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第三話:だから、あの連中から距離を取ったんだろうがよ!

 思い返せば前兆はあった。ちょっと前までは会えば気さくに近況なんざを話したりしてた連中が突如素っ気なくなったりだとか、公僕共の情報がちょっとばかし手に入りにくくなったりだとか、その他諸々。


 だが、どれもこれも悪党界隈では珍しくもなんともねぇ。至極ありふれたことだ。


 それが複合的に起こってなけりゃだがな。


 チェルシーと俺はまんまと罠に誘い込まれた。なんのことはねぇ。気づけなかった俺が馬鹿だってそんだけだ。


 目標(ターゲット)の屋敷に潜り込んで数秒。違和感を感じた。静か過ぎる。家主はもう寝入ってる時間だとは言えおかしい。それと、なんか変な臭いがする。油の臭いだ。こんな夜更けに揚げ物なんて、普通の奴はやらねぇ。


「チェルシー。逃げるぞ」


「え? なんでですか?」


「きな臭ぇ」


 俺の判断は早かった筈だ。こういう時直感がモノを言う。経験が警鐘を鳴らしていた。


 だが、敵対勢力の判断はそれ以上に早かった。鼻腔を何かが焦げたような臭いが刺激した。一緒に火薬の臭いも。


「ッッ! 伏せろ!」


 俺はとっさにチェルシーに飛びかかって、覆いかぶさった。次いで、ずどん、なんて低い音と閃光。爆発だ。


 この屋敷は囮。俺達はトラップにまんまとおびき寄せられたムシに他ならねぇ。幸い爆発自体によるダメージはそんなでもなかった。だが、臭いで理解った。油でも撒いていたんだろう。起き上がると辺り一面が火の海だった。


 チェルシーの咳の音がやけに鮮明に聞こえた。


 死ぬのは怖くねぇ。怖くねぇはずだった。だが、どうしようもなく俺の下で目を白黒させているクソガキを助けてやりたい。そう思った。


「逃げんぞ!」


「は、はい!」


 チェルシーの腕を引っ張り上げ、そのまま駆け抜ける。この頃には風の加護の使い方もそれなりに理解していた。


 大丈夫だ。こんなシチュエーションは何度も乗り越えてきた。日常茶飯事だ。何しろ俺はグラマンの庇護下にあるクソガキだった男だ。グラマンに恨みのあるやつなんていくらでもいる。あのジジィには手が出せねぇからって、俺が狙われることは何度でもあった。


 まず脳裏をかすめたのは、屋敷の主に侵入がバレてたという可能性だ。だがそれにしちゃ被害が大きすぎる。いくらこそ泥が入ってきたからと言って、ここまでする馬鹿はそうそういねぇ。


 となると、相手が誰で、どれぐらいの規模なのかが分からなくなる。まぁいい。とにかく逃げの一手だ。そう考えて、俺はチェルシーを引っ張りながら、予め確認しておいた脱出経路を風のように走った。


 だが、間抜けなことに忘れてた。その脱出経路も情報源は他人だってことを。


 腕の良い情報屋から買い取った情報だ。そいつの情報は実績から鑑みても、信用できるものだったことは間違いねぇ。少なくともあの日、あの瞬間までは。


 勿論、下調べは念入りにした。屋敷の周りをうろうろしたり、一人でちょっとばかし潜り込んでみたり、脱出経路が本当に正しいのか確かめたり。そういった事前準備こそが、盗人稼業においては重要だ。


 裏目に出た。その信用も、下調べも、何もかもが。


 侵入してきた経路を避けて、脱出用のルートを辿る。あと一息。あとは、窓をぶち破って外に出て、柵を飛び越える。それだけだった。


「ゲルグさん!」


 チェルシーの叫び声が聞こえて俺は思わず振り返った。


 そっから先は酷くゆっくりと時間が流れた。


 燃え盛る屋敷の廊下。その先、俺達が通らなかったその奥に数人の人影。どいつもこいつもクロスボウなんておっかねぇ武器を俺達に向かって構えていた。


 放たれる矢弾。あぁ、死んだな。そう思った。


 だが、連中と俺の間に割って入った奴がいた。チェルシーだ。


 俺の前に仁王立ちして、数本、いや数十本程襲いかかってきた矢をその小せえ身体で全部受け止めた。一瞬にしてハリネズミ人間の完成だ。


 目の前が真っ赤になった。そっから先の数分間は断片的にしか覚えてねぇ。覚えていることは、その後廊下の先に居た連中を血祭りに上げて、そんでチェルシーを抱き上げたことだ。


「おい……。クソガキ。何やってる」


 肺に矢が刺さったのだろう。チェルシーは呼吸もままならない状態だった。


「え、へへ……。ゲ、ルグさ、ん。私、お役に、立てまし、たか?」


「喋んな。黙ってろ。今、手当してやるから」


 手当? 十本以上身体から矢が生えている人間をどうやって手当してやるってんだ? カバンの中には簡単な応急処置用のなんやかんやがあったが、どれもこれも役にたちゃしなかった。


 チェルシーが目をゆっくりと閉じようとするのを制止する。


「馬鹿! 目を閉じようとするな!」


「眠……い、ん……ですよ」


「眠くなってる場合だ! さっさと逃げるんだよ! 起きろ!」


 俺にもわかってた。もうこいつは助からない。


 チェルシーに向かって叫び続けていると、俺の隣にいつの間にかババァがいた。いつの間にそこにいやがったのかは知らねぇ。覚えてねぇ。


「ゲルグよ! 事情は把握している! 逃げるぞ!」


「ば、ババァ、いつの間に……」


「そなたはここで死ぬべきではない。余が助力する。行くぞ」


「待て、待ってくれ。チェルシーが!」


 俺はババァを縋るように見て、それからチェルシーを見た。ガキが安心したようにゆっくりと目を閉じたのは、今でも記憶に焼き付いている。


「おい! ガキ! 目を開けろ!」


「ゲルグ! よせ! そやつはもう助からん!」


「下らねぇこと言ってんじゃねぇ! ババァ! ほら、まだ息してんだろ! まだ呼吸してるんだ! ババァ! てめぇ神聖魔法でもなんでも使って助けやがれ!」


「取り乱すな! 神聖魔法は万能ではない! その娘はもう助からん! 致命傷だ!」


「ふざけんな! てめぇ、テラガルドの魔女なんて大層なババァじゃなかったのかよ!」


「取り乱すな! そなたも今危険な状況にあることを忘れるな!」


 ババァが珍しく声を張り上げる。危険? んなこと十二分に理解してる。でも、なんで俺が無傷で、ガキが死にそうになってる? 理解できなかった。


「げ、ゲルグ……さん。初めて会った日のこ、と……覚え、てますか?」


 チェルシーが目を閉じたまま、満足気に笑う。馬鹿、ガキがそんな顔すんじゃねぇ。


 忘れてんに決まってんだろ。んなこと。そんな場合じゃねぇだろ。


「もう喋んな! ババァ! なんとかしろ!」


 ババァは気の毒そうに目を伏せるだけだった。何も言いやがらねぇ。


「き、聞いて……くだ、さ……」


 絞り出すような声が、耳朶を打つ。そんな声を聞きたいわけじゃねぇんだよ。


「喋んなって!」


「げ、ゲル、グ……、さん。大好、き……です……」


 その時。命の灯火が消えた。チェルシーの身体から全ての力が抜けた。


 死体ってな、重いんだよ。こう、なんっつーか、そいつの人生やら未来やらなんやらがな、全部詰まって、その重圧が腕にのしかかるんだ。


 ババァの小さく促す声に、俺は頷いて、ガキの遺体を背負って屋敷から逃げ出した。途中、俺とチェルシーを狙った悪党どもがいやがったが、一人残らず殺した。


 その後、その件の首謀者やら関係者を全部突き止めていって、全員ぶっ殺した。ババァにも協力してもらったな。あの時のババァの痛ましいモンを見るような目は今思えば傑作だったな。


 全部片付けた後、ねぐらに寝かしておいた、チェルシーの遺体を王都の外の森に埋めに行った。数日放置してた死体だ。ぐちゃぐちゃで、蛆虫なんかも湧いてやがったが、自然と汚いとかそういう感情は湧かなかった。


 王都の治安は、その件があってか一気に良くなった。当然だ。悪党連中の半分以上が加担してたんだからな。悪党が一気に減ったんだ。治安が良くなりもする。


 そっから先は、今みたいに酒浸りの毎日だ。いや、今よりもひどかったな。ヤクもやってたし。あんま細けぇことは覚えてねぇが、ババァが俺の記憶に蓋をしたらしい。なんの魔法なのかはよく分からねぇがな。


 メティアーナでアリスタードの兵っころ共と戦った時、その蓋が外れた。そんで思い出した。


 大事なモンを取り零した、馬鹿な男だったってことをよ。






「――とまぁ、そんな下らねぇ話だよ」


 ひとしきりあらましをイズミに話し終えて、一息つく。長い話だったろ?


「……ゲルグさん」


「んだよ。同情とかは金にならねぇからいらねぇぞ?」


「いや、そういうのじゃないです。仰った通り、すっごい長くて、すっごい退屈なお話でしたね」


 あのなぁ、そういうのは思ってても言うんじゃねぇよ。空気読めよ、馬鹿。


「お前さんが聞いてきたんだろうがよ」


「ぜんっぜん理解できませんよ」


「なにがだよ」


「死人に縛られてる理由です」


 は? 死人に縛られてるってどういうこっちゃ?


「死んだ人間は生き返らない。この世の法則です。死んだらそれでおしまいです」


「んなこと、改めて言われなくてもわぁってるよ」


「いえ、分かってませんよ。死体は喋りません。生きている者に指図もしません。ただ肉の塊になって、その後土に還るだけです。死人に感傷を抱くこと自体が間違いなんですよ」


 イズミが理解できないものを見るような目を俺に向ける。


「チェルシーさんとやらはもうこの世には居ません。貴方はさっさと忘れるべきです」


「……お前さんに何が分かるんだよ」


「分かりませんよ。理解できません。その感傷も、感情も。職業柄、仲間はいくらでも死んでいきました。私は死人に対して特別な感情を持ちません。『あぁ、死んだんだ』、ってそれだけです。リソースが不足して、ちょっと面倒だな、ぐらいは思いますけどね」


「……そうだったな。お前さんは間諜だったな。それなら理解できねぇかもしれねぇな」


 理解できない、理解できない、と言い始めたイズミに向ける視線は自然とキツいものになる。お前さんに分かってたまるかよ。人間が死ぬってのは、そんな簡単に済んで良いもんじゃねぇだろうがよ。


「ゲルグさんは、その時貴方を襲ってきた方々を殺しました。チェルシーさんの死。その方々の死。なにか違いますか?」


「……違うに決まってんだろ。まぁ、良い。お前さんに理解を求める俺が間違ってたよ」


「えぇ、理解できません。ですが、納得しました」


「は? 何をだよ」


 怪訝な目をイズミに向ける。


「アナスタシア様のお考えが、です。そうですか。アナスタシア様はここまで見抜かれていたんですねぇ。ここ最近のちぐはぐな指示にも納得です」


「あん? 何の話だ?」


 イズミがなにやら得心したような表情を浮かべる。何一人で納得してやがんだよ。いちいち癇に障る奴だ。俺は遂に怒鳴りそうになった。だが、それを待たずにイズミが俺の後ろ側に視線をやった。


「アナスタシア様。このような下賤な場所に来ずとも、私が報告に参りましたのに」


 は? アナスタシア? なんでこんなとこにいやがる? 俺は思わず振り返った。酒のせいか、対生物センサーは完全にオフだった。気づかなかった。


「ゲルグ様。ようやく吐き出しましたね。貴方の根っこの部分を」


「……何しに来やがった」


「フィリップ様には申し訳ないのですが、ここは世界の平和を取らせてもらいます」


 アナスタシアがニコリと笑う。凄みのある笑顔に、思わずたじろいだ。


 そしてその凄みのある笑顔が引っ込み、引き締まった表情に一変する。


「ゲルグ様。貴方は世界の平和に必要なお方です。こんなところで管を撒いている場合じゃないんですよ」


「はぁ? 何言って――」


「いいですか? アスナ様は貴方がメティアーナを出てから一週間、飲まず食わずの生活でした。ヒスパニアまで貴方を追いかけてきたミリア様も、程度の差はあれど似たような状態だったと報告を受けました」


「それが、俺に何の関係が――」


「大有りですよ。貴方は既に勇者様一行の要なのです。その自覚をお持ちになってください。北アルテリアに行くのを許さなかったのも、貴方に自身の重要さを理解していただきたかったからです」


 アナスタシアが大きめのため息を吐く。


「ミリア様が追いかけて来て事態が好転する方に賭けたんですがね。貴方のことです。『接触するな』なんて監視されたら、余計に接触したくなるだろう、と。ですが、私の賭けは負け。想定しうる最悪の選択肢を貴方は選びました」


「俺の目的は済んだ。後は自由にさせてもらうってそんだけだよ」


「それっぽい理由で丸め込もうとしたってそうはいきません。貴方はただ逃げてきただけです。己の責務を放棄して。感傷に浸って。全く男らしくありません」


「んだと――」


「怒る気力があるのなら、まずはミリア様と話してくださいな。彼女、泣いていましたよ。女の敵です」


 その細い腕で俺の胸ぐらをアナスタシアがつかんだ。俺の身体が持ち上がる。女とは思えねぇ力だ。


「いい加減ウジウジしてるのも見飽きたんですよ。貴方のやるべきこと。それは、チェルシーさんのような存在を二度と出さないことじゃないんですか?」


「ッッ! だから、あの連中から距離を取ったんだろうがよ!」


 俺の怒声が酒場に響く。周囲の連中がざわつくが、知ったこっちゃねぇ。


 その怒声に対する答えは、アナスタシアの平手だった。


「目を覚ましてください! 自分の手で守るのか、アスナ様達が死んでいくのをただ遠くから目を逸らしているだけなのか! どちらが有意義な命の使い方か明白でしょう!」


「んなことてめぇに言われなくても分かって!」


 ゆっくりと俺の身体が椅子に降ろされる。アナスタシアがニコリと笑う。


「ほら、もう答えなんて出てるじゃないですか。後悔してるんじゃないですか? 今すぐにでも駆けつけたい、そう思ってるんじゃないですか? それを自分に言い訳して、わからないようにしてるんじゃないですか?」


 ……クソが。エゲツねぇやり方でえぐってくるんじゃねぇよ。


 んなこと、とっくに分かってたよ。俺はただ逃げてた。そんなこと理解してた。


 あいつらは大丈夫だ。もう、俺の力なんて必要ねぇ。


 目の前で俺のせいで死んでいく人間をこれ以上見たくねぇ。その一心だった。


 だが、それの何が悪い?


「もう少しご自身の重要性を理解してください。貴方は貴方が思っている以上に重要なのです。アスナ様が貴方を『必要』だと言っているのは、嘘でもなんでもないんですよ」


「……俺に何ができるってんだよ」


「できないことがあるのなら、できるようになれば良い。そのための助力は惜しみません」


 ――ゲルグさん、男らしくないですよ。その人の言うとおりです。


 チェルシーの声が聞こえた気がした。


「ッッ! わーった! わーったよ!」


 やれやれだよ。ったく。どいつもこいつも、俺みたいなチンケな小悪党に過大な期待を寄せやがって。


「ミリアはどこにいる?」


「城で保護しています。行きなさい」

過去編おしまいです。

全てアナスタシア様の掌の上。おぉ、怖い、怖い。

そして、おっさん目を覚ます。

おっさんもまだまだ未熟者なのです。


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ハラキーリフジヤーマ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 90と91が、文章ほとんど同じな気がするんですが……
[一言] イズミは辛辣ですが、正論ですね。 ゲルグはチェルシーの囚われすぎているかと。 忘れろ、とは言いません。 けど吹っ切れるべきだと思います。 なにより、チェルシー自身が望まないでしょうから。 …
[一言] ナーシャさん乙女趣味なのに誰よりも漢らしい!!
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