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ライライにカフェの従業員たちを避難させるようにお願いして、私はカチカチ鳴っている魔道具の中をのぞきこむ。
「逃げるのが先だろ!」
「指定の時間までにこの設計なら爆発しないように処理できます。どうせなら爆発しない方がいいでしょう。こんな事件があればみんなの不安を無駄に煽りますから」
火薬の量は予想通り大したことはない。しかし、近くにいれば火傷してしまうだろう。
カウントダウン機能と発火機能。
二つの機能を同居させているので、どちらも複雑な設計ではないのが救いだ。
「普段から鍛えているライライなら、走り回って店の奥にいる人達も避難させられるでしょう。貴族はこういう時にみんなを守らないとカッコ良くないですよ」
ライライは無理矢理私を連れて行こうかと一瞬迷ったようだったが、すぐに店の奥を見回るために走って行った。
客たちの避難を終えた責任者は私を連れ出そうとしたものの、無理だと分かると工具を取ってきて貸してくれた。ライライも責任者も、すでにこの魔道具の箱に触れている私を無理矢理引きはがさないのは賢明だ。衝撃で爆発が起きる可能性もある。
私は工具を使って、魔道具に張り巡らされた魔法回路を切っていく。動力である魔石を抜くという方法もあるが、抜くとすぐに爆発する仕組みになっていた。魔道具に詳しくない人が迂闊に触っていたら危なかった。
発火機能は簡素なのに、嫌がらせのようにすぐに爆発するような仕掛けがいたるところにされている。
魔道具とは、魔力を動力とした道具のことを指す。
目の前にあるのは爆発を引き起こす比較的大掛かりな道具なので、魔力が大量に必要なのだ。そのため箱の中に魔石が仕込まれていたが、私の使う声の魔道具などでは魔石は必要ない。自分の保有する魔力を流し込めば起動するようになっている。
こんな状況でこんなどうでもいいことを脳内で考えているのは、視界に小刻みに震える自分の手が見えるからだ。
この先の人生なんてどうでもいいって思っていたはずなのに。だからこそ、私はこの無謀な行動を躊躇なく始められた。だって、生きている意味なんて私にはもうないはずだから。
それなのに、恐怖と緊張で私の手は震えている。
この震えは私の「死にたくない」「死ぬのが怖くてたまらない」という叫びのようだ。
結局、私は死にたくも生きたくもない中途半端な人間なのだ。
あれ、この回路はなんでここに?
下にもまだ何かある。でも、この回路じゃあ──。
私は箱の下に手を伸ばす。
「どうだ⁉」
時計の針はあと少しでウサギに到達するところだった。。ライライが目の前に息を乱して戻って来ていた。
「あ、最後が」
「逃げるぞ!」
最後まで言えず、ライライに腕を掴まれる。よろめいたところで腰を荷物のように抱え上げられた。
壁際までライライが私を抱えて素早く走ったところで、後ろからポンという可愛い音がした。
ライライは私を抱きすくめて、近くにあったテーブルに手を伸ばしてわざと倒した。爆風から身を守ろうとしたのだろう。
「爆発はしませんよ」
「は?」
「もう火薬に続いている発火の回路はすべて遮断しました」
「でも、さっきは、まだできてないみたいなこと言ってなかったか?」
「最後のいたずらの回路だけ切れていなかったんです」
「いたずら?」
壁とライライに挟まれて私は動けない。
ライライは私を守るように抱きしめたまましばらく息を整えていたが、爆発していないと状況が分かると私に回した腕をやっと離した。
私の手の震えはすでに止まっていた。
立ち上がって箱に近づく。ライライも後ろからついてきた。
箱からボソボソと音がする。しかも、ふわふわのウサギのぬいぐるみがポンと箱から飛び出してバネで揺れていた。
「ぬいぐるみが箱の底にわざわざ入っていたわけですか……どうりで底の板が予想よりも薄いし上にあるなと思いました……」
「まさか、爆弾じゃなくていたずらだったのか? 騒ぎを起こすことが目的か?」
「いいえ。ちゃんと火薬は入っていましたし、発火の回路が組まれて火薬にまで到達していましたから、処理するまではれっきとした爆弾でしたよ」
二人で箱の置いてあるテーブルのギリギリまで近づいた。
「最後に残った回路が謎だったんです。箱の底に向かってその回路は伸びていて。でも、箱の底に火薬が埋め込まれている可能性は重さからは考えられなかったので」
「なぁ、さっきからこのウサギがボソボソ喋ってないか?」
私はそっとウサギのぬいぐるみに耳を寄せる。
ライライは危ないと止めようとしたが思い直したらしく、同様にウサギに耳を近づけた。
『おめでとう ルリアーネ』
私は弾かれたように後退った。
視線を上げると、ライライも聞き取れたらしく目を見開いている。
「なんだ……? なんでこのぬいぐるみ、名前を喋っているんだ?」
「おそらく、綿の中に魔道具が仕込んであります。だからこんなに声が聞き取りづらいんです」
私はもう一度ぬいぐるみに耳をそばだてる。
『おめでとう ルリアーネ』
もう一度聞こえたその声で、私の指先は冷たくなった。
ウサギは等間隔にその言葉をくぐもった音で繰り返している。録音の魔道具が仕込んであるのだろう。たった十文字を繰り返し喋るだけなので、ぬいぐるみに入るほどの小さなサイズの魔道具だ。ぬいぐるみの背中には縫われたような跡もある。
「大丈夫か? 顔色が……真っ青だ。外に出て医者を」
「大丈夫です」
「俺が無理矢理腕を掴んだから折れたんじゃないか?」
「違いますよ。ただ……」
私が口ごもっていると、ライライは私の腕を勝手に触って腫れていないか確認している。
「ただ、緊張が解けたんです。爆弾の処理は初めてでしたから」
「……その割には迷いなく始めたな……とりあえず、ここから出てあとの捜査は任せよう。無事で良かった、ほんとに」
ライライは私の手を自然に取ると、カフェの外に促す。
私はもう一度だけウサギのぬいぐるみを振り返った。
ふわふわのウサギのぬいぐるみは、口元が異様に大きく弧を描いていてにんまりと笑っているように見えた。
あのウサギから聞こえる声は、少しだけエヴァンの声に似ている。
ほんの少しだけ。再現したから分かるが、本物のエヴァンの声じゃない。
誰? 誰がこんなことをしたの?
私がこのカフェに来ると分かっていて、離れた席に座ってあれを置いていったの?
何のために? 何がおめでとうなの? まるで、私があの爆弾を処理するって分かっていたみたい。
ねぇ、私は生きてる? これは目を開けたまま見ている悪い夢?
私は本当に狙われている?
手足から不気味な冷たさが這い上がってくる。
思わず、ライライに掴まれた手に力が入る。あっと思ってすぐに力を抜いたが、ライライは前を向いたまま私の手を無言で握り返してきた。
アリスター殿下ほどではないが、温かい体温が指先から流れ込んでくる。
あぁ……私は生きてるんだ。これは夢じゃないんだ。
カフェの扉を開けて外に出る。
カーテンを閉めて明かりの魔道具だけだった店内から太陽の下に出ると、前を歩くライライの金髪も太陽光も眩しくて目を自然と細めた。
少し離れた建物の陰でこちらを見守っていた責任者や従業員たちが、慌てて走ってくる。
ライライが彼らに事情を説明して、街の警備の騎士たちを待つように指示している。
「はぁ、死ぬかと思った……」
責任者からお礼を散々言われ、騎士が到着して事情聴取されるまで待っているとライライがそう呟いた。魔道具を触れる専門家も呼ばないといけないので、騎士たちもまだ中に入れないようだ。
「私なんか置いて逃げれば良かったんですよ」
「そんなことできるわけないだろ。そんなことをしたら明日から生きていけない」
長い髪をかき上げて、悩まし気なため息をつく様子はとんでもなく様になっている。
それもそうか。私だけ爆発に巻き込まれたら、ライライは何をやっていたんだと責められるか。でも、一緒に命を懸ける意味なんてないのに。
「もう二度とあんな真似しないでくれ」
心の中でツッコミを入れていると、ライライに抱きすくめられた。
さすがにそんな約束などできない。同じことがあったら私は多分また同じことをする。それに約束したらライライは面倒くさそうだ。
「嘘でもいいから『あんな真似もうしません』とか『はい』って言え」
まぁ嘘でもいいと言っているならいいかと思って口を開こうとする。
その時、ライライが震えていることに私はやっと気づいた。
「もう目の前で誰か死ぬなんてごめんだ」
掠れた小さな声だった。
私が何も言わないから沈黙が怖くて、うっかり漏れてしまったような。
あぁ、エヴァンと違って私は生きているんだ。
この面倒くさい世界に生きている。
誰かを嫌いになって嫌がらせしたり、大切に思って無謀な行動をしたり、理由は分からないけれども爆弾を仕掛けてからかったりするような世界で。
ライライに抱きしめられていると、生きている感触がした。
でも、私は嘘でも何も答えなかった。その代わりにライライの背中を軽く叩いて誤魔化した。
最初は嫌な人だと思ったけど、今では私の人生に巻き込まれてしまった可哀想な人。
私がいつまでも中途半端で流されているから、この人は今日危険に晒された。それにおかしなエゴでこの人は付き合ってしまった。私を置いて逃げずに。なんて愚かな人。
これ以上ライライを巻き込んではいけない。




