105話 アンジェナの案の検討
本日2話目
満足そうなフンスという鼻息が聞こえる。
「それは私の色仕掛けに完敗ということですね!」
「はい……完敗です。
……お願いですから……もう……解放してください。」
ニッコリ微笑み腕を離すアンジェナ。
近年まれに見るレベルの良い笑顔を見たような気がした。
「それでは私の要望であるカジノの閉鎖に向けて取り組んで頂けるのですね。」
自由になった腕を抱え、ついでにそのまま顎に手を当てて考える。
一時凌ぎでアンジェナの言う事を聞く的な事を言ってしまったが、折角カジノも軌道に乗っているんだし、正直なところ莫大な利益を消しちゃうのは割に合わないように思えている。
ただ……アンジェナの言うように、この街を抜け殻にするような真似をするのも得策じゃない。
もし骨抜きのぐちゃぐちゃ状態になった街に勇者が帰ってきてしまったら『汚物は消毒だー』されるかもしれないし……さて、どうしたもんか。
なにより、折角仕事を覚えた人達を首にするのは忍びない……素敵なお尻なんだもの。バニーさん。ほんと。ウサミミぃ――
「イチさん? どうしたんです?」
「いえ……アンジェナさんに一つお伺いしたのですが、閉鎖は絶対ですか?」
アンジェナは目をキラキラさせて頷く。
「はい! 絶対です!」
「場所を変えたり、内容を変えたりしてもダメですか?」
「場所や内容を変える……その内容次第でしょうか。
ただ、今のカジノの内容に近しい内容であれば、この街で営業させる事は難しいですね。」
「例えばの話として、貴族街区で貴族のみを対象としたカジノなんかにして一般市民を入れないようにするとかは?」
「貴族の方々が堕落してしまいそうな気がします……それに貴族だけがカジノで遊べるなんて事になれば、これまで遊んでいた人は貴族に対して不平不満を持つでしょうし、街に不和を引き起こすように思えますので却下ですね。」
思わずため息をつく。
これは大人しく閉鎖するしかないのかな?
半ばあきらめ気味にアンジェナの顔を見ると、何かをブツブツと考えている。
「……移転……移転。
街の外であれば……それは良いかもしれませんね。」
「え!? ……いやいや、街の外ってジャイアントとかモンスターがいて危ないじゃないですか。」
「そうですね。危ないです。
だからこそカジノで遊びたい人は『そこまでして遊ぶ程価値があるものかどうか』も考えるでしょう。
……今は遊びたい時に遊べるというのも一つの問題なのだと思います。
それに街の外であれば金貸し業の方も出店しにくいでしょうし無茶なお金のかけ方もしなくなると思います。
ついでにどうしても遊びたい人で自力で動けない人は、ギルドに護衛の依頼を出さざるせざるをえないでしょうから。うふふ。」
ちゃっかりギルドが儲ける算段を考えているよ。
このウサミミビッチ。
「いや、そもそもの話として街の外に安全な建物を作らなきゃいけなくなりますよね?
それはさすがに無理ですよ。初期費用と運営費用にどれだけ金がかかるか想像もつきません。」
「あぁそれはですね。私に案があります。」
「えっ?」
--*--*--
アンジェナの案はかなり建設的だった。
この街から王都までは馬車で3~4日程かかる距離にある。
そして、その中間地点には現在使用していない『岩壁をくりぬいて作った砦跡』があり、そこはモンスターが手を出しにくい作りになっていて冒険者達が野宿の際に利用したりしているらしい。
そこを改装したら良いと。
勇者の街と王都は冒険者の行き来も盛んなのでカジノ建設側にとっても王都のお客の新規開拓のチャンスにもなるし、砦跡は長年放置されている場所なので娯楽施設建造を伝えれば、街道の発展に寄与する事にもなるので使用許可はギルドの後押しがあれば二つ返事で降りるだろう。と。
確かに問題解決ができる上に新規顧客開拓までできるのだからメリットは大きい。
ただ……
「娯楽施設を整える金はコッチ持ちですよね?」
「はい!」
ツッコミを入れたはずだが潔い返事。
そのままアンジェナは続ける。
「多大な費用が掛かると思いますので、ウチもギルドとして職人や護衛の人達の手配などなど割安で融通しますよ? それにその建物に関する権利を投資者達が持てるように取り計らいます。」
ニアワールドは王都がある事からも分かるように王政。君主制だ。
俺が読んでいた物語。今から8年前のチート勇者の物語では絶対君主制の暴君をチート勇者がチョチョイのチョイのざまぁで、立派な王様の制限君主制に移行し、王都民達も生き易く商売なども自由がきくようになった。
だからアンジェナの提案は、これから王都に絡むようになっても、そういった強力な権力のしがらみに縛られないように、今の街と同じようにある程度自由にできるようにするという事だろう。
砦跡の建造物の権利がもらえるような後押しをしてくれるのは嬉しいようにも思えたし、この街だけでなく王都の金持ち達がやってくるかもしれないという魅力も大きいように感じられた。
が……とりあえず大投資になるのだから即決は出来ない。
情報も不足しているし、まずは実際にその砦がどういった所なのかを確認し、可能性を見極める必要がある。
現場確認をお願いしてみると、二つ返事で明後日にアンジェナと砦跡を見に行くことが決まった。
決まるやいなや、アンジェナは準備を整える為に忙しそうにギルドへと走っていき、その後ろ姿を見送る。
考える事も相談する事も沢山出来たので、とりあえず俺もアデリーやゴードンに相談するべくアデリーの店へと戻ることした。
--*--*--
「ただいまー――じゃなかった、お邪魔します。」
「おかえり~………ん?」
「先に言っておくけど、俺から女のニオイがしても断じて浮気じゃない。
よし、とりあえず話を聞いてくれ。
うん。お願いしますから、ちょっと手を放してください。
ね?。いい子だから。ね?
あれ? なんで糸をだしてるのかな? 縛るのかな? お話ししようね。
おっと、力ずくはダメだよ? ね?
おーっと、はっはっは。痺れる系の毒もやめよーね。」
火で糸を切りつつ、攻防をしばし繰り広げ説明を続ける。
もうすっかりアデリーの嫉妬にも慣れた。
まったく、愛されてるな。俺。
大丈夫。
アデリーは本当に浮気をしていなければ結構聞いてくれる。
……ような気がする………たぶん。
たのむ………聞いてくれ。
--*--*--
「あら、そんなことがあったのね。 イチも大変ね」
「…………うん。
………そう。
……なかなか……大変……だったんだ。」
アデリーが納得した頃、俺の息は絶え絶えの状態になっていた。
だが結果オーライだ。
大丈夫。
この蜘蛛これでも結構可愛いトコあるから。
「で………ゴードンと……アデリーにも相談……したい…なって。」
「うん分かったわ。それじゃあゴードンの所に行きましょっか。」
体力を使い果たし、ぐったり気味の俺を軽々と持ち上げ屋根を渡りゴードンの所に向かいはじめるアデリー。
もう……アデリーに……任せておけば大丈夫。
俺はフニョンなお姫様抱っこをされ、事切れるように眠りに落ちた。
スヤァ




