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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
剣士と探索者の街
63/119

剣士の事情

「うぅ、酷い目に遭った……」



 テーブルに突っ伏したケイスは精根尽き果てた表情で、レイネに出してもらった蜂蜜入りのホットミルクをちびちびと舐める。

 ほどよい温かさと、ケイス好みのとろりとした濃い蜂蜜の強い甘みが今は嬉しい。

 少しでも体力を回復させたいから、肉などの固形物も取りたいところだが、数日も寝込んで消化機能が落ちているのだから、胃が慣れるまではという理由で、レイネによって禁止されてしまった。

 ケイス本人としては自分の胃腸がその程度のことで音を上げるわけは無いと判っているが、どうにもレイネには頭があがらないので、素直に指示に従っていた。



「自業自得でしょ。あんたね。ますます事態を複雑化させるの止めなさいよ。今から追いかけて殺すとかも無しだからね」



 大人しくミルクを舐めているケイスをみて、ルディアは不信感が溢れた表情を浮かべている。

 このまま一緒の家に置いていたらケイスが何をしでかすか判らないという、至極真っ当な理由でケイスが殺害しようとした侵入者二人と、遺体は既に治安警備隊の屯所に連行されている。

 執念深いうえに常識の無いケイスの事。

 屯所にまで襲撃を仕掛ける気じゃ無いかとルディアが疑っているのは明白だ。



「失礼なことを言うな。私は約定は守るぞ。だがこの者達に話すことは無いぞ」 



 むすっと不機嫌な声色で自分の様子を窺っていたロッソ達を見ると、ケイスはきっぱりと断言する。



「ケイスいい加減にしなさいよ。実際こうやって襲撃までされていて死人も出てるのに、話さないが通用するわけ無いでしょ」



「この者達を信用していない。正確に言えばロウガ支部をだ。ロウガ支部内に敵がいる可能性があるならば、その所属組織に私が気を許す理由は無い」



 ロウガ支部に不正の根がはびこっているという話は、ここまでの旅すがらケイスも幾度か耳にしており、今回の事件に関わったことで実感もしている。

 自分が目指した街で、自分の目標とする道が汚された事に対する怒りと嫌悪感は、ケイスの中では大きいが、それ以上に話すわけにはいかない理由がある。

 剣呑な目付きのケイスが睨み付けるのは、隊長だと名乗った中級探索者の男だ。

 言葉の端々に見えるほどにやる気がなさげで、ノラリクラリとした印象を与えるが、ケイスの勘は相当な実力者だと告げている。

 他にも壁際に立ってケイスまじまじと見る上級探索者だというエルフはさらにその上を行き、あきれ顔を浮かべている中級探索者の水妖族も油断できる存在では無い。

 自分を上回る強さの者達を前に、ケイスは必要以上に警戒心を強めていた。



「やる気が無く、日和見で、金や権力に弱い。それが今のロウガ警備隊の評判だってよくご存じだな」



 実に単純で明快なケイスの回答に、ロッソは仕方ないと半笑いで返す。



「ふん。それはお前達の前だろう。だがお前達とてまだ目に見える成果を上げていない。ならば信じるに値はしない」



「あーそこまで判っていて言われると、こっちは返す言葉が無しだな」



 すぐに上の意向とやらが働いて捜査中止や、賄賂でも、もらったのか、明らかなトカゲの尻尾切りで終わったりと、自分達の、正確に言えば、刷新される前の警備隊の評判は最悪だと知っているのだろう。 

 組織が刷新されたとはいえ、現在の所は目に見えた成果も出ていないと聞いている。 



「いやそこで納得しないでよ……ナイカ副長もさっきから黙ってないでなんか言ってくださいよ」



 どうにも頼りないというかやる気の少ないロッソの答えに、呆れ顔のレンは先ほどから一言も発しないまま、ただケイスの動向を観察していたナイカに泣き付く。



「嬢ちゃん。あたし達に話す気は無いっていうならどうする気だい?」



「ふん。決まっているであろう。まずは怪我を治す。それから全てを画策してくれた者を叩き斬る」



 眼光鋭いエルフの上級探索者であるナイカを前にしようとも、ケイスは臆すこと無く即答で返す。

 自分の道は自分で決め、そして自ら切り開く。

 行く手を遮る物がなんであろうと、斬れば良い。

 いつも通りの答えだ。



「さっき仇討ちがどうこう言っていたね。それにそこまで頑なに事情を明かさないって事は……嬢ちゃん。誰かを庇ってるか、匿っているだろ」



 ナイカの推測に、先ほど戦闘欲の高まりで思わずこぼしてしまった失言にケイスは気づく。



「……知らん。答える気は無い」



 図星を付かれそう切り返すだけで精一杯だが、元々感情豊かな上に、根は素直なケイスの表情をみれば、ナイカの指摘が事実だと誰でも分かり易い。



「あんたが誰を守ろうとしているかなんてあたしらには判らないけど、調べる事は出来るよ。まずはあんたが持っていて、あいつらが奪い返そうとした偽の依頼書に書かれていた案件の精査だね。そうなりゃ他の部署にも色々と聞き取りする事になるから、大勢の目に触れるだろうね」



「不特定多数に知られるくらいなら、お前達を信用して事情を話せ……そう言いたいのか」



「頭の良い子は話が早いね。どうするお嬢ちゃん」



 自分が後手に回っている事をケイスは強く自覚する。

 今の体調ではここから逃げることも出来無い。

 逃げた所で、調査が始められて事が明るみに出れば、自分が動いていることが無意味になる。

 自分にもっと力があれば。

 いかなる困難でも切り裂く力さえあれば。

 臍をかむケイスは、戦うべきかと苦悶する。

 逃げることも出来無いのに、戦いを選ぶなんて、しかも相手は遥かに格上ばかり。

 真っ当に考えればあり得ない選択肢。

 非常識なケイスとて、こと戦闘となれば、自分の考えが間違っている、選択してはいけない選択肢だという戦力比を考えた当然の常識がある。

 だがそれでも戦いを選択してしまう。

 引く場所があるならば引くが、崖に追い詰められ道が無いなら迷うこと無く前に進む。



「…………話は少し変わるけど嬢ちゃん。あたし達が組織を変えた、生まれ変わらせたって話は知ってるようだね」



 ケイスが最終手段に出ようとしていることを察したのか、それとも偶然か。ナイカが話の矛先を少し変更する。



「敵のことを知るのは当然だ」



「敵ね。ならあんたはあたしらのトップ。総隊長が誰になるかは知ってるかい?」



「各派閥の利害関係で揉めて、いまだ決まっていないと聞いている。取り締まる側に自分の影響力を施したいのだろう。だから私はお前達を信じない。例えお前達の心に軸たる想いがあろうとも、上に立つ者が歪んでいれば、その心根は歪む。私のことを狭量だと笑うなら笑え。私は自分が信じる者を心より信じるだけだ」



 とりつく島も無いケイスの頑なな答えに、席に着いた者は、顔を見合わせている。

 ルディアやレイネなども何かを言いたげ顔を浮かべているが、ケイスはいくら二人に仲裁されようとも譲る気は無かった。
















 進展しない話し合いに、静寂が場を占め始めていた。

 ケイスを説得しようにも、口で何を言ってもダメだという雰囲気が漂う中、



「あたし達の総大将は、上級探索者のソウセツ・オウゲン…………それとも邑源宋雪っていった方が良いかね」



 一瞬生まれた沈黙。その静寂を破ったのはナイカだった。

 ナイカがあげた名。ソウセツ・オウゲンはロウガをホームとする上級探索者であり、さらにその中でも一握りの歴史に名を残す、いわゆる英雄と呼ばれる者だ。



「ナッ、ナイカさん! それまだ口外禁止! あっ!?」



「あー……言っちまったよ」



 ナイカが告げた名に慌てたレンは、自分の態度がそれを肯定する物だと気づき口を塞ぎ、ロッソは既にあきらめ顔だ。



「ソウセツさんが動いたのか? だがあの人の立場上、そいつはまずいんじゃ無いのか」



  ロウガ支部に勤めているガンズもその情報は初耳だったのか驚愕の顔を浮かべ、次いで懸念が浮かんだのか眉根を顰めた。



「そうも言ってられないって事だよ。あいつはロウガの現状を憂いていたし、なにも出来無い自分に歯がみしていたからね。2年前にあいつの息子が王位を継いで次世代に移ったのを機会に、ずっと考えて根回しをし続けてたんだよ。まだ渋っている奴らはいるが、それも近いうちに納得させる。だからあんたらも他言無用で頼むよ。人事案を先に流して既定事実にする気なんて思われたら、まとまる話もまとまらなくなるからね」



「……どういう事?」



 ロウガの人間にはナイカの説明だけで事情が判るようだが、ロウガに居着いたばかりのルディアがわからず横に座るウォーギンに小声で尋ねた。

 ソウセツ・オウゲンの名は、ルディアも何度も聞いたことがある有名な探索者の一人。

 『鬼翼』の2つ名を持つ翼人の上級探索者で、現ルクセライゼン皇帝と共に迷宮を駆け抜けた英雄譚で知られている。



「ソウセツって人の奥方は、ロウガの先代ユイナ女王陛下だ。婿入りって形でご結婚して以来、要職には付かず静観するという立場をとっていた。それというのもロウガの王家ってのはあくまでもお飾り、象徴ってのが地域安定のためにも必要って理由だ。東方王国時代の勢力を取り戻そうって、復興派や王族の一部が起こした事件が昔にあってから、なるべく力を持たないようにしているのさ」



 今はロウガと僅かな周辺地域をその領土とするが、ロウガの王家とは元々は東方王国時代の大領主の一族であり、ロウガの前身である狼牙の街を拠点に周辺の広大な領域を治めていた。

 元領地だった地域には暗黒時代が終わって以来、無数の国や自治都市が出来上がっており、それぞれが独自に治めている。

 その現状を無視して、往年の土地と勢力を取り戻そうとするのが復興派と呼ばれる一部の勢力だ。

 実際に復興が始まった頃の初期はともかくとして、今のロウガは周辺国家の中では領土は狭くとも、もっとも発展し、多くの人が集まる探索者の街として豊富な資金を持っている。

 管理協会が実権を握っているが、その気になれば周辺国家へ何かしらの策略を仕掛けるだけの、人材も資金も潤沢に持っている強国家ともいえる。



「そうさ。ウォーギン坊やの言ったとおりだよ。馬鹿なことをしでかしてくれたってのはユイナの実の兄貴でね、50年くらい前に東方王国復興を旗印に勢力をぶち上げて、最終的には周辺地域の武力併合もしでかそうとしてたんだよ。そいつを食い止めたのがソウセツの奴と、姫だったときのユイナや、当時皇子としてこの街にいた今のルクセの皇帝さ。まぁ、あたしもあいつらとは顔見知りだったから、ちょっとは力を貸してやったけどね」



 ひそひそと小声で交わしていたつもりのようだが、耳の良いエルフのナイカには丸聞こえだ。

 あまり良い思い出ではないが、今は必要だと思い顔をしかめたままナイカは、説明の補足を続ける。 



「ルクセの皇子も関わった所為で、争乱の中身は周辺にも知られている。周辺国家、地域との関係悪化を避けるためにも、それ以来王家とそれに連なる者は、組織としての力を持たず、いかなる勢力にも汲みせず中立に立って静観するってのが不文律になっているのさ。当然そいつはソウセツの奴にも適用される」



「でも、それならなんだってまたその人が自分で動いたんですか。誰か他の人に任せるとかでも良かったんじゃ」



 治安の悪化や不正の温床になっているのを憂いていたとしても、難しい立場にいるならば、直接では無く、誰か他に信頼できる者に任せるなど、いくらでも手はあるはずだ。

 ナイカも相談を受けたときはそう答えたが、ソウセツの意思は硬かった。



「騒ぎの時に、ソウセツの奴は育ての母親を殺されちまってる。まぁこの人がよく出来た人でね。死の間際でも自分のことは気にするな。あんたはこの街と自分の大切な連中を守れって、遺言を残してるのさ」



 ルディアの問いかけに答えてナイカは、その視線をケイスへと向ける。

 ケイスは一言も発せず、聞き入っているが。まだ警戒しているような目を浮かべている。

 話の真偽を確かめようとでもしているのだろうか。

 それともナイカの予想通りの出生なのだろうか……



「あの頃のソウタは、あぁソウセツの、その頃の名なんだけど、若手探索者じゃ有望株で腕は立つけど、女遊びは好きだわ、パーティを気分で色々と移り変わるほど適当、修練はサボるわで、あの人の手を散々焼かせていたんだけど、この街を託されて以来は、人が変わっちまってね。ガチガチの堅物になっているよ」



 二つ名に鬼という一文字が付くほどに苛烈な戦いぶりがソウセツの代名詞。

 その裏にある事情を知れば致し方ないとは思うが、それでもあそこまで変わるとは思わなかったのがナイカの率直な思いだ。




「母親が命がけで取り戻した街のロウガが、謀略で汚されるのを一番嫌っているのはあいつさ。我慢に我慢を重ねてきたが王位が次世代に移った事で、ようやく自分で動いた。立場が邪魔するなら離縁も覚悟の上だって、夫婦揃って言ってるくらいに本気だよ」



 王家に属する者の婚姻関係の解消が、様々な問題を孕んでいて極めて難しいのはどこの国でも変わらない。

 だがそれでもロウガの街のために改革を実行しようとするソウセツの意思は変わらない。 

 未だ総隊長が本決定とならず発表されないのも、大揉めに揉めているからだが、それでも押しきるだろう。

 オウゲンの一族とはそういう連中とナイカは知る。

 立ちはだかる壁は全てを力尽くで切り抜けるのだと。



「母親が取り戻したってどういう事ですか?」



 ルディアの質問を耳にしながら、ナイカはケイスの顔を注視する。

 未だ目に見えた反応を見せないが、その顔はナイカがよく知る人にそっくりだ。



「言葉通りだよ。ソウセツを育てた母親ってのはロウガ開放戦に参加してた上級探索者。それもあたしみたいにその他大勢じゃ無くて、赤龍王を討ち取ったフォールセンパーティの一人。双剣の片割れだよ。当時は顔も名も隠していたし、その後は表舞台にはほとんど出なかったから、もう一人の双剣と比べて名は知られてないけどあたしが知る限り最強の探索者の一人だよ」



 あえて名は出さない。ケイスが何かを口にするかと思ったがそれも無い。

 ケイスはただ聞き入っている。



「邑源の現当主としてソウセツは、あの人に後を託されている。お嬢ちゃんが何を守ろうとしているのかは判らないけど、少なくともあいつはロウガの街を守るために、全てを注ぐつもりだよ」



 ケイスは先ほど自分が信頼する者しか信頼しないと告げた。

 もしケイスの正体があの一族に連なる者ならば、わざわざ古い発音で言い直した邑源の名に反応するはずと、ナイカは算段する。

 ケイスと名乗る少女の見た目はそれほどまでに、かつて双剣と呼ばれた一人『邑源雪』に生き写しだった。












 ナイカの正体を探るような視線に晒されながらも、ケイスは平静を保とうとする。

 ロウガを訪れることを決めたときから覚悟はしていた。

 只でさえ祖母の面影を残しているのに、それ以上に自分が亡くなった大叔母。

 祖母である邑源華陽の姉であり、父の恋人でもあったという邑源雪の生き写しだという話は、それこそ小さい頃から聞いている。

 だから当の本人を知る者達と出会えば、血のつながりを察せられる可能性は十分に判っていた。

 名乗ることが出来れば良いが、自分の出生を語る事はケイスにとって最大のタブー。

 だから何を言われても否定し、知らぬ存ぜぬで押し通すだけだ。

 だがそれとは別に、自分が直接には知らずとも、祖母や父が世話になったという者達には、親愛の情をケイスは持っている。

 特に今ナイカが名をあげたソウセツは、祖母にとっては目を掛けていた甥であり、父にとっては親友。

 ソウセツには何度も命を救われたと語っていた父の英雄譚を聞かされたケイスにとっての、ロウガの街で是非会ってみたい、剣を交わしてみたいと思っていた憧れの探索者の一人。

 さらに言えば、亡き母からの思いを受け取り、その望みを叶えようとするソウセツの行動はケイスの琴線に触れる。

 実に好みだ。そういう事情ならば喜んで自分が抱えている事情を打ち明けてもいい。

 だがそうしたら自分が、ソウセツとは何らかの関係ありますと、声を大にして語るような物。

 それは出来無い。

 考えに考えた末に、ケイスが出した結論は、


 

「………………依頼書に書かれた依頼主はロウガの街からほど近い旧街道沿いにある牧場の主だ。その者が家畜用の飲み水に使っている井戸の水量が少なくなったのがそもそもの発端だ」



 何の感想も語らず、只淡々と事情を説明する事だ。

 自分が今回の件に関わり、そして敵対した理由をケイスはゆっくりと語り始める。

 水量が減って困っていた牧場主はすぐに探索者管理協会ロウガ支部を通じ、事態改善のための調査依頼を出したという。

 探索者とは別に迷宮を潜ることを専門としているだけで無い。

 複合的な技術を持つ高度な何でも屋というのがその実体。

 過去にも、地下水脈内の落盤や他の要因で何度か井戸が涸れたこともあり、その度に探索者に依頼をしてきたそうだから、当然の措置といえる。

 だが今回は探索者がすぐに来てくれて調査も始まったが、原因が不明だという回答だった。

 そのパーティは、困り果てている依頼主に同情したのか滞在の面倒を見てくれるならば、無償で調査を継続してくれるという申し出をしてくれたという。

 改めて調査依頼を出せばさらに金も時間も掛かる。

 最初に来てくれたパーティには、水棲種族である魚人もいるから長期調査でしっかりとやれば原因が判明するかもしれない。

 その申し出を、牧場主が喜んで受けたのは当然だったろう。



「その親切な探索者。それがあいつらだ。牧場主の依頼はどこかで遮られ抹消され、偽の依頼書をもったあいつらが牧場を訪れた。奴らには事件を解決する気など毛頭無かった。むしろ解決されたら困るからだ」



 人の弱みにつけ込み、親切心に見せかけた悪意で依頼主を欺く。

 ケイスにとってはそれだけでも許しがたい行為だが、あの探索者達の狙いはもっとあくどい。



「井戸の水量が激減した理由は、魚人が仕掛けた妖水獸の卵の所為だ。井戸水内に水を餌として増殖する魔物が仕掛けられていた。それが生物の体内に入れば、死ぬまでは行かないが激しい脱水症状を起こす、さらにそいつらは一度その水脈に居着いたら、完全に根絶やしにするには難しい種別だ」



「あいつらの狙いは? 牧場を潰すとかにしては些か大げさな仕掛けみたいだけど」



「牧場に使っている井戸と近くの旧街道の街で用いている水脈は一つに繋がっている。奴らの狙いは街の水脈を使えなくすること。実際に使えなくならなくても、悪評を撒くことが出来れば良い。旧街道の水脈が危険だと知らしめ、新街道に交易や人の流れを移す事を画策していたようだ」



 ロウガに通じる街道はいくつもあるが、それは必要だったからというよりも、主流派、革新派の各派閥が影響力を持つために設けられた部分も大きい。

 旧街道を牛耳る主流派への、新街道を新たに作った革新派による策謀の一つだが、質が悪いとケイスは憤る。

 街内の井戸では、定期的に水質調査も行われていて何かの仕掛けを施すのは難しい。

 だから街から少し離れた郊外の牧場が狙われたのだろうが、やり口が気にくわない。



「ちょっと待った! 旧街道街で使っている水脈で妖水獸が出たって、そんな報告は出てないわよ。まだ被害が出てないだけで今も増殖中なんじゃ!?」



 事の重大さを察したレンが立ち上がる。

 一度地下水脈に根付いてしまえば、どこの隙間に卵が残っているかも判らず、駆除が困難になると判っているからだろう。



「そちらは私が対処済みだ。たまたまではあるが、私が正体も対応も知っている奴だった。大蛇の卵にグリフォンの尾羽、それと薬草と毒草を混ぜ合わせた灰で練り込んだ浄化剤を、水脈に放り込んで駆除している。大繁殖に入る前だから一掃できたはずだ」



 ケイスは多少ぼかしてレンに答える。

 その妖水獸についてケイスは知らなかったし、判別はもちろん、対策なんて皆目見当もつかなかったが、今のケイスには水を統べる龍王であったラフォスが知恵袋としている。

 ラフォスがすぐに原因や対応法を教えてくれたので、大事になる前にケイスが動けたわけだ。



「大蛇にグリフォンって、あんたがロウガの前で迷走してた理由がそれか……お人好しのあんたらしいわね。関わった理由はなんなのよ」



「誰がお人好しだ。ルディ。出会ったばかりのお前が私の行動を決めつけるな、それに私は当然の事をしたまでだ。あの牧場で育てた牛の肉を試食させてもらったら美味かったからな。お腹いっぱい食べたいので牛を一頭わけてもらえないかと思って尋ねたら、困っていたので手助けしたまでだ」



「はいはい初対面ですよ。にしてもお肉が美味しかったからとか、牛一頭って、あんたの行動を先読みしようとしたあたしが馬鹿だったわ……」



「なんのことだ? まぁいい話を戻すぞ。妖水獸は自然発生する事もあるので、調べればすぐに判るはずなのに、原因不明だといってどうにも怪しげな言動をしていたあいつらを疑っていた私は証拠を見つけたが、同時に策謀に失敗したあいつらが、私や牧場主達を亡き者にして証拠を隠滅しようとしていることも知った。だが、その時には既に事故に見せかけて牧場主が殺されてしまっていた」



 もう少し早く自分があいつらの正体に気づいていれば、避けられたかもしれない人死に。

 全てが自分の弱さが招いた事態だ。

 全身に無数の怪我を負っている自分の身体を見て、ケイスは悔しさのあまり唇をかむ。



「残った家族に仇討ちを約束して、私の知り合いの場所を教えて先に逃がして、先んじて奇襲を掛けた。しかし体調不良で返り討ちに遭いかけて、何とか逃げた次第だ。その後はお前達も見ての通りだ」



「その残された一家はどこに逃がしたんだい?」



「私が山賊を壊滅させてやった村だ。何時か礼を返すといってくれたので、しばらく匿ってやってくれという手紙を渡してある。事が事だけに実働隊の奴らだけで無く、裏に潜んでいる連中も叩きつぶさなければならないと思ったからな。少し時間は掛かるかもしれないが自分を餌におびき寄せて壊滅させるつもりだった。私の話は以上だ。お前達がこれを聞いてどうする気は聞かぬ……だが気にくわなければ私は動くぞ。敵が誰かは知らぬが私は許す気などないからな」



 もし敵に回るならお前達も斬る。

 ケイスは言葉に出さずとも、強い殺気でその意思を知らしめる。

 実力差など一切気にしない。全ては思うがままに。



「さてロッソ。お嬢ちゃんはこう言ってるけど、どうする気だい?」



「ここで俺かよ……牧場主の一家を保護。牧場の調査。捉えた連中の安全確保。各隊に情報を回して連携して動きましょうか。上に噛みつこうってんだからスピード勝負で」



 話を振られたロッソは、あんたが隊長だろうと睨み付けるナイカに首をすくめると、迷い無くすらすらと方針を提示する。

 証拠隠滅や改竄される前に明確な証拠を掴んで突きつけるということだろう。



「あとガンズさんとレイネ婦人は自分の身は自分で守れるでしょうけど、一応警備隊で警護を回します。ウォーギンと薬師の姉さんは今夜ここにはいなかったって感じで、書類を偽造して安全を図る方向で。問題は最重要な証人であるこのお嬢ちゃんをどこかに匿うかって所ですけど。支部内じゃなに起きるか判りませんし」



 ケイスを狙って何か起きるか。それともケイスが過剰反応をして何かを起こすか。

 この短時間でロッソは、ケイスの本質を理解したようで、自分達の管理区域とはいえ、暗殺の危険があるかもしれない支部内で保護する事を諦めたようだ。



「ふん、私は誰かに守ってもらわなっ! …………レ、レイネ先生。いきなり鎮痛術を切るのは、ひ、卑怯だぞ……」



 強がろうとしたケイスだったが、現実を突きつけようとしたのかレイネがいきなり鎮痛術を切ってしまったので、またも腹痛に悩まされる事になり、悶絶する羽目になった。



「まともに動けないケイちゃんが無理を言わないの……ケイちゃんを預かってもらえる良い場所なら私に心当たりがあります。ロウガで一番安全で、同じ年くらいの子供も多いからケイちゃんの事もしばらくは誤魔化せると思います」



 ケイスを諫めるレイネは涼しい顔で抗議を受け流すと、ぽんと一つ手を打って提案した。



「……あぁ、あそこかい。そういやウォーギン坊やだけじゃなくて、レイネあんたもあそこの出身だったね。そりゃいい案だ」



「あーそりゃ安全だろうけど待てって。ケイスだぞ。絶対に揉めるだろ。しかもあそこの屋敷は礼儀作法とか五月蠅いの揃ってるから、こいつはまずこの無闇に偉そうな言葉使いからやり直させられるぞ」



 レイネの提案にすぐにどこか判ったのか、ナイカとウォーギンはそれぞれ正反対の顔を浮かべた。

 ナイカは賛成のようだが、ウォーギンはあまり乗り気に見えない。



「わ、私を、ど、どこに押し込める気だ……っぐ、レイネ先生」



 ウォーギンの反応からどうにも窮屈そうなイメージを感じ取ったケイスは苦しみながらも難色を示す。

 礼儀作法という堅苦しい決まりは、自由で自分勝手なケイスにとってはどうにも好きになれないからだ。



「私達がお世話になっていた孤児院よ。あそこはロウガで一番強固な結界ととってもお強い大先生がいるから、絶対安全だから大丈夫よ」 



「だ、だから私は、だ、れかに守ってもらうのでは無く、私が守るほうであるべ、っ」



「レイネの言う通りさね。大人しく行ってきな嬢ちゃん。ロウガの街が落ちる事になってもあそこだけは絶対安全だって評判だよ。なにせロウガ……いや、世界最強の英雄、元ロウガ支部長フォールセン・シュバイツァーの屋敷だからね」



 ナイカが告げた名。

 それはケイスがこの世でもっとも憧れ、剣を教授してもらいたかった大英雄の名だった。


























「まったく…………ありゃどこの種なんだか。とんでもないのが来たもんだね」



 屯所へと戻ったナイカは愛用のカップを傾けながら、顔に出さずとも大いに動揺していた心を落ち着けようと精神安定効果のあるハーブティを一気に飲み干した。

 怪我を負っていながらも尽きること無い闘争本能。

 かつて自分が憧れ、結局追いつけなかった英雄と被る少女の姿に、ナイカは何ともいえない感情を抱いていた。

 生まれ変わりだと言われれば、素直に信じてしまいそうなくらいだ。

 そうで無くとも何らかの血の繋がりはあるはず。

 あの見た目以上に苛烈な心根がその何よりの証左。

 自分ですらこれなのだから、もっと関連の深かった者達はどう思うのか……



「ソウタだけじゃ無くて、フォールセンの旦那にも良い影響があれば良いんだけどね」



「なんか言ったナイカ副長? 落ち着いてないで準備を手伝ってよ。下手に対応するとあの娘が切れて、何をしでかすか判らないんだから」



 夜明け前には事件の発端だとという牧場に向かって出立する予定のレンは、支度に大わらわで、一人のんびりとお茶を楽しんでいるように見えたのか、ナイカに抗議の声をあげている。  



「フォールセン元支部長の名前を聞いたら途端に大人しくなったし、ソウセツさんの名を聞いたときも途端に事情を話し出したから、あれで結構、見た目通りに根は素直で大丈夫だったりしねぇかな」



「ロッソ。あんた見た目に騙されてるから。可愛い顔してあっさり人を殺すわ、支部相手に喧嘩を売ろうって子よ。どうみても狂人じゃない」



 ケイスに関しては、ロッソの方は気軽に考えたいようだが、レンの方はどうにも警戒色を強めている。

 男女の差が出ているのだろうか。



「わかったわかった。そこらはあとでまとめて話な。まずは動くよ。あの嬢ちゃんが痺れを切らしたら厄介だからね。レンは牧場だろ。あとでエンジュウロウも行くけどいちゃついてないで調査しっかりやってきな」



「判ってますよ。第一いちゃつくなっていっても、仕事中にエンが甘えさせてくれないのナイカ副長も知ってるでしょ。堅物の修行馬鹿ですし……そこが良いんですけど」  



「ナイカさん振るなって惚気になるから。牧場主の遺族の方は俺とギドで迎えに行ってきますから、こっちは頼みます」



「ソウセツに話を通して他の隊との合同捜査にしておくよ。まずはこの仕事をしっかりと決めて、悪評を払拭しないと話にならないからね」



 支部内部の誰かが絡んだであろう不祥事。

 身内の恥ではあるがそれを解決することが出来れば、治安警備隊が生まれ変わったことを示す、良い機会でもあるとナイカは考えている。

 だが同時に、探索者としての勘が告げる。

 その切っ掛けをもたらしたのは、ケイスと名乗るあの少女だ。

 あの少女が現れたことで、かろうじて均衡を保っていたロウガの街は、騒ぎの真っ直中に飛び込んだのではないのだろうかと。

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