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永宮未完 挑戦者編  作者: タカセ
第二部 挑戦者と始まりの宮
111/119

薬師と挑戦者達

「あ~いるね。ちょっと先の通路のほう。3……っと4匹かな。オークだねぇ」



 無数に枝分かれした横穴がいくつも顔を覗かせる小部屋の入り口で立ち止まったウィンス・マクディーナは、後続に伝える。



「あちらだな」



 大柄で全身に刀傷が目立つ熊獣人。ロウガ王女サナのパーティメンバーであるプラドがウィーの横をぬけ先頭に出て、ウィーの指さす穴の前へと立つ。


 真っ暗で物音一つすらせず、ウィーと同じく獣人族であるプラドにさえ、血と獣臭が混じるオーク特有の匂いはおろか、小動物の気配さえ感じられない。


 ここまで感じ取れないならば普通ならウィーの気のせいと思ってもいいが、ここまで誰よりも早く確実にモンスターに気づいているウィーの野生の勘に間違いは無いと、頼りになるとプラドも含めて誰もが実感していた。


 索敵はウィー。いざ戦闘になったらモンスター達の攻撃を受けるのは、オークとの殴り合いでさえ勝てる頑強な身体を持つプラドという役割分担になっている。



「こちらに近づいてきていますか? その場合は先行して罠を仕掛けます」



 プラドの後ろに控えた罠設置と無音戦闘術に長けているという小柄なシーフが黒く縫ったナイフを片手に警戒をみせるが、



「んと、大分先で止まっているね。物音をたてないように気配を殺そうとしてるみたいだね~」



 待ち伏せしているつもりなのか、それともこちらをやり過ごそうと息を潜めているだけなのかは、さすがにもう少し近づかなければウィーでも判らないが、ここまでこのパターンの場合は、隠れてやり過ごそうとするモンスター達しかいなかった。



「やっぱり散り散りに逃げてるかあいつら……しかしあんた獣人にしても鼻が利くな。どこの種族出身なんだ?」



 先行偵察に一緒に出ていたエルフの青年が、部屋の分岐をマッピングをしながら、何気なく尋ねてくる。


 おそらくそこに他意はなく、急造チームゆえにコミュニケーションを取ろうとした一環なのだろうが、ウィーとしてはなるべく触れてはほしくない部分だ。


 ウィーの出身種族は、多様な種族が存在する獣人の中でも、極めて稀少かつ特別な聖獸と呼ばれる【白虎】


 ルディアの魔術薬で毛染めをして隠しているが、本来はその名の通り純白の毛で覆われており一目でわかる上に、その血筋が持つ能力を知る研究者からすれば歩くお宝のような存在。


 のこのことその辺を歩いていれば、いつ金目当てで攫われるか判らない、何かと面倒な出自。



「あー、田舎も田舎の山奥なんだよね。ここらの人だと名前も聞いたこと無いような」



 細かく突っ込まれたらすぐにぼろが出そうな下手なごまかしをウィーがしていると、



「襲って来るはずのモンスター共がこう逃げているならば、迷宮主が倒されたと判断していい。手も足りない。一度戻ってこの先の攻略を話し合うべきだ。戻るぞ」


 

 プラドが、その厳つい顔に似合いの低い声で話の流れを戻して、本隊との合流を提案する。


 モンスター側からの襲撃が無く、当初の予想以上に進んでしまい本隊と離れている。


 それにあまりの分岐点の多さに、この人数ではとても全てを見て回れる物では無く、一度戻るべきだというプラドの提案はもっともな意見だ。


 

「あいよ。仮拠点との通信は問題無いが、反対側に行った連中らのマッピング情報は途切れがちになってきてるから、結構な距離が開いたみたいだ。んじゃ戻るか」



 ウォーギンの特製魔具の効果によって得ることが出来た他の先行偵察隊の調査結果はざっと見ても、上下に入り乱れ、このまま闇雲に進んでも効率は下がるだけだと、エルフの青年も簡易なマッピングを終えて、同意する。


 どうやら先ほどウィーへの質問は、本題に気を取られて流されてしまったようだ。


 上手いこと話が逸れたのは良いが、さてそれが偶然なのか、それともプラドがわざとやったのか、どうにも判断がつかないウィーはちらりと視線を向けるが、その視線の先の人物は踵を返し、とっとと戻り始めている。


 

(警戒はしとくべきかな~。この堅苦しさ御山の防人さんっぽい雰囲気あるし、そっち系の人かもね~)



 攫われる恐れと同じように警戒するのは、ウィーを、正確には聖獸を守ろうする身内。


 まだ目的の入り口に入ったばかりで連れ戻されるわけにはいかないウィーは、尻尾を揺らして、そのどっしりした背中を警戒した。









「ウィー達も戻って来るそうです。先行偵察隊は一部で戦闘はあったけど、特に怪我も無く無事みたいです」

 


 展開した大地図魔法陣の前でほっと胸をなで下ろしながら、その場の流れで臨時とはいえ総指揮を取らされていたルディアは肩の力を抜く。


 今現在、挑戦者達の大半は、スタート地点から繋がった洞穴に設置した仮拠点で最初の戦闘で消耗した装備の整備や、軽傷とはいえ怪我を負った者の治療中。


 しかしウィーのような獣人族やエルフなど、偵察能力の高い者達の一部は、いくつかの班に分かれ、スタート地点から繋がっていた洞穴の先の先行偵察を行っていた。


 とにかくルディア達には時間が無い。始まりの宮が開いているのは僅か三日間。その間に各々の目的を達成し、どこかにある脱出口から出なければならない。


 それもありとりあえずの協力体制は未だ維持されているが、その結果判ったのは、この迷宮が、今までの記録が残っている始まりの宮と比べても、異常なまでに広いかもしれないという悪夢だ。



「それは幸先が良い。しかし問題は姫とあの娘。それと学者どのよの。通信途絶から既に半刻。さてどうした事やら。ひょっとして決闘を再開しおうたかの。ならさぞ面白い見物となろうな」



 大地図の管理を引き受けている鬼人の好古が、口元に浮かんだ微笑を扇で隠す。どうにも言動が不穏なのだが、どうやら行方知れずのケイスを心配するルディアの反応を見て楽しんでいるようだ。


 悪趣味な性格だと判ってしまえば、対応が可能な程度には、変人達に対する返し技がルディアには出来ている。



「この状況でその状態になったら、この場にいる全員を斬り倒しますよ。サナさんの次に斬られたいなら観戦は止めませんけど」



 変人には変人。


 それもルディアが知る限りで最上位の変人というか、おそらく世界でもっとも頭のおかしいケイスをぶち当てれば良い。


 何せあの既知外美少女風化け物は、基本的に剣が思考の中心にいる謎生物。


 戦いたいから戦い。守りたいから守ると、戦闘本能のままに生きている。


 下手に戦闘テンションが跳ね上がれば、ここにいる挑戦者達を全員ぶっ倒してから、全員が無事に脱出が出来るようにするとかしかねない狂った答えを出すのは十分考えられる。



「してその心は?」



「全員が始まりの宮をクリアして探索者になる最善の方法が、下手にモンスターと戦って殺されるよりも自分が後遺症を残さない程度に倒して、その間に自分が迷宮内の全モンスターを斬れば良いって前に言ってます。本気で」


 

 死人を出さないで始まりの宮をクリアするにはどうすれば良いかと考え、まず最初にケイスが言いだした案がこれなのだから本当にどうかしている。 

 


「ガチもんの狂人かよ……その時は俺は逃げるから好古が相手しろよ。それよか薬師の姉さんよ。やっぱりこりゃ迷宮主が倒されているだろ。ほとんどのモンスターが通常の、迷宮外と同じ行動をしていたぞ」



 ケイスの言動にウンザリ顔を浮かべたレミルトが、狂人思考を追い出すかのように頭を振ってから、先ほどまで偵察に出ていて実際に交戦した感想を伝える。



「迷宮の化生共の特性は、人に対する狂気的なまでの攻撃性。こちら数十で、対する己が一匹であろうとも、挑んできおるという話であったな」



 本当にケイスの相手をさせられてもたまらないと言いたげな好古も、巫山戯るのをやめると大地図を見上げ、真剣な目で交戦箇所を追う。



「はい。それに異種のモンスター達が争う状態も確認されています。ここ以外でもスケルトンらしき骨の残骸も確認が出来たとか」



「あぁ。そいつは俺の所だ。小部屋の一つで四腕の白骨死体と錆びた武器をいくつも確認しているって話だ。入った瞬間、扉が落ちたからトラップ部屋だったぽいな」



 情報整理を手伝っていた魔術師の一人が地図の一点を点滅させ、上方の罠が仕掛けられていた部屋を指し示す。


 同じようなトラップ部屋はほかにもいくつも発見されているが、どこももぬけの殻で、簡易なトラップだけが残されているだけだ。


 本当の迷宮。上層の一般人でも入れる特別区ではない迷宮区画のモンスターは、地上の同種とは一線を画すほどの力を持つが、その行動もまた大きく変わる。


 迷宮全体が一つの意思の元に、侵入者たる人を排除し喰らおうとする。


 外では捕食関係にあるモンスター達が陣を同じくして一斉に襲いかかり、命が尽きるその瞬間まで、同種が死のうが、手足の1本、2本を失おうが、狂ったかのように襲いかかってくる。


 それが迷宮内の戦いであり、馴れない挑戦者はその狂気に気圧され、喰われてしまう。


 実際に先ほどまでこの場で起きていた戦闘が、まさに迷宮内の戦いであった。


 だがその流れが大きく変わったのは、ケイスが下から這い上がってきた何かと接触した瞬間だ。


 おそらくケイスがそれを切ったと同時に、モンスター達が一斉に逃亡を開始し、今も少数が散り散りばらばらに少しでも人の手から遠ざかろうと逃げ、スケルトンといった魔法生物たちはただの骨へと戻って崩れさっていた。


 ケイスが斬り殺したであろう大型モンスターこそがこの迷宮の主。もっとも強く、迷宮を迷宮たらしめる迷宮主。


 探索者達が迷宮を踏破する際に、もっとも有効的な攻略の最優先であり、そしてそれ故に困難なのが迷宮主の討伐。


 迷宮主討伐は、迷宮殺しと同意。


 迷宮主が倒されることで、一つの意思のように蠢いていた迷宮のモンスター達は、その頸木から解き放たれ、一匹の生物へと戻り、迷宮から提供される魔力により動いていたアンデッド達は仮初めの生命活動を停止させる。


 迷宮モンスターそれぞれの力まで落ちるわけでは無いが、それだけでどれだけ攻略が楽になるかなど、声高に語る必要などないだろう。



「しかしいきなり迷宮主討伐ってなったのは幸先が良いが、肝心のアレが一緒に行方不明。さらにそれを探しに行った姫さんと学者さんまで二次遭難ってのが笑えねぇな」



「セイジ殿も下方面へと続く道の先行偵察へと出たが、反応は拾えぬと。技師殿も下方の大広間に第二拠点を築いて基点魔具を設置したと言うが、そちらの反応はいかがか?」



「あっちの方でもケイス達の魔具の反応は無しです。上下左右どの方向もやたらと広がっている上に複雑に絡み合い、さらにウォーギンの話では、探査魔具の魔力反応から魔力遮断域か魔力吸収生物がいる可能性も高いから警戒しろって事です」



「やれさて難儀な話よ。されば薬師殿。次なる一手はどうするつもりで?」



 問いかけた好古だけで無く、周囲にいたほかの挑戦者達の視線もルディアに一斉に集中する。


 そしてその目が求める、望む答えが判らないルディアでは無い。



「あー協力体制の延長って事で。とりあえず皆さんの説得に廻ります。この広さは非常事態って言っても間違いないでしょうから」



 軽く調べてみただけでも、とてもパーティ単位では廻りきれないほどの広さと深さがあると感じさせた大地図を前に、ルディアは息を吐きながら求められた答えを、率直に口にする。


 最初に協力体制を言いだしてしまった手前。


 そしてなにより他パーティの力も借りなければ、行方不明となったケイス達をこの広大な迷宮から探しだすのは、困難だ。



(ケイスの相手をするより、こっちの方が精神的に楽ってのはどうなのよ。あの馬鹿は。無事だろうけど、無茶はしないでよね)



 柄では無いが、他大陸の出身でロウガでのしがらみも少ないルディアは、望む望まぬも拘わらず調整役に立候補するしか無かった。

前話で修正をしていただいた方、誠にありがとうございます。

お名前が判らず、こちらで改めてお礼を言わせていただきます。

年末仕事のストレスはき出す為に書いたら、あそこまで誤字の山とはw

……疲労状態で書くもんじゃ無いと再実感いたしました。

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