を減らしたことで攻撃力がだいぶ下がったのだが、撃ちだされる魔法を銃の弾に見立てるアイデアを出し、ホールデンに銃の構造を話してみたところ、ホールデンは銃の弾のような大きさの魔法を発動させる魔道具を作成し応えてくれた。
ただ、砲身の中の螺旋状の溝などの加工は難しく思ったほどの威力が出ずに行き詰った。
が、日本で伊藤さんに砲身を相談してみたら、翌々日にどこからともなく持ってきてくれたのでビビりながらも有難く頂き、それを基にホールデンが加工と調整を行ってこの試作機が完成したのだ。
砲身に入っているカートリッジを赤から緑に替え、近くの地面を撃つ。
すると撃った場所に着弾の衝撃が加わった後、破裂音ではなく少しだけ緑色の光が発生しその部分の草がツヤツヤした。
「なんとこちら。回復弾も撃てます。」
「「「 お~ 」」」
「ただし当たる瞬間が痛くて怪我をするレベルなので怪我をした部分の回復で手一杯です。」
「意味ないじゃん。」
アリアが素早いツッコミを入れてくる。
実は俺は既に回復弾を食らい、身をもって意味がない事は確認済み。
ホールデンが面白がって回復弾を作っている時に撃たれたのだ。
あのマッドサイエンティスト。
出来を確かめたい一心で暴発装ってその場に居ただけのパトロンを撃つんだぜ。正気じゃねぇ。
でもホールデン便利だから頼っちゃうの。悔しい。ビクンビクン。
痛みでいえば、エアガンを至近距離で撃たれた時の2倍くらいの痛さと例えたらいいだろうか。
エアガンで撃たれると地味に青あざが出来るくらいには痛い。その2倍なのだから確実に血が出るレベルで痛い。痛かった。
ホールデン曰く、着弾の衝撃で魔法を起爆させる段階構造の魔法になっているらしい、火の魔法なら炸裂などを起こして追加ダメージ。回復なら着弾で回復するようになっているのだとか。だが回復量がまだ低いから今はただ痛いだけの弾。
なんとなく俺しか痛い思いをしていないのが不公平に思えたので目に付いたアリアに声をかけてみる。
「どうアリア? 試しに回復弾一発喰らってみない?」
「やだっ! 痛い思いする分だけ損するじゃない!」
「一瞬。一瞬痛いだけだから。なんならジャーキーあげるから。ね?」
「え? ……いやいやいや、いくらジャーキーでも嫌!」
「じゃあ、アリアの尻尾の先っちょだけ狙うのは?」
「変わらないじゃんっ!」
「いいじゃん。先っちょだけだから。ね?
俺、一応回復魔法は使えるから受け入れ体制は万全だよ?」
「だからヤダって!」
ん?
……なんだか
……やらしい事言ってるような気がしてきた。
チラリと横を見ると、アデリーが俺の顔を微妙に呆れたようなに見ているような気がしないでもない。
けど……ちょっと楽しいし、呆れて怒られないのなら止められない限り突き進むのみ!
「ね~アリア。お願いっ! 本当に先っちょだけ! すぐ終わるから!」
「先っちょだけとか言って、絶対根本とか狙うんでしょ?」
「そんなことないって。約束する。絶対先っちょだけだって。終わったらジャーキーあげるから。ね? なんならスナック菓子もつけちゃう!」
「……本当に先っちょだけ?」
お?
なんか押し切れそうな気がしてきた。
「安心してよ。本当に先っちょだけ。先っちょだけだから!」
大丈夫大丈夫。
先っちょだけ。ほんと先っちょだけ。うへへ。
「何が先っちょだけなんです?」
横入りしてくるアンジェナ。
突然の横やりに、妄想していたことと現実がごっちゃになり説明ができずに戸惑う俺。
「……いえ……えっと」
「さっき何か音がしましたけど、それと関係あるんですか? イチさん?」
「……いえ……あの。その……」
「ん? どうかしたんですか?」
「……何でもないです。」
微妙に脳みそがピンク色で盛り上がっていたのに、素面の人がぐいぐい上がり込んでくる恐怖はすごかった。
何となく空しくなり……ただただ空しくなり、こっそりガントレットを腕から外すのだった。
アンジェナによる俺への無邪気な死体蹴りが行われそうになったその時、魔法使いの男の声が響く。
「緊急事態です。
ジャイアントがさらに2体現れたようです。
先行組は戦線を引きながら応戦しますので私も戦いに向かいます。
万が一の為、アンジェナさん達は街に引き返してください。」
アンジェナと俺に緊張感が走る。
「え? 今更戻るなんてイヤよ。何いってんの?」
アデリーの、まるで緊張感のない声が響いた。




