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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
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挑戦者の高揚

 大陸全土に広がる大迷宮【永宮未完】


 永宮未完への入り口がある迷宮隣接都市には、迷宮から大きな富がもたらされるが、同時に時折、迷宮からあふれ出した怪物達が災いとして降り注ぐ。 


 トランド大陸東域でもっとも大きな迷宮隣接都市であるロウガでの、迷宮への入り口は新市街地側最北部山中の中腹。


 見上げるほどに巨大な一枚岩の岩壁にぽっかりと穴を開けた外洋帆船が船団を連なって抜けられるほどに巨大で深い洞穴こそが、ロウガの迷宮口。


 そこは迷宮への入り口でもあるが、同時にトランド大陸北域へと繋がる主要接続回廊、北部大街道の出発点でもある。


 入り口周辺には、大がかりな関所が設置されているが、そこはあくまでもロウガに出入りする旅人達の審査をするための要衝。


 迷宮モンスターからロウガを守るためのロウガ防衛最終ラインとなる城塞、それこそが、山裾に築かれたロウガ王城だ。


 山側に向かって広く、街側に向かって狭くなる台形上の中央区画、そこから王城回廊壁と呼ばれる防壁が左右に長く伸びている。


 張り出した回廊壁は、ロウガの街をぐるりと囲む外周防壁と接続されており、街が拡張し新たな防壁が築かれる事に、回廊壁もまた改修され延伸され続けていた。


   








 フォールセンの名の下に行われる武闘会は、ロウガ王城に隣接してはいるが、防壁外、街の外になる王城野外鍛錬所でおこなわれる事になっている。


 降って湧いた大イベントを一目見ようと言う大量の観客と、もしくは武闘会で己の武を見せようと滾る少数の挑戦者達。


 彼らはまだ日も完全に昇りきらない早朝だというのに、会場へ向かって大移動をしていた。


 その群衆の中にケイス達”四人”の影があった。


 ルディアとウォーギンはいつも通りの服装だが、後の二人は違う。


 白虎と呼ばれ純白の体毛が目立ちすぎるウィーは、ルディアが作った魔術無臭染色薬で、毛を虎獣人によくいる茶色に染めている。


 ただの染色薬では無く、魔術薬を使った理由は、嗅覚に優れた獣人にその匂いから使用を見抜かれる恐れが強く、疑念を抱かせる可能性を少しでも少なくするためだ。


 本来ならばこれほどの人出があるならばフードを被った上に顔まで隠しているが、染色薬のおかげで素顔を晒して歩けるためか、ウィーは気持ちよさそうだ。


 一方でケイスは、逆にその幼くも整った美少女然とした美貌のみならず、その体格以外は全ての情報を隠す戦闘用の武装に身を包んでいた。


 頭頂部から顎先まで覆い、両目の部分には、対幻覚魔術用処理を施した魔具グラスが縫い込まれ、変声機能を持つマスクは、今回の武闘会に合わせ昨日一日で作られた品だ。


 突貫品であるマスクとは違い、そこから下はこれから迷宮へと挑むために、ケイスが準備してきた武装となる。


 軽さと動きやすさを重視し、植物モンスター素材から作られた伸縮性がある薄く弾力性もある合成繊維性の四肢まで全てをカバーする一体型スーツ。


 それだけでは些か防御力に不安があるので、胸部、腕部、脚部のそれぞれをなめし革製の軽装甲で強化。


 腰のベルトのみならず、全身にはベルトを増設して、それぞれに近接戦闘用防御ナイフを一本に投擲用の各種軽量ナイフを数本で1セットとし、いつでも引き抜けるようにしている。


 足元はつま先と足裏を薄い金属板で補強したブーツを履き、そこにもいざというときの拘束魔術解除用の仕掛けを施した念のいりようだ。


 メイン武装としては、最近愛用している刺突剣を一本と、頑丈さにこだわった厚みのあるロングソードを一本。


 一つ一つはたいした重さが無くとも、それなりの装備重量を持ち込んでいる。


 闘気肉体強化が不可能になって非力となってしまったケイスには些か重すぎるが、上に羽織った戦闘用外套の裏地に仕込まれた軽量化魔術が欠点を補う。


 これらは全て既存の武具に魔導技師のウォーギンがケイスの要望を元に改良を施した武具達。


 魔術を使えず、何より魔力を生み出せず、魔術攻撃に対して致命的に耐性が無いケイス専用装備のこれらは、対魔術戦を強く意識し魔具中心の装備構成となっている。

 

 もっともその出来には、ケイスもウォーギンも満足はしていない。


 魔導技師であるウォーギンとしては、ケイスが魔力を生み出せない影響で、どうしても魔具への魔力補充が転血石を用いた充填方式となるために、その為に余計な術式が増えて、品質や威力に制限が生まれている事が気になる。

 

 自身の魔力を使うタイプの魔具であれば、もう数段階上の術式を余裕で組み込めるのが判っているだけに歯がゆさがあるのは致し方ないだろう。


 一方で使用者であるケイスの不満は、純粋にその理想や希望が極めて高いからになる。いざ戦闘となれば武具があれば何でも使い、使ってみせるが、好みとなればまた別問題。


 両者とも不満点は違うが、一致しているのは改良の余地が多々とあるという一点だ。



「王城っていうよりも、どっちかっていうと国境砦じゃないこれ」

    


 人が多すぎるのでノロノロと進みながら、ようやくたどり着いた回廊壁。壁の向こうへと向かうそのトンネルを見上げた、ルディアは率直な感想を口にする。


 人里から離れた要所に築かれた城塞とは違い、街の中や近郊の城塞とは、本来であれば行政の中心であったり、象徴としての意味合いが強い。


 だがロウガ城の作りは明らかに戦闘を、それも大規模な侵攻を意識した作りとなっている。



「しかも戦争中の国のだねぇ。なんでこんな大きいの?」



 ウィーも同じ感想のようで、小首をかしげている。


 二人ともロウガにきたときは西側の中央大街道を通って来たため、王城回廊壁部分を通るのは初めてになる。


 3階建ての建物とほぼ変わらない高さに、その下をくぐる20ケーラはあるだろう長さのトンネル。これはそのままこの回廊壁の高さと厚さを語る。


 その大きさ、積み上げられた石の堅牢さ、何より壁面に施された魔術防御処理加工の数と質。すべてが一級品の要塞といって過言では無い作りだ。

 


「実質国境みたいなもんだからだ。この先の山側に向かう街道を進めば迷宮口が見えてくる。もし始まりの宮後にあそこからモンスター共があふれ出してきても、ここで食い止めるって話だ」



 ロウガ育ちであるウォーギンは眠たげな目であくびを交じえながらも、感嘆の声をあげるルディア達の疑問に答える。 


  半年に一度の迷宮閉鎖期と並行しておきる、モンスターの異常繁殖期。


 迷宮内で増えているだけならばまだ良いが、始まりの宮の終了と共に、迷宮内で大増殖しすぎ溢れたモンスターの大群が近隣の街を襲ったという話は、トランド大陸では珍しい話では無い。


 その最たる物が暗黒時代の始まりとなった火龍侵攻と呼ばれる事例だ。


 その時はトランド大陸全土の全迷宮口から、モンスターが一斉に溢れ出し大殺戮を開始し、さらには迷宮の王たる龍の群れが、ロウガの前身である東方王国狼牙を一晩で灰燼に変えたという記録が残されている。



「それにしても大きすぎない。これ建設費もそうだけど、維持費も馬鹿にならないわよ」



 左右、天井や床にまでに描かれた魔術文字や、魔法陣には、色あせた形跡が無く、時折設置し直されている事を窺わせる。


 これだけの陣を作るためにかかる触媒の量や、その手間を考えたルディアは、あまりに大げさすぎだと呆れていた。



「領主として街を守るべきだった先祖の行いを恥じ、さらに償うためなのであろう。隠さずにいることは褒めてよかろう」



 ルディアの感想に対して、マスクの効果で何時もと全く違う声ながらも、いつも通りの上から目線全開な話し方のケイスが、出口側の壁に埋め込まれた歴史を記したプレートを指さした。

  

 火龍侵攻の際に狼牙領主とその一族は部下に死守を命じながら、我先に逃げ出していた。守るべき領民への避難の指示さえもせず。


 本来ならば領民を見捨て逃げ出した領主の末裔が、やがて王になるなど許される話ではない。


 だが火龍侵攻により、今のロウガよりもさらに巨大な街だったという狼牙は滅び、数十万人を数えたという領民も、わずか百名ほどしか生き残ることはできなかった。


 さらにそこから暗黒時代が終わりを迎えるロウガ開放まで、二百年以上の時間が掛かり、本来責めるべき者もほぼいなくなり、地域情勢も考えた政治的判断もあった結果、今のロウガ王家がこの地の王となっている。

 

 過去の恥ずべき所行があるからこそ、今のロウガ王城は街の中心部ではなく、迷宮口に最も近い北部に建造され、王族が最前線に立ち、街を、民を守るという意思を表していた。



「でもさぁそれにしては妙じゃない。ロウガの王様って飾りで、実質街を取り仕切っているのはロウガ支部って話で、警備兵さんは幾人か見たけど、とても街を守れるだけの数はいないよ?」



 街防衛時には最前線の要塞となるわりには、そこに詰める兵の数が異常に少ない事をウィーが指摘する。


 実際に群衆を誘導する王城警備兵よりも、今回の武闘大会のため急遽増員されたらしき協会所属の警備兵が目立っているほどだ。



「ん。ロウガ王家は歴代飾りであるのもあるが、元々の狼牙領地はもっと広大な地域で、今は周辺国家の領土となっている。周辺国家に余計な緊張や警戒を与えない方針で、最低限の警備兵しか持たない主義だからだ。それに今の王家には上級探索者が二人もいる。これだけの防壁があれば、防衛くらいならどうにか出来るであろう」



「へー。アレでも王城野外鍛錬場ってあそこでしょ。あんな大きい鍛錬場はあるのに、最低限の兵隊さんしかいないっておかしくない?」



 ウィーが指さした先には、平地から始まり、山の中腹辺りまで連なる長い木製の壁で囲まれた森が見える。


 うっそうと茂った木々の隙間からは、物見塔や建物がいくつか顔を覗かせていた。


 道の脇に設置された案内図を見れば、街の区画が数個すっぽりと入るほど大きい敷地面積を誇るようだ。



「王家の権限強化を求めた王族がいた名残だ。先ほどのプレートを建前に、兵の増強を画策して、最終的には周辺国家の武力併合を企てていた王子の肝いりらしい。その王子が失脚した時には完成してしまっていたので、今はロウガ支部が時折行う大規模人数講習などで用いているとガンズ先生はいっていたな」


 

「東方王国復興派ってやつか。ケイス。その話にあんまり触れるなよ、ロウガじゃかなりデリケートな問題で、揉め事の種だぞ」 



「ん。心得ている」 



 ウォーギンの忠告にこくんと頷いたケイスの様子に、ルディアは軽いため息を吐く。



「あんたがあっさりとした反応を見せる時って、盛大な前振りでしかない気がするんだけど」



 やるな、関わるないったところで、このトラブルメーカー娘がそのうちに大事を起こすのは、既に既定路線。


 とんでもない理由で、とんでもない事をしでかしかねない戦闘狂と、今回の武闘会という組合わせ。まだ受付前だというのに、既にルディアの胃は悲鳴をあげ始めていた。   



「ん。どういう意味だ?」



「観戦の方はそのままこの道を進んで広場へ向かってください。武闘大会参加者の方はこちらの道を抜けて、大会本部で受付を済ませてください」



 言われた意味が判らず、首をかしげたケイスの耳に、参加者を誘導する係の声が聞こえてくる。


 ほとんどの者は流れに乗ってそのまま進んでいくが、時折一人、二人と列を外れ小道へと入っていく。


 若くまだ少年、少女といった面影の者もいるが、中には大人顔負けの体格を持つ者や、見た目では歳がよく判らない獣人族や、異形の服装を身につけた魔族といった他種族も見受けられた。


 強そうな者や、変わった顔ぶれにケイスの戦闘意欲が刺激される。どういう戦い方をし、戦闘技能を持つのだろうか?



「では、いってくる」



 変声した状態でも判るほどに弾んだ声を出しケイスは、三人への挨拶もそこそこに列を抜け出し小道へと向かう。


 今から斬るのが、楽しみで楽しみでたまらない。ケイスの思考は既に戦闘モードに入っていた。

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