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おまけ


ゆっちゃん視点で、ちょっと裏話を……。

「うぇ~ん。ゆっちゃん、大好きぃ~~」

「はいはい。知ってる」

 目の前でうるうると目を潤ませて見上げる花乃は、小動物のようでかわいい。


 昼の休憩時間を、食堂で過ごす人が多い中、こじんまりとした休憩室には私と花乃しかいない。

 遠慮なくそのフワフワした栗毛を撫で回すと、花乃の顔が気持ち良さそうにフニャリと崩れた。

 ……あぁ、なんて、かわいいのかしら。

「――ここにいたのか、渡瀬」

 まったりとくつろいでいたところに、そんな声が聞こえて、花乃の肩がビクリと揺れた。

 ガバッと顔を上げた花乃と同時に休憩室の入り口へ目をやれば、予想通り、花乃の上司、鳴海課長が立っている。

「お、お疲れさまです!えっと、何か……?」

 ミスをしたのかとビクビク怯えている花乃に、課長が苦笑気味に口の端を上げた。

「悪いけど、朝頼んだ資料が昼一で必要になったんだ。できてるか?」

 課長の言葉に、花乃がホッと息を吐く。

「はい!できてます。あ、でも、昼一なら急ぎですね!すぐデスクに用意しますね!」

「あぁ、悪いな」

 弁当箱を急いで片付けた花乃が立ち上がる。

「いいえ。――じゃ、ゆっちゃん、またね!」

 課長に首を振って、私へ満面の笑みで手を振った花乃へ、私もうなずいて手を振り返すと、彼女は走り出しそうな勢いで、休憩室を去って行った。

 ……転ばなきゃいいけど。



 しん、とした休憩室に残された私と鳴海課長には、普段ほとんど接点がない。

 だから、話すこともないし、コーヒーを買うことにしたらしい課長の背中をチラリと見てから、さっさと立ち去ろうと空になった弁当箱を手に、立ち上がりかけた時だった。

 コトリ、と音がして目の前にミルクティーの缶が置かれて、顔を上げる。

「良かったら、どうぞ」

「はぁ……」

 なんでいきなり課長に奢られることに……?

 意味はわからないものの、断る理由も見当たらないので、とりあえず礼を言って受け取っておく。

「結婚式、3日後だったよな?おめでとう」

 ……もしかして、これはお祝いのつもり?

「ありがとうございます」

 接点のない鳴海課長は、当然私の結婚式に出席しないし、そういうことにあまり興味もなさそうだったから、きちんと把握していたことに少し驚きつつ、お礼を言う。

 やっぱり、‘ブーケの花嫁’効果かしら?

「……それじゃ、お先に失礼します」

「あっ、あ~、ちょっと待った」

 これ以上長居しても、課長の休憩の邪魔になるだろうと再度立ち上がりかけたら、課長に呼びとめられて首を捻る。

「なんですか?」

 花乃なんかは、課長の怒声を聞きすぎて名前を呼ばれるだけでビクリとしてるけど、部署の違う私は、別に鬼上司を恐れる理由がない。

 もう一度椅子に腰かけなおして、堂々とまっすぐに見上げたら、鳴海課長が、妙に難しい顔をして、こちらを見下ろした。

「その、なんというか、頼みがあるんだが……」

「?」

 珍しい。

 営業トップの鳴海課長とも思えないほど歯切れの悪い言い方に、首を捻る。

 しかも、私に頼みごと??

 まったく思い当たることもなくて、かなり訝しげな視線を向けていたと思う。

 そんな私の視線を受けて、鳴海課長は、とても言いにくそうに口を開いた。



「………ブーケを、投げてもらえないか?俺に」



 …………。

 …………。

「はい!?」


 ブーケって、あのブーケ?よね?

 投げる?鳴海課長に?

 はっ?


「え?えぇ?なんで、また……??」

 独身女性が欲しがるブーケを、なんでまた同じ独身でも男の鳴海課長が?

 ……似合わなすぎるし!

 聞き返した私に、当然そういう反応は予想していたらしい課長は、さらに難しい顔をして、ボソリとつぶやく。

「……渡瀬が、欲しがっていただろう?」

 渡瀬……って、花乃?

 欲しがってって、確かに花乃に飛ばす約束はしたけど……。

 課長、もしかして聞いてたわけ?

「それが、何か……?」

 聞いてたとして、それは今更いいけど、何をどうしたらさっきの発言になるのよ……?

「欲しがっていたということは、その、そうなりたい相手がいるとか、早く結婚したい、とか……そういうこと、だろう?」

 いや、違うけど。

 花乃の場合は、まったくそういう理由ではないけれど、それをわざわざ課長に言う必要もないから、何の反応も返さずにおく。

「それに……。あいつがブーケを受け取ったら、今まで遠巻きにしてた奴らが、一気に動き出すに決まってるし……」

「…………」

 あまり歯切れがいいとは言い難い口調で続けられた言葉に、私は呆気に取られて、はしたなく口を開けて、鳴海課長を凝視してしまう。

「……ちょ、ちょっと待って下さい」

 まだ何か言いたそうな課長を手で制して、さっき言われた言葉を頭でしっかり考える。


 ……もしかして、もしかしなくても。


「鳴海課長って…………花乃のこと、好きなんですか?」


 さっきのって、どう考えてもそうだと思うんだけど。

 『遠巻きにしてた奴らが動き出す』って、今現在花乃のことをいいなと思いつつも積極的に動いてない連中のこと、でしょ?

 もしも花乃がブーケを取ったら、そいつらが動き出すのが目に見えてるから、それを阻止したいんだって、そういう風に聞こえたんだけど。

 それでも半信半疑で見つめていたら、鳴海課長が明らかに照れた顔で、『ああ』と頷いた。

 ……びっくりだ。

「えぇ?でも、課長には結婚秒読みの遠恋彼女がいるんじゃ?」

 社内で有名な噂を、当の本人に尋ねれば、不思議そうに眉根を寄せられる。

「なんだ、それは?」

 え?

 あれって、嘘な訳?

「有名ですよ?この話……」

 そう言って改めて噂の内容を確認すれば、初めは首を傾げていた課長が、何かを思い出したように顔を上げた。

「そういえば、前に加藤が『彼女がいることにしておきましたから!』とか言ってたな……。あれか……」

 どういうことかと尋ねれば、どうやら、モテ過ぎる課長へ、部下の親切から生まれた嘘だったらしい。

 なんだ。噂は、あくまで噂でしかなかったってこと……。

「と、いうことは……」

「あいにく、俺の片思いは筋金入りだ」

 『かれこれ2年』と続けられた言葉に、またもや呆気にとられる。

 だって。

 目の前の人は、整った容姿を持ってて、出世株で、女性に苦労するタイプには全くもって見えない。

 その人が、2年も片思い……。

 まぁ、相手があの花乃だし、さりげないやり方じゃ、まったく気づかれない可能性は高いけど。

 おかげで、社内でかなり人気があるにも関わらず、本人にその自覚はゼロだし。

 花乃が、無意識に恋愛事を避けてる節はあるとしても……。

「…………」

 鳴海課長が、ねぇ……。

「聞いていいですか?」

「なんだ?」

「どこが好きなんですか?」

 親友としては、きちんと花乃を見て好きになってくれたのかどうか、それが知りたい。

 昔のバカな男達のせいで傷ついてる花乃には、花乃だけを見てくれる、誠実な男じゃなきゃ許さない。

 しかも、鳴海課長は部下が余計なお世話を働くほどモテる男だ。

 中途半端な気持ちで花乃に近づいて欲しくない。

 半分睨んでいる状態の私に、決して興味本位で聞いているわけじゃないことがわかったのか、課長が困ったように髪をかきあげてから、口を開く。

「……仕事は早い方じゃないし、時々驚くほど鈍臭いし。正直、最初は見ていてイライラすることも多かったんだけどな」

 課長が、フッと笑う。

「でも、あいつの仕事は丁寧で、ミスも少ない。さりげなく気も遣えるし、何よりも……外回りから帰ってきた時に、あの気の抜けた笑顔に出迎えられると、妙に癒されるというか」

 私から視線を外して、褒めてるんだか貶してるんだかわからない感じで、花乃のことを語る課長の顔は、自覚はないんだろうけど、かなり柔らかい。

「どこを好きかなんて、正直よくわからないけど、気づいたら気になっていて、他の男にとられるかもしれないと思ったら、焦るくらいには惚れてた」


 ……なんだ。

 この人、本当に心底好きなんだわ、花乃のこと。


「あ。でも、決定的に落ちた、と思った瞬間は、あれだな。……泣き顔」

 泣き顔……って、ああ。

「見たことあるか?あいつの泣き顔」

 花乃の、泣き顔ね。

 ええ、もちろん見たことありますとも。

 ……はっは~ん。なるほどねぇ。

 思わず、クスリと笑ってしまう。

「見ちゃいましたか、あれを」

「ああ。見ちゃいましたね。で、落ちた。完璧に。あれは、やばすぎる」

 前に、誤解で鳴海課長に叱られて、弁解も何もできなくて泣いたことがあると、花乃から聞いたことがある。

 その後、誤解が解けて課長が謝りに来たらしいけど、きっと、その時だ。

 そっか。見ちゃったか、あれを。

「あ~、だからって、あいつを泣かせたいわけじゃないぞ?実際目の前で泣かれたら、慌てる自信がある」

 弁解する課長にまたクスリと笑って、うなずく。

 花乃の泣き顔は、ある意味凶器だ。

 ……かわいすぎて。

 女の私でさえ、抱きしめたくなる可愛さのそれを目の前にして、必死に平静を保とうとしただろう課長を想像して、思わず噴き出しそうになった。

 なんだか、恋をすれば、鬼上司も形無しね。


「よ~っく、わかりました。課長のお話は」

 いつもは接点もなく、ある意味雲の上的存在の課長が、妙に身近に感じて、ニコリと笑みを浮かべた。

「それじゃあ」

「それとこれとは、話が別です。花乃へ投げるって、約束しちゃいましたし」

 期待を込めて口を開いた課長を遮って、そう言うと、課長の肩がガクッと落ちた。

「だよな……」

「だからこれは、結婚祝いとして頂きますね。賄賂ではなく」

 安い賄賂だけど。

 さっき渡されたミルクティーを持ち上げて言うと、鳴海課長が、ニヤリと笑う。

「バレたか。……ま、仕方ない。俺は俺でやるさ。何もせずに諦められるほど往生際もよくないからな」

 コーヒーの紙コップをゴミ箱に捨てた課長が、そう言って笑った。

「邪魔して悪かったな。幸せになれよ、‘ブーケの花嫁’」

 そんなことを言いながら、背中越しに手を振って、課長が休憩室を出ていく。

 ……腹立つくらい、いちいち様になる男ね、まったく。

「鳴海課長」

「あ?」

 呼びかけると、足を止めた課長が顔だけ振り向く。

「回りくどいやり方じゃ、ダメですよ。しっかりはっきり言わないと、あの子には伝わりませんから」

 一つだけアドバイスのつもりで言えば、課長がフッと目を細めて笑った。

「了解」






 課長の姿が見えなくなった後、休憩室に1人残されて、しばらく考える。

 鳴海課長、か……。

 ブーケを『花乃に投げるな』じゃなく、『自分に投げてくれ』と言い出すあたり、おもしろい人よね。


『鳴海課長ってね、鬼上司とか言われてるけど、本当はすっごく優しいんだ』


 前に、そう言ってフニャリと笑った花乃の顔と、さっきの課長の顔を思い出す。



 …………よし。



 携帯電話を取り出して、ある番号を呼び出した。

「――あ、もしもし、つばき?今度頼んでるブーケ・トスのブーケだけど……」

 相手は、花屋に勤める高校時代の同級生。

 今回の結婚式関係の花は全て、彼女に頼んであった。

 ……当然、例のブーケも。

「うん、色は変更なし。ピンクと白でお願い。ただ、もう一つ頼みたいことがあって」

 口元に、つい笑みが浮かぶ。





「よく飛ぶようにしてくれる?」


 お手並み拝見、といこうじゃないの、課長様。





 - END -



いかがでしたでしょうか?

この“おまけ”をもって、このお話はおしまいです。


最後まで読んでくださった皆様、本当にほんっとうにありがとうございました!


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