親子
わたしはルーナに首飾りのことを聞きたかった。ううん、ずっとルーナのことを知りたかったんだ。嫌われるんじゃないか、置いて行かれるんじゃないか、そんな不安がぬぐえなくて自分からは何も言い出せなかった。でも、今はもう、違う……!
「ルーナ、聞かせて。その首飾りが何の目印になるの? ルーナは何をそんなに怖がっているの?」
「…………」
開いた窓から吹く風が蝋燭の灯りを消した。月を背にしたルーナの白い顔の中で、瞳が空のように青く煌めいている。ルーナの目の色がこんな風に青くなっているのを見るのは、いつ以来だろう。
「お願い、ルーナ」
「……信じてもらえるかどうか」
「信じる! わたしは、信じるよ。魔法のことなんか何もわからないけど、ルーナのことを信じているから、信じられる」
ルーナは困ったように笑うと、わたしに椅子に座るよう勧めた。そして、向かいに腰掛けてゆっくり口を開いた。
「私は、名を持っていなかった。この話は前にもしたな」
「うん。もちろん、よく覚えてる。ルーナがわたしに名前をくれた日に話してくれたことだもん」
わたしは頷いて言った。ルーナの本当の名前は確か……。
「そうだ。私は拾われた養い子で、父が私に名をくれた。『空を渡る白き船』……そう、月のことだ。私と父の間に血の繋がりがないことは、教えられなくてもすぐにわかった。父は白銀の竜であり、私はただの人間だったからだ」
「ドラゴン……!」
「ああ。この首飾りは、父から貰ったものだ。これは彼自身の鱗なのだ。父は私に名と、魔法をくれた。そして薬の知識を教えてくれた。幸せな、暮らしだった。……だが……」
淡々とした声色に苦悩が混ざる。ルーナは自分自身を抱きしめるようにしていた。眠るとき、うなされていたルーナ。身体を丸めて、何度も何度も、謝っていた。「許してほしい」「死にたくない」って。わたしは思わず膝の上で両手を握りしめていた。
「ある夜、父が言ったのだ。『明日、お前もようやく十五を迎える。喜ばしいことだ』と。私も嬉しかった。だが、父は続けて言った。『お前を食べるためにずっと待っていたのだ。もちろん、受け入れてくれるだろう、我が最愛よ』と……」
ガツン、と頭を殴られたようなショックだった。育ててくれた父親が、ある日、急にこんなことを言い出すなんて。ドラゴンだから? ううん、そうだとしてもひどすぎる!
「ルーナ……!」
「私は、耐えられなかった。逃げ出したんだ。父が上機嫌で酒を飲んで寝入った隙に! 死にたくなかった。生きたまま食われるなんて、そんなこと、恐ろしすぎて想像すらできなかった! ……持てるものを持ち、山を下った。この鱗の首飾りに気づいたのは人里に出てからだった」
ルーナは胸の前で、首から下げた鱗をぎゅっと握りしめた。
「これは彼のもの、彼の鱗……。彼ならこの鱗の位置を探ることくらい容易いだろう。それでも、捨てられなかった。これを壊して打ち捨てるなどと、そんなこと、私にはできなかった。かといってただ手放すこともできない。これが誰かの手に渡り、私の知らぬ間に父の手が伸びたらと思うと。不安で、胸が潰れそうになる。……レインが無事で、本当に良かった」
ルーナの頬を伝う涙を見て、わたしはルーナに駆け寄り、後ろから抱きしめた。こんな思いをずっと、独りで抱え込んでいたなんて……。
「ルーナ、どうすればいい? どうしたらルーナは救われるの?」
「……わからないんだ。竜と人とでは時間の捉え方が異なる。いつ父が私を探し出し、怒りをもって私を引き裂くかは、予測ができない」
「えっ! ひ、引き裂くの……?」
「もしくは口から吐く炎で丸焦げにされるか、そのまま牙で噛み砕かれるか。いずれにせよ裏切り者にふさわしい末路を迎えるのは避けられまいと思うよ。私の生命が尽きるのが先か、父が動き出すのが先か。……私は、卑怯だな」
「そんな! どうして」
「他者に被害を出したくないと、逃げなければならないと言うならば、自ら彼の下へ行き、罰を受ければいい。だが私は……やはり、どうあっても死にたくないのだ。怖い……! 死にたくない! 今もまだ、ずっと、生命に意地汚く、執着しているんだ……!」
絞り出すように、ルーナは言って、また涙をこぼした。わたしの目からも、いつの間にか涙があふれ出していた。
死にたくない、生きていたい、そんなの当たり前のことなのに。ルーナはずっと、自分が生きていることすら後ろめたく感じていたんだ。わたしが、父親に暴力を振るわれていたとき、わたし自身のせいだと思っていたのと同じで……。
「違うよ! ルーナは悪くない。何も悪いことなんかしてない。家族だと思ってたのに、そんなこと言われて逃げないほうがおかしいよ! 死にたくないなんて当たり前じゃない、わたしだってそうする!」
「しかし、他の人間に……」
「逃げればいいよ! 今すぐは無理でも、もう何年かしたらわたし、もっと大きくなるし力も強くなる! ルーナを背負って逃げられる! もっと勉強もするよ、どこででも生きていけるように。そうだよ、深い谷なら大きなドラゴンは入ってこられないかもしれない。海ってところを越えて別の大陸に行けば、ドラゴンも追ってこられないかもしれない。それに、ほら、今までドラゴンを見たって人が誰もいないくらいなんだから、ドラゴンはもしかしたら人間の国には来られないかもしれないじゃない!」
「アウ、ロラ……」
「だから、死なないで。生きて幸せになろう?」
「ああ……! アウロラ……! 私は、私は……生きていても許されるんだろうか……」
抱きしめるわたしの腕に、そっと触れられるルーナの手。わたしはそれを掴まえてぎゅっと握った。
「そうだよ! 当たり前じゃない! ルーナは、わたしが自分を守ることすら知らなかったとき、わたしを助けてくれたんだから。そんなルーナが幸せになれないなんておかしいもん! 本当は、ドラゴンだってなんだって倒してやりたい気持ちでいっぱいだけど、それがかなわないなら一緒に逃げるから、だから、ルーナも諦めないで!」
「ありがとう……。アウロラ、やはり、あなたは私の曙だ……」
ルーナの手がわたしの頭に触れて、抱き寄せられる。優しい声……。でも、わかる。ルーナはわたしを心から頼ってくれてるわけじゃないこと。わたしがまだ子どもだから、まだすべてを預けられるような器じゃないから。
強くなろう、わたしはそう、決意した。




