104話 アンジェナ頑張る 【挿絵あり】
アンジェナから発せられたのは間違いなく『敵勢反応』だ。
意を決したような表情からも、彼女がこれから俺に敵意をもって何かをしようと考えている事が容易に想像できる。
だが、懇意にし良関係を築いていたと思っていたからこそ、その事実が突然やってきたことに驚きを隠せない。
その驚きは動揺となり俺の身体を固くし、ただアンジェナの行動を見守る事しかできなかった。
アンジェナは意を決したような表情のまま静かに立ち上がり、そして俺から目を離す事なく俺の右隣にやってきて座りなおした。
そして一度静かに目を閉じ小さく息を吐く。
それは自分の中で何かを消化し納得させているように見えた。そして肚が決まったのか準備が出来たのか目を静かに開き、すっと流れるような動きで俺の右腕を優しく抱えるアンジェナ。
敵勢反応を匂わせ、何をするのかわからないアンジェナに右腕を取られた事で、とっさに右肩をすくめて自分の首を庇い、左手の平をアンジェナに向けて広げ顔を守る。
もし攻撃されたとしても致命傷は避けられるはずだ。
が……痛い事は何も起こらない。
そのままの状態で固まっているだけ、右腕がアンジェナに抱えられた事により心地良い柔らかさを感じるだけだ。
恐る恐る様子を見ようと左手を下げると、アンジェナが口を開いた。
「う……うっふ~ん。」
「……へ?」
「あ、あは~ん。」
「……アンジェナ……さん?」
もやっとする適正反応を発しながらも俺の右腕を抱え、くねくねと体をくねらせ謎の呪文を口にするアンジェナ。
何が起きているのか理解できない。
ただ、右腕にあたる柔らかさが気持ちいい。
よし、落ち着け俺。
よく考えろ。アンジェナを観察だ。
スキル!
『性技 性感帯発見』発動!
ほう?
……性感帯は耳ですか?
ちがう! そうじゃないっ! 観察だ!
観察をしてみると敵対の意思はあれども攻撃の意思はなさそうに見える。
普通に話もできそうだ。
「あ、アンジェナさん? 突然どうしたんです? な、何がしたいんですかっ!?」
「いっ、色仕掛けですっ!」
「……は?」
アンジェナとの間に微妙な空気が流れる。
「うふーん。」
一瞬真顔に戻り返答したかと思えば、またも俺の右腕に擦り寄るように謎の呪文を唱え始めるアンジェナ。
『イッイロジカケ』?
なんだそれ? なんかそんな名前のスキルとか攻撃とかってあったけ? ん??
っていうか俺、右腕にアンジェナのニオイを大量につけて帰ったらアデリーに確実にシメられるよね!? そっちの方がヤバイよねっ!?
「えっと、すみません。
……とりあえず右腕を離してもらえると嬉しいんですが。」
「それは了承できません! 私は今作戦中ですから!」
「な、なんの作戦かお伺いしても?」
「私は自分の容姿については過度に褒められたりする事もありますから、それなりに『良』である事を理解してます……ソレを有効活用しているのです! あはーん。」
話し終えると一向にくねくねを止めないアンジェナ。
困ったので、とりあえず空いている左手を冷え冷え状態にしてアンジェナのおでこに触る。
「ひゃんっ!」
予想外の冷たさに驚いたのか腕を離すアンジェナ。
自分のおでこをペタペタと触り異常がないことを確認して、少し怒ったような表情をしながら口を開く。
「いきなり何をするんですかイチさん! ビックリするじゃないですか!」
「それはこっちのセリフです。」
とりあえず両手がフリーになったので両手の平をアンジェナの前に向けながら少し距離を取って話をする。
「アンジェナさん。
ちょっと冷静になったと思うので、改めてお伺いしますね。 アンジェナさんが美人って事は見れば分かります。 で、『イッイロジカケ』ってなんです?」
「え? 『イッイロジカケ』?
……色仕掛けは……色仕掛けですが?」
「ん?」
「ん?」
「…………あ。『色仕掛け』か! あはは。すみません勘違いしてました。
なんの攻撃かと思いましたよ。」
「『色仕掛け』を知らないのかと思って、ちょっとビックリしたじゃないですか。ふふふ。」
アンジェナはニコっと笑い敵勢反応が消える。
俺もノーのジェスチャー体勢を解いて頭を掻いて笑う。
「いやいや、まさかアンジェナさんから色仕掛けされるとか思わないじゃないですか、すみません。」
「いえいえ、じゃあ続きをしますので、また右手貸してくださいね。」
「あ、はい。すみません。どうぞ。」
俺の右手を腕に抱え、また敵勢反応が発生する。
「うふーん。」
あれ?
なんだこれ?
「大変……申し上げにくいんですが、アンジェナさん。」
「あはーん。
はい。なんでしょう。」
「……それ……色仕掛けじゃないです。」
「えっ!? こ、こんなに恥ずかしい思いしながら頑張ってるのにっ?」
アンジェナが愕然とした顔をし、距離を取った。
そしてやっぱり敵勢反応が消える。
「はい……いや、嬉しいことは嬉しいですよ。アンジェナさんは綺麗だし。
……でもこう色仕掛けって、もっと…こう……なんて言うんでしょう。
自分に対して相手が好意を持って言う事を聞くくらい夢中にさせる……あ~~……すみません。なんかうまく説明できないです。」
「説明が出来ないのであれば私は自分が正しいと思う方法で続けるまでですっ! うふーん。」
やはり右腕を抱きしめられる。
「ええいっ! 落ち着いてください!」
手をキンキンに冷やして、アンジェナのウサミミを触る。
「ひゃ! ……ぁん」
顔を赤くしながら、ウサミミを押さえるアンジェナ。
あえて発見した反応ポイントっぽい耳の中間から根本にかけてを撫でるように触ったから効果は抜群だ!
「み、耳を触るなんて破廉恥です! や、やめてください。」
「え? 破廉恥なんですか? 耳なのに? てゆーか俺に対して変な事しなければいいんですよ。」
「う~……」
なんだか悔しそうな顔をし涙目になるアンジェナ。
「うぅ~……これも私に課せられた使命! この程度で負けません! うふーん。」
「そぉい!」
「ひ! ……ぁん」
腕を抱きに来たのでウサミミを撫でる。
ビクンと体を離して、また悔しそうな顔をしながら再度諦めずに腕を取りに来るアンジェナ。
「うふーん。」
「そぉい!」
「ぁん!」
「あはーん。」
「そぉい!」
「あぁん!」
やべっ。なんか楽しくなってきた。
「うふーん。」
「そぉい♪」
「あぁん!」
「……お客様」
「あはーん。」
「そぉい♪」
「ひあぁん!」
「お客様……」
「あふーん。」
「そぉれい♪」
「ふあぁん!」
「お客様っ!」
ハッとして声のした方向を見ると、ニッコリ顔で敵意むき出しの店員の顔が目に入った。
「楽しんでおられるようですが……嬌声をあげたいのであれば店の外でお願いしますね。」
「「……すみません」」
--*--*--
「えらい目にあった。」
「私もですよ……不本意な事を言われてしまいました……」
二人でとりあえず溜息をつく。
アンジェナは意識を切り替えたのか、また再度軽い敵勢反応を感じたと思ったら、べったり腕を組んできた。
「嬌声は控えての色仕掛けです。」
と『ふふん。』と、言わんばかりのドヤ顔をしている。
がっしりべったり腕に抱き着いているから微妙に柔らかくてキモチイイ。
役得役得……と思い、頬をゆるめていると、ハッキリとした敵勢反応が前方から発せられているのを感じ、目を向ける。
するとめっちゃ怖いゴリラ級の冒険者が俺を睨んで憎々しげにギリギリと歯をならしていた。
「ちょ、アンジェナさん。ちょっと離れてください! なんか危ないかもしれないので!」
「いやですっ! これは私の使命なのです!」
「いや、それどころじゃなくて、なんか危ない人がいるんです!」
「えっ!?」
俺の方しか見ていなかったアンジェナが俺が促した方向を見る。
「あら? ゴルさんじゃないですか。こんにちは。」
「お……おう。」
「お久しぶりですね。護衛任務を受けてらっしゃんじゃなかったでしたっけ?」
「あぁ。無事終えた。いい稼ぎになった。」
ゴリラ級冒険者は憎々しげな顔と打って変わって優しげな顔で、ぶっきらぼうに答えている。
「まぁ。それは何よりですね。
イチさん……危ない人だなんて失礼ですよ! ゴルさんはとてもいい人なんですからっ!」
にこやかな顔で受け答えしたかと思えば、怒ったような表情で俺を諌めるアンジェナ。
ゴルは俺を見る時だけ敵勢反応が大きくなる。
どう考えてもアンジェナファンの冒険者ですね。分かります。
「あ、アンジェナさん! とりあえず腕を離してくださいっ!」
「お断りします! 私は何があってもイチさんを離したりしませんよっ!」
なんとか離してもらおうと、アンジェナの手を剥がそうとすると、それに耐える為に一層強くぎゅっと抱きしめてくるアンジェナ。
その様子を見ていたゴルの敵勢反応がさらに濃くなり思わず白目を剥きたくなる俺。
俺の腕からは力が抜けるが、それをさらに強く抱きしめるアンジェナ。
「……邪魔…したな。」
少し悲しそうな顔で通り過ぎてゆくゴル。
危機が去りホっとしたのもつかの間、またすぐに前方から、そして斜め前からと、男の冒険者と思わしき敵勢反応がガンガン突き刺さってきた。
俺は……その反応の怖さに耐える事は出来なかった。
「アンジェナさん……言う事聞きますから…………お願いですから離してください……」
懇願した俺を見てアンジェナが満面の笑みを浮かべるのだった。
【イラスト】
もじゃ毛 様
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