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私の結婚相手はかなり早く決まったようだ。
元々候補をリストにしていたくらいだから、先方に話を通すだけだったのだろう。
今日は王宮の一室で当人同士の顔合わせなるものだ。
王妃様は相手の名前を「会うまでのお楽しみ」と教えてくれず、私も興味がなかったので聞かなかった。
相手は仕事で遅れると王妃様の侍女が伝えに来たので、私は広い綺麗な部屋を歩き回る。相手が誰だろうと興味があまりないので、落ち着かないわけではない。
私がずっと座ったまま待っていると、相手が入ってきた時に待ち構えている様ではないか。この婚約を待ち望んでいるかのように見えたら嫌だから、そんなことはないと示すために歩き回る。こういう結婚でお約束の「お前を愛することはない」なんて勘違い満載のセリフを開口一番言われたくない。
部屋にいては意味がないかと思い直し、バルコニーに出てみる。
相手も遅刻するくらいだから乗り気ではなく、親に無理矢理承諾させられた口だろう。
「そうねぇ、まずは愛人がいるか聞かないとね。きっといるだろうから、もし愛人が本邸に住む場合は私に別邸か離れを用意してもらおうかな。さすがに結婚したのに実家にいるままだと意味はないだろうし……でも別居婚ってありだと思うのよね。領地に住まわせてもらおうかな」
独り言を呟きながら空を見る。
憎たらしいほどの快晴だった。エヴァンが亡くなった日も、空はこのように晴れ渡っていた。病気になる前のエヴァンのような快活さ。
私の人生で良くないことが起きる時は、天気がいいのかもしれない。
「私、社交はしてきてないからなぁ。王宮行事には出ないといけないかな。そうなると保護の意味がなくなるからやっぱり引きこもりでいいのかな。要確認」
ねぇ、エヴァン。
私が結婚だって。エヴァンが亡くなって、エヴァンの声を再現しようとしただけなのに。なんだか凄いことになっている。
シモンさんは私を魔道具係に誘うことはなくなった。彼の気持ちも分かる。私が殿下の玩具に細工したからだろう。
留学にも魔道具係にも、他の魔道具にも興味がない私をシモンさんは持て余し始めている。
「明かりと空調の魔道具の中に録音機能を忍び込ませることもできちゃうのよね。設計図見ちゃったし……そうしたら、使節団が来た時や重要な会議も盗聴できちゃったりして。その前に遠隔で盗聴できるものも開発できちゃいそう。ただ、王宮だと部屋数も多いからあまり離れた部屋から会話を聞くと……」
「物騒だな、おい」
突然、男性の声が背中から投げかけられた。
「あぁ、こんにちは。もしかして、相手の方は直前でキャンセルされたんですか?」
いつの間にか、部屋とバルコニーの境の窓のところにライライが立っていた。
「どういう意味だ?」
「あれ? 伝言を持って来られたんじゃないんですか?」
「いや、仕事で遅れて申し訳なかった。殿下が玩具を失くして泣かれたから探し回っていた。お前が細工していない玩具だ」
「ん?」
「え?」
私はライライの綺麗な顔をしばし見つめる。
彼の白い騎士服の裾には、外で探し物をしていたようで草が少しばかりついていた。
「なんだよ」
「もしかして、結婚相手ってライライなんですか」
「そうだけど……王妃様から聞いてなかったのか?」
「『会うまでのお楽しみ』と語尾にハートマークをつけてウィンクまでして言われました」
私がやったら鳥肌ものなのに、子供を三人産んだ王妃様がやると大変様になっていた。
「あぁ、言いそうだな」
「この度はライライにとんだハズレくじを引かせてしまって」
「なんでだよ」
ライライは可哀想に。私の結婚相手になんてされてしまって。
まさか、アリスター殿下の周りにいて私と面識があるから選ばれてしまったのだろうか。るっくんは伯爵家だから無理だったのだろう。
でも、秘密の恋人がいるなら結婚は貴族としなければいけないのだろうか。
「そういえば、ライライの本名って何でしたっけ?」
「そこからかよ……ライムント・デッカーだ」
「あぁ、そうでしたね。デッカー公爵家でしたか」
バルコニーでずっと話をしているわけにもいかないので、部屋に戻ってテーブルにつく。
どこからか現れた王妃様の侍女がさっと香り高いお茶を入れて、宝石みたいなキラキラしたお菓子を置いて出て行ってしまった。
「お菓子でも食べながら条件を擦り合わせましょうか」
ライライは首をひねりつつも私に同意して、肘掛まで凝った装飾を施されたイスにそれぞれ腰掛けた。
「先にこれを渡しておく」
ライライはポケットを探ってテーブルの上に何かを置いた。
彼のごつごつした手のひらが離れると、それは小さな塊だった。綺麗な紙に紫のリボンがぐるぐる巻きにされた塊。
「……間違えた。これはアリスター殿下からだ」
「え、殿下?」
「お前が元気がなかったから、心配なさっていた」
おそらく殿下がラッピングまでしたのだろう。リボンを解いて、紙を外す。
「おぉ、これは殿下が二番目にお気に入りのいい感じの石ではないですか」
「よく見てるな」
「何回殿下にコレクションを自慢されたと思ってるんですか。ちなみに三番目の石は私が見つけて拾って献上したものですよ」
「そんなに得意げな表情で言うことが石か」
紙の中からは、殿下の石コレクションで見たことがある、青みがかった小さな石が出てきた。
殿下のコレクションには序列があり、毎日その序列は変わる。しかし、トップスリーは不動だ。この青みがかった石はそのトップスリーの中の一つ。
「これはまさか殿下からのメッセージ……私は二番目の女ということですね!」
「違う、お前の目が青いからその石を選ばれたんだ」
「お、おぉ……!」
呻くような変な声が出てしまった。殿下、女心のお勉強が必要なんて思ってすみませんでした。しかも何かの暗喩だなんて疑ってさらにすみません。
窓から差し込む光に石を透かす。青色がより綺麗に光った。
殿下には私の目がこんな風に見えているのか。元気がなかったからと、お気に入りの二番目の石までくれるなんて。許されるなら殿下と結婚しようかな。私の髪の毛はサラサラじゃないけど。
「石に夢中になっているところ悪いが、これも」
次に取り出されたのは、うってかわって綺麗に包まれた細長い塊だった。
開けてみると綺麗な空色の瓶に入った液体だ。
「俺が使っているオイルだ。それを使えば殿下に髪の毛がサラサラじゃないなんて言われないだろ」
「天然のサラサラじゃなかったんですか……」
「殿下はすぐ髪の毛を触って遊ぶんだよ。俺はあまり髪の毛に関心がなかったからな……男はハゲなきゃいいと思っていたし……いいか、サラサラは作れる。お前の髪もこれでサラサラになるはずだ」
真剣な表情でオイルを渡してくるライライは妙な迫力と説得力がある。オイルがドヤ顔の正体か。
「ありがとうございます」
「石より喜ぶところだろう、普通は」
殿下がくれた石に喜んでいたことがバレている。
「いえ、意外で驚いています。最初にバイロン伯爵邸に来られた時からライライには嫌われているんだろうなと思っていたので。どうしていずれ結婚することになっていて、オイルまでもらっているのか分かりません」
「あー……それは……悪かった。というか、ずっと殿下みたいにライライ呼びなのか」
「名前を覚えるのが苦手なんですよ」
空色の瓶を手の中でくるくると弄ぶ。
エヴァン、髪の毛がサラサラになるオイルをもらっちゃった。結婚するかもしれない人から。凄いよね、こんなに綺麗な顔の男性と結婚するなんてね。人生って分からない。
もしエヴァンが知ったら少しは嫉妬してくれただろうか。嫉妬して夢に出てきてくれないだろうか。まさか天国で他の女の子と遊ぶのに忙しいのか。
「なぜ私のことが嫌いなのにこのお話を受けたんですか。脅されました? 公爵家の義務ですか? 結婚できない身分の恋人がいるとか」
「どれもこれも違う。それに、嫌いだったわけじゃない。羨ましかっただけだ」
「ライライには無職になって引きこもりになりたい願望があると?」
魔道具に興味があって研究したいようには見えなかった。
ライライは殿下に認められしサラサラの金髪をかき上げる。自慢かオイルの宣伝だろうか。
「……こっちの話だ。俺は次男だが公爵家の人間としてどうせ婚約はしないといけなかった。周りがうるさいしな。ちょうど良かったんだ、タイミングだよ。騎士の仕事はこのまま続けて、余っている爵位を継ぐことにはなるだろうが、公爵家の後ろ盾があるからお前の婚約相手に選ばれた」
「へぇ、そうですか。なら私はお役に立てたようで良かったです」
「お前は良かったのか? 俺が相手だって知らなかったんだろ? チェンジって言えば通るかもしれない」
「じゃあ、チェンジ」
「おい、少しは迷えよ」
「冗談ですよ。人生最大のモテ期を味わいたかっただけです。王妃様による推薦リストの中から結婚相手を選べるなんてとても贅沢ですから」
虚しい、そして可哀想だ。
ライライは口調こそやや乱暴だが、いい人だ。アリスター殿下にとても親切であるのも日々の中で分かっている。
そんな人が、くだらない私の人生に巻き込まれてしまって可哀想だ。
もっと嫌な人だったら良かったのに。それならば私はもっと幼稚でいられた。




