表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕ちた魔王の理想郷  作者: 紅峰愁二
第1章:発端
19/25

第18話:銀色の刃(3)

 『神殺し』と呼ばれた男は、無言でフレイアースと対峙する。フレイアースの皮肉も特に反応を示さず、ただ見上げている。

 その背中は、すぐにでも折れそうな程細く、けれど歴戦の戦士でも臆するくらいの威圧を放っている。一見無防備に見える背中だが、それはまるで、何者も寄せ付けない刃のようだ。手を出せば殺られる、と無意識に感じさせられる。

 そんな『神殺し』の持つ武器は剣一本のみ。鞘に納まったままの黒い柄をした剣は、そのままだとただの鈍器のようだ。鞘と柄を同じ色にしているせいか、それぞれで一本に思えてしまう。

 それを片手で持ち、抜く姿勢を見せない。

 代わりに、言葉が投げ掛けられた。


「機会をくれたことを、心より感謝する」


 男女どちらとも取れる中性的な声。それでいて感情の少ない淡々とした口調。

 その言葉を最初、誰に向けられたのか魔王には判らなかった。しかし、すぐに自分たちのことだと気づく。


「オレたちがフレイアースを引き付けている内に逃げろ」

「何故私たちを助ける?」


 魔王には『神殺し』などと呼ばれる大層な存在に気遣われる理由が解らない。会ったことは疎か、『神殺し』の名前すら耳にするのは初めてなのだ。況してや、堕天使を率いているだけで有名になりそうなものだが、そういった噂も聞いたことがない。堕天使の集団であれば、ローレンツェルの名前が一番に上がるが、それ以外に勢力が存在したのだろうか。クリスティーナの方も魔王と似た反応をしていることから、同じように知らないのだろう。


「助けられたのはこちらの方だ」

「何?」


 意外な言葉が返ってくる。


「オレたちはフレイアースがヴァナディス神殿国から離れる機会をずっと窺っていた。そして、今日お前たちを追ってフレイアースがヴァナディス神殿国から離れた。――今からオレはフレイアースを討つ」


 まさに、『神殺し』の名に恥じぬ発言。


「だから、これは礼だ」

「礼・・・・・・」

「礼というのが気に食わないのなら言い方を変えよう。オレたちはフレイアースと天使たちをここで倒したい。お前たちはフレイアースと天使たちから逃げたい――お互い利害が一致する」


 『神殺し』の言う通り、理に叶った提案だ。『神殺し』がフレイアースたちの相手をしている間に魔王たちは逃げることが出来る。

 魔王は隣のクリスティーナを見ると、行きましょ、と返ってくる。


「それでは、お言葉に甘えさせてもらう」

「お守りは必要か?」

「そんなもの、頼まれてもいらん」

「結構。では、行け」


 その言葉を合図に、お互いに向かうべき方向へ駆け出す。

 最後まで『神殺し』はこちらに顔を向けなかった。




 魔王とクリスティーナは時々振り返りながらも、徐々にヴァナディスから離れていった。天使の追っ手はない。

 『神殺し』とフレイアースたちが戦っている方角からは、未だに砲撃音や閃光が距離を置いたこちらにまで届いてくる。あまりの音の大きさに、すぐ傍で攻撃を受けている錯覚に陥ってしまいそうだ。


「神殺しって人に助けられたのは良いけど、これからどうするつもりなの?」


 クリスティーナが今更な質問を投げ掛けてくる。ヴァナディスで合流してからというもの、襲撃者やら天使やらに追いかけられて逃げることだけに精一杯だったため、仕方がないといえば仕方がない。


「とりあえず戻る」

「戻る? ヴァナディスに!?」

「違う!」


 魔王は一息置いてから言う。


「シフィア王国だ」


 クリスティーナの顔には、どうして、と言いたそうな表情が浮かんでいる。

 魔王とクリスティーナの旅のきっかけの地。現在はリブラーク帝国によって占拠された国だ。今更帰ったところで何かが出来るわけではない。だが――


「もう私たちには行くべき場所がない。ならば私たちの手で何とかするしかないだろう!」


 魔王の身体はリブラークによって厳重に包囲されている。しかしそれも、クリスティーナが施した封印で辛うじて手を出させないようにしているだけだ。クリスティーナの封印がどれだけ強固であろうとも、完璧ではない。国家という規模の組織が挑めばいつ封印が解かれてもおかしくない。だからこそ、急いでヴァナディスに救援を求めたのだが、結果は言うまでもないことになった。


「時間もあまり残されていない。無謀だが、強行に出るしかない」

「強行って、具体的にどうするの?」

「封印を解いてほしい」

「・・・・・・封印を解くって言ったってその後どうするのよ!」


 クリスティーナの言いたいことは魔王も重々解っている。

 元々破壊すると言って置きながら態々封印を解くことは、つまり再び魔王が身体を取り戻すと言うことだ。クリスティーナから聞いた話からすれば、魔王の身体は破壊してもしなくても、結局魔王自身が見逃される理由にはならない。寧ろ、倒すチャンスとして見られる。どちらも同じというのであれば、力はあった方が良い。


「それにねっ! その魔王の身体に近づけないからこうしてヴァナディスまで足を運んだんでしょ!? どうやって行くのよ!」

「シフィアに着いてから状況を見て考える」

「無計画にも程があるわ・・・・・・」


 呆れた声が返ってくるが、否定はされない。とりあえずは納得してくれたらしい。

 暫く走っている内に、既に砲撃音が聞こえなくなっていることに気づく。いつの間にかそれだけ遠くまで来たらしい。だからといって油断は出来ない。

 やがて、魔王とクリスティーナの背後から突風が襲う。突然の突風に魔王とクリスティーナは思わず足を止めて振り返る。同時に、轟音が響いた。そして、自分たちの目に映った光景に唖然とする。


「な、何だあれは・・・・・・」

「うそでしょ・・・・・・」


 地上に太陽があった。正確には、太陽のような輝きを放った光が、『神殺し』とフレイアースたちが戦っていた辺りから空へと伸びていた。

 光は線のように細く、それでいて強い光を放っている。光の線はどこまでも遠い空へと伸び、雲を裂いてその奥へまで続いているためどこまであるのか解らない。しかしそれもあっという間に消え、妙な沈黙が訪れる。


「攻撃、なのかな?」

「おそらくな」


 『神殺し』とフレイアースのどちらかが放った攻撃。どちらにしろ、恐ろしい力であることに変わりはない。今後関わりを避けたい思いが一層強くなった。


「どちらにしろ、私たちのやることに変わりはない」

「くたくたなのに安心できないなんて、もう最悪っ」


 そういって魔王とクリスティーナは体を元の方角へ向けた途端、


「!?」


 上空からの急な殺気にお互い真横に跳ぶ。

 殺気の主が魔王とクリスティーナの立っていた場所の丁度真ん中に、音もなく突き刺さる。

 二人まとめて巻き込める距離からの攻撃。

 攻撃してきた主はすぐに地面から浮き上がり、魔王たちを見下ろす。


「断罪の『銀』・・・・・・!?」


 それは、ヴァナディス神殿国内で魔王とクリスティーナを危機から救ってくれた刃だった。




 クリスティーナは浮かぶ『銀』を信じられない思いで見上げる。

 『銀』は正体不明の物体だ。今日まで見たことも聞いたこともない菱形風の独特な刃。それでも、ヴァナディスではクリスティーナと魔王を助けてくれた。

 ――それがどうしてわたしたちを殺そうとするのよ!?

 『銀』はそんなクリスティーナの心境を気にかけることなく、その切先を向け、突っ込んでくる。

 クリスティーナは反射的に剣を抜いて、全身が刃で出来た『銀』を弾いた。


「いっ」


 弾くと同時に、剣を握っていた両手に痺れるくらいの痛みが伝わってくる。

 ――速い。

 一体どれほどの速さで動いているのか、刃と刃を一度ぶつけただけでかなりの衝撃だ。教会の分厚い地面に地上から地下まで簡単に穿つだけのことはある。

 『銀』はクリスティーナに弾かれた反動を利用して上空で器用に旋回する。そして、狙いをクリスティーナから魔王へと移す。


「クルス!」

「わかっている!」


 魔王はクリスティーナの様子を見ていたからか、ただ斬り合うことはしなかった。高速の突きを辛うじて躱し、『銀』の刃に自分の剣の刃を乗せるようにして攻撃を受け流した。

 うまい、とクリスティーナは心の中で、一瞬だけその剣技に見惚れる。それは生前のクルス動きそのもののだった。昼間に見た素人丸出しの動きをして見せた者と同一人物とは思えない。急に見せた成長に、クリスティーナは弟子を見守る師匠のような嬉しさで今の状況を忘れてしまいそうになる。

 『銀』は標的を失い、虚しく地面に突き刺さる。魔王はそこで攻撃を止めなかった。地面に刀身の半分が埋もれた『銀』の、刃でなく側面の胴体に向けて剣を振るう。それを見たクリスティーナは成程と思った。

 ――全身刃の『銀』に傷を付けるのは、相手の剣を折ることに等しい。

 けれど、刃の鋭い箇所以外を狙えば、確かに可能性があるかもしれない。それが刀身の側面。普段受けたり斬ったりする刃とは違い、触れることのない部分だ。

 しかし、ことはそう簡単にはいかなかった。

 魔王の剣が空を裂く。見事な空振りに魔王も、それを見ていたクリスティーナも唖然とする。

 『銀』が二つになった。正確には、剣が『銀』の側面に触れる直前に分裂した。

 綺麗に二等分された『銀』は方向転換することなく、地面に刺さった逆の方から魔王に襲い掛かる。魔王は一方で右肩を、もう一方には脇腹を斬られる。


「ぐっ!」

「クルス!」


 クリスティーナは魔王に駆け寄る。

 出血はしているものの、怪我自体は大したことはなかった。直前に距離を取ったお陰で“それだけ”の怪我で済んだのだろう。あと一歩動くのが遅ければ、怪我をした部分が抉られていたかもしれない。

 クリスティーナは魔術で光の矢を複数生み出し、一斉に『銀』へと放つ。『銀』は高速でそれを躱しながら距離を取った。

 矢のいくつかは『銀』に直撃するも、相変わらず刃には傷が付かない。それ以上に気になることは――

 ――やっぱり、弱くなってる。

 『銀』に当たる矢は全て強固な刃で弾かれている。何度も光の矢を浴びても無事な『銀』はそれだけ頑丈ともいえるが、攻撃が効かないのはクリスティーナの放つ魔術にも原因がある。

 光の矢は、『銀』に命中したものから、外れて木や地面に刺さって消えるものまである。そして、その中にどれにも当たる前から消失する矢もいくつかあった。それはクリスティーナの魔術が不完全であることを意味する。

 ――ヴァナディスの地下で無茶しすぎたかな。

 単純な魔力切れを起こしかけている。

 しかし、それだけではないことにクリスティーナは気づいている。

 ――また、弱くなった。

 魔術を使う度に減る魔力の量が増えている。この傾向は魔王の封印後から起こっていた。

 元々、クリスティーナには魔王を単身で倒せるような魔力の持ち主ではなかった。そんな戦士であったならば、大戦では単なる兵士の一人として数えられたりはしない。自ら戦いながらも一軍を任される程の立場であった筈だ。

 一国の姫とて、連合軍の前では実力がなければただの兵士でしかない。身分など、所詮飾りだ。本気の戦いで碌に指揮も取れない輩に、姫だから王子だからと各国の我が儘を聞いて、兵を無駄死にさせたのでは勝てる戦も勝てなくなるからだ。シフィア領内でクリスティーナが魔王と戦ったのも、自国の危機に前線から戻ってきたからに過ぎない。

 初めて魔王を目にした時に、クリスティーナは死を覚悟した。諦めたつもりではないが、死ぬ予感しかしなかった。それだけ魔王が脅威的であった。

 だが、勝てた。

 対峙し、剣を振るった直後に自分の中から莫大な魔力が溢れた。力が膨れ上がり、それを活かして魔王を追い込み、最後には封印まで行った。今まで出来なかったことが、大戦の時に魔王にだけ出来た。

 そして、その後から魔力の消費が激しいことを知った。最初は魔王の封印の影響、もしくは突然増えた魔力が元に戻りかけているのではと考えていた。それでも、すぐに魔力がなくなることもなく、逆に増えることすらあった。大戦以前より多いことに変わりがなかったため、変動する魔力量を利用して個人で扱える大規模魔術や、今まで使えなかった魔術を習得していった。

 それから一年経った現在、クリスティーナに残された魔力は大戦以前と変わらないまでに劣っていた。ヴァナディスで大規模魔術もどきを作ってからすぐに魔力が底をついてしまった時点で明白だ。大戦後に覚えた魔術は大量の魔力があることを前提としたものが多いため、シフィアが占領された時も役には立たなかった。

 結局は無駄な一年だった。国を守るどころか、隣の戦友すら碌に助けられない。

 傷つけただけだ。魔王と、その国の魔族たちを。そして、シフィアの人々たちを――

 そして、今度も傷つけることになる。己の無力さが故に。

 クリスティーナは光の矢を放つのを止め、魔王の肩を貸す。


「不要だ。これくらい何ともない」


 魔王はクリスティーナの手を払い除けて剣を構え直す。

 光の矢がなくなったことにより、『銀』が再びこちらに突き進む。咄嗟に避けようと動くも、負傷した魔王は出遅れた。クリスティーナに迫った『銀』が魔王へと狙いを変え、その手に握った剣を二本とも弾き飛ばす。


「クルスっ!」


 言葉は口に出来たか解らない。

 クリスティーナは考えるより先に反射的に魔王の元へ飛び込む。一本が魔王の心臓へ切先を向けて真っ直ぐ降りてくる。クリスティーナは剣を出すも、いつの間にか接近したもう一方の『銀』に手を斬られる。その痛みで剣を離す。それでもクリスティーナは前進を止めなかった。

 ――これまでしぶとく生き残ったんだから、今回も生き残りなさいよ!

 クリスティーナの頭に何故か様々な人の顔が浮かんだ。

 両親、友人、魔王国の魔族、シフィアの国民。そして、魔王の魂が宿る前の恋人クルス――

 それらの人々の屍を越えて今日まで生きてきた。

 明日も、明後日も、生き残れる。簡単に死ぬことなどあって良い筈がない。

 ――だから!

 だから、と祈りを紡ぐ。

 どうしてそんなことを今になって思うのか、クリスティーナには不思議だった。けれど、思考は止まらない。目の前で起こっていることがスローモーションに感じられ、そんなことを思ってしまう。

 クリスティーナは魔王に勢いを任せて抱きつく。

 突進で『銀』の軌道から逸らす。それだけを考えた。

 二人で宙に浮く。

 一瞬に近い時間の筈だが、途轍もなく長く感じられる。

 どうなったのかクリスティーナには解らない。視線を向けると、『銀』が降りてきた反対側の地面に刺さっているのが見えた。

 そして、視界を真っ赤に染めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ