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「ルリアーネ、何しとる。緊急事態だ、行くぞ」
「あ、大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんじゃ」
「アリスター殿下が声の魔道具をお持ちなら、それに私の魔力を入れてあるので、その魔力を追跡すればどこにいるのかは分かります。ちょっと起動に時間がかかるのと、あまり距離が遠くなると精度が落ちるのが難点なんですが……ついでに言えば、殿下がお持ちの市販の玩具にも入れてあります」
「そんなことは、聞いてない」
「ルリアーネ、そんな技術をあの魔道具と玩具にまで入れとったのか」
ライライもシモンさんも驚いてはいるが、二人の驚きは違う方向性だ。
ライライは「そんなことをしてたなんて護衛騎士の俺は聞いてない」という驚き。シモンさんは純粋に私の技術に驚いているのだろう。市販の玩具をいじるの結構楽しいんだけどね。
「だって、私と私の技術が狙われているから、保護されているんですよね? それなら、声の魔道具を盗んで分解して解析するのが一番早くないですか? 私のを盗むよりもアリスター殿下のを盗む方がきっと簡単ですから、追跡できるようにしておくのは常識かなと」
「ルリアーネ。まず、普通の人間は魔道具を分解して仕組みを理解して自分で作ろうとせん。そして、魔道具は繊細じゃからいじるとまず壊れてだな……」
「そ、そんなことよりもアリスター殿下はどちらに!」
「ちょっと時間がかかります。あ、そろそろ起動したかな?」
声の魔道具から「ピヨピヨ」という音がエンドレスに流れる。
「なぜ、ヒヨコ……」
「可愛いでしょう! 殿下もこの音が一番好きとおっしゃっていたので」
『ピヨピヨピ……ザヒョウ ゴノニ サンノサン……ピヨピヨピヨピ……ザヒョウ ゴノニ サンノゴ』
ピヨピヨ音が途切れて、たどたどしい音が魔道具から発せられる。
「お、特定されましたね。この座標は庭ですね。カブトムシの木の近くですよ」
「いや、しかし、殿下はそこには……」
私はここでやっと声の魔道具を持って立ち上がる。
「魔道具だけ落ちとるんじゃないか」
「散々その辺りは探したので……」
「木の上は見ましたか? 最初に声の魔道具の座標を特定し、その後が玩具の座標です。玩具のみ座標が違うのは誤差ではなく、殿下が投げたか、落としたからでは?」
殿下は声が出ないからね。でも、投げたのなら声の魔道具で「ここだよ!」なんて発声できるはず。
部屋から出るように促しながら、ライライを振り返る。
「殿下は……木登りはおできにならないはずだ」
「でも、本人はできるって言ってましたよ?」
「は? いや、そんなことは……俺が護衛についてから一度も……」
「思い込みって怖いですよねぇ。とりあえず、カブトムシの木の近くのどこかの木の上にいらっしゃるんじゃないですか?」
私の推測に、ライライは弾かれたように走り出す。
綺麗な長い金髪が私の鼻先をかすめ、悔しいことにとてもいい香りがした。あの人、男よね? なんでこんないい香りがするのだろうか、腹立つ。
「ルリアーネよ、さっきの追跡機能のように他に隠しとる技術はないか?」
重々しい声の方向を見ると、シモンさんが険しい表情のまま立っていた。
「いやぁ、隠しているなんて、そんなそんな。私はただ言うまでもないと思ったから言わなかっただけで。あ、殿下が本当に木の上にいらっしゃるか確認に行かないと」
なぜか分からないが、まずい雰囲気になっている。
王族に追跡機能をつけたからまずかったのだろうか。でも、私が追跡したかったのは、私が開発した声の魔道具だけだし……殿下の行方が分かったのはただの副産物なのだ。そもそも、殿下がまだそこにいるかも分からない。
廊下を足早に進むと、シモンさんもついてくる。
「ルリアーネよ、追跡の技術もまずい」
「え、どこがですか!」
法律で決まっていただろうか。王族に追跡機能のついた魔道具を持たせてはいけないって。書いてなかったけど。常識? いや、五歳児に常識って……。
えぇぇ、もしかして不敬罪にあたる? 申告しなきゃいけなかった? 声の魔道具を他にも作ったら全部入れるんだけど……私の試作品には全部入れたし……。
「あんなもの、普通は作れない」
「いやいや、作れます作れます。ちょっといじるだけです。それに鮮明に追跡できるのは王都の大通りくらいまでで! 盗まれて売られて王都から出たら全く分からないので、全く役に立ちませんよ」
「お前さん……本当に純粋じゃな……」
変わり者とは散々呼ばれたが、純粋と言われるのは珍しい。
「その技術を埋め込んだものを好意をもつ相手にプレゼントして、相手の行動範囲を全部監視することもできるじゃろ。もし王族が身に着けているものについていれば、内密にしていた王族のスケジュールもすべてバレる」
いやいや、追跡の魔道具をつけたって当日にならないとスケジュール分からないじゃない。それなら、私は王族に盗み聞きができるような魔道具をつける。
ほら、こんなことを考えつく私は純粋ではない。
「えーと、一応ですね、追跡できるのは私の魔力でして。この私の声の魔道具を母親ニワトリと設定して、あとは子供のヒヨコたちを設定しているので、私の持っている声の魔道具がないと全く追跡もできないかな~……なんて」
「なんじゃ、その複雑な設定は」
「私も全員が追跡できたらまずいことは分かるので。あ、暗証番号だって入れないといけないんですよ! しかも二重にしました! それに魔力も結構食うんです! だから誰でも追跡なんてできませんよ」
シモンさんに可哀想なものでも見る目を向けられてしまった。
「すまんな、ルリアーネ。儂も知ってしまったからには対処せんといかん」
「えっと、法を犯してますか?」
「そうではないが、お前さんの魔道具を使うとそれができる」
「そんな! 包丁で殺人を犯しても、包丁作った人は罪に問われませんよ! ノコギリで死体を切ったとして、ノコギリの開発者が悪いんですか?」
「そういう話ではなくてな……まぁ、悪用する方が一番悪いんじゃが。それに、お前さん、こんな機能があると設計図に書いておらんかったぞ。また図面を書き直さんと……」
じっとりした恨みがましい視線から逃れるように私は前を向く。
「その機能は後付けなんで。殿下の魔道具が盗まれたり、あるいは殿下はまだ五歳なので失くしたりするかなと思って、後でいじりました」
「いじったものも全部書かんといかん。他に隠しとるのはないのか」
「えーと……あはは。今はないですけど、今日の殿下のこの騒動で、緊急ボタンを導入してもいいかなって考えてて」
「いい案じゃが、それも図面に加えんといかん」
「うへぇ、面倒くさい。私、商品化なんてしなくてもいいんですけど。王妃様から開発費用もらっているから赤字にはならないんで」
シモンさんと話しながらカブトムシの木の辺りに到着すると、ちょうど梯子を持って走るるっくんに遭遇した。
「どうやら、木の上のようじゃな」
るっくんの向かった先には、枝葉の多い木がある。
木に梯子をかけてライライが登り、やがて枝や葉の間から眠ってしまっているアリスター殿下を抱きかかえて下ろした。
「どうやら、木に登って眠ってしまわれた様じゃな」
「落ちなくて良かったですね」
庭を隅々まで探していたらしいメアリーさんは、汗だくで髪を振り乱して走って来て安堵で泣きだしている。
「さて、ルリアーネよ。忙しくなるぞ。ひとまず、追跡機能について儂に説明してもらおうか。設計図に書き加えてから、書類にも機能の説明を書かんといかん」
「私、保護されているはずなのにめちゃくちゃ働かされていませんか?」
座標の通りの場所に落ちていたボール型の玩具を私は拾い上げる。
「その玩具への追跡機能の仕込み方も聞かんといかん」
「うわぁ……私、今回とっても役に立ったのに。というか玩具への仕込み方は難しいですよ。ある程度大きさがないといけません。このボールが最低ラインですね」
「ルリアーネよ、お前さん、本当にまずいことになっとるぞ。儂もお前さんがこんなに脅威だとは思わんかった」
メアリーさんが殿下を抱いて部屋に戻り、医者がそれに続く。
ライライがこちらに向かってきたので、シモンさんとの会話はそこで終了した。
「……助かった……俺は殿下が木に登れないとばかり思いこんでいて……木の上まで探していなかった。ありがとう」
「殿下が自慢げに『ぼく、できるよ。あのくらいのぼれるもん』と言っていただけですから。それに、メアリーさんでも知らなかったようですから仕方ないですよ。殿下がご無事で良かったです」
五歳児の話って信ぴょう性は疑わしいものね。
ライライも走り回っていたはずなのに、相変わらずいい香りがする。
「あの、もしかして香りを発する魔道具でもつけてます?」
「? いや、そんなものはつけていない」
「じゃあ、香水?」
「香水など仕事の邪魔だからつけていないが」
「ふむ、じゃあこの香りは何ですか? 朝食にいい香りのするもの食べました? はちみつ?」
鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
ライライはギョッとして私から三歩後退って離れた。
今度はいい香りを発する魔道具を作るのもいいかもしれない。声の魔道具に匂いをつけるわけにもいかないし。
そんなことを考えていた私は、シモンさんの言っていた意味を半分も理解していなかった。




