15
いつもお読みいただきありがとうございます!
ルリアーネ嬢は、俺の二人目の母親によく似ている。
そう気づいたのは、アリスター殿下が一瞬の隙に行方不明になった事件の後だった。彼女は殿下が行方不明と聞いても取り乱さず、とんでもなく冷静だった。
十歳で俺の生みの母は亡くなった。
親戚がうるさかったか、公爵という肩書で寄ってくる女性たちが面倒だったのだろう。喪が明けてからそれほど経たぬうちに、父は二人目の若い母をいきなり連れて来た。
俺が母から受け継いだような金髪と青い目。二人目の母親もそんな色彩の持ち主だった。母に似ているから、父は彼女を選んだのかもしれない。
「これからよろしくお願いします、お母さま」
新しい母を紹介され、兄は瞬時に空気を読んで挨拶していたが、十一歳の俺はそんな挨拶などできなかった。たとえそれが父を怒らせるとしてもできない。
実の母が亡くなってその悲しみも癒えていないところに二番目の母である。兄のように「お母さま」なんてすぐ呼べるはずもなかった。
でも、この人を母で公爵夫人であるように扱わなければ公爵家に問題ありとみなされてしまう。貴族の婚姻は惚れた腫れたではなく契約なのだから。
幸い、二番目の母はとても弁えた人だった。
兄にも俺にも何も強要しなかったし、公爵夫人になったからと調子にも乗らなかった。
自信がなくオドオドしているわけではなく、冷静で一歩引いたところから物事を見ている。そしていざ話してみると、冗談も言うしとても明るい人だ。
母が亡くなった直後は酒に溺れてよく怒っていた父も、二番目の母のおかげでだんだんと落ち着きを見せてきた。夕食の席で彼女が父と喋ってくれるだけで、食卓はこれまでの葬儀状態から一転して明るくなっていた。
母の葬儀で父が俺と兄を叩いたのは、悲しみからの八つ当たりだったのだろう。許しているわけではない。
二番目の母のおかげで、俺はおかしな反抗期に突入せずに済んだ。彼女がいなかったら、俺は父を刺していたかもしれないし、父も俺のことを何度も叩いていたかもしれない。
しかし、ある日公爵邸の書庫で聞いてしまった。
俺は他から見えないように書庫の奥にいるのが常だったので、たまたま入ってきた二番目の母と侍女から見えなかったのだろう。
「お嬢様、よろしかったのですか……昨日の夜会で……」
「もう終わったことでしょう。お金のために結婚して何が悪いのかしらね。私の婚姻で領民が守れたのだからいいじゃないの」
「でもお嬢様、旦那様が騙されなければ今頃は。お嬢様は元婚約者様のことがお好きでしたのに……」
「公爵様は我が家の借金を肩代わりしてくれたし、庇ってくださってよくしてくださるわ。何の問題もないじゃない」
「でも、お嬢様はこのままでは子供も抱けません。そのような契約だなんて……急に十三歳と十一歳の子供の母親にまで」
「私はすべて了承してデッカー公爵家に嫁いだのよ。子供たちにも使用人たちにも虐められているわけでもないし。そんなに文句があるなら実家に戻ったら? あなた一人で」
「私はお嬢様のことを思って申し上げております」
侍女は二番目の母のことをお嬢様と呼んでいるので、実家から連れて来たのだろう。お互いの付き合いは長そうであるが、この結婚について意見があるようだ。
会話を盗み聞きするに、二番目の母の実家は当主が詐欺被害に遭って借金苦になったところを父が助ける代わりに結婚したらしい。父は借金を肩代わりして従順な後妻を手に入れたのだ。そこには子供を持たないという契約まで含まれていた。継承権争いを生まないためによくある話ではある。
そして昨日の夜会では、借金ができる前に婚約していた相手と会ってしまって「金のために俺を捨てて結婚したのか」なんて言われたらしいが、父がうまく対応したようだ。
二番目の母は家のために、本当に好きだった相手と婚約解消して父に嫁いできたのだ。
それからほどなくして、二番目の母の周りからあの侍女の姿は消えていた。聞くと「親の看病があるそうだから実家に戻したのよ」と笑っていたが、本当の理由は違うと思う。
あんな話を聞いてしまって、二番目の母は俺にとって弁えた人から可哀想な人になった。
多分俺は自分のことを可哀想だと思いたかった。
叩かれるのではなく悲しみに浸りたかったし、思い切り母を思って泣きたかったし、誰かに同情されて抱きしめられたかった。
俺は落ち込む暇もなく、誰かを恨むこともできず、幼くして母が亡くなっても強制的に自立させられたようなものだったから。
父が実の母の名を呼びながら酒に溺れているのも見た。二番目の母の事情を知り、とてもではないが恨めなかった。
むしろ、自分と同じで皆が可哀想だと思ってしまった。自分だけ弱音なんて吐けるわけがない。そこから俺は、二番目の母のことを臆することなく母と呼べるようになった気がする。同志のような気がしたから。
ルリアーネ嬢が顔合わせや屋敷で会ったのは、この二番目の母なのだ。俺が買い物に同行したのも実の母ではなく、二番目の母だ。
ルリアーネ嬢のアリスター殿下への接し方は、二番目の母の俺たち兄弟への接し方によく似ていた。メアリー氏のように愛情と過度な心配をはき違えているのでは? なんて時々言いたくなるようなものではなかった。
ルリアーネ嬢との婚約を王妃様から打診されて頷いたのは、父が王家と懇意になりたくて賛成したからというのもあるが、二番目の母に似ている部分を彼女に垣間見たせいもある。
無論、顔や身分目当てで言い寄られていて迷惑だったというのもあるし、そろそろ次男の俺にも婚約者をと父が決めようとしていたのでタイミングが本当に良かったのだ。
最初は落ち込んで甘ったれて自立せずに羨ましいと思った。
俺が諦めたことだから。
でも、二番目の母と重なってだんだん俺と同じで可哀想な人だと思えてきた。
多分、彼女も俺と同じなんじゃないか。俺は許されるなら彼女のように死を嘆き悲しみたかった。
時が止まったままの彼女と、強制的に進ませられた俺。
俺はルリアーネ嬢のことを可哀想な人だと思って扱っていた。可哀想な自分がこう扱われたら嬉しいと思って俺は扱った。小さい頃の自分を慰めるみたいな気分だった。
でも、違った。
「カーテンをすべて閉めて、カフェの従業員の皆さんを避難させてください。これは爆弾です」
目の前で迷うことなく紙袋を破いて、爆弾だという魔道具を解体し始める彼女は全く可哀想な人ではなかった。
「このサイズでカウントダウン機能までついているなら、このカフェの中が爆発するくらいでしょう。窓まで割れる威力は出ませんから、近隣店舗の方々まで避難させる必要はありません。早く避難を」
仕立て屋でげんなりして疲れ果てていた、世間知らずな可哀想な彼女はどこにもいなかった。
次話で第一章は終わりです。
面白いと思われたら、ブクマやお気に入り登録をしていただけると嬉しいです。




