表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5)

「……ぅ、ん…?」

 目を開けたら、薄明かりでぼんやりした部屋の中で。体を起こすと、掛けられてた薄い毛布がパサリと落ちた。


 …………。

 …………どこ、ここ。

 あれ……?


「私、どうしたんだっけ……??」

 確か、車を持ってくるっていう課長に、道路脇の木陰まで連れていかれて、『持ってろ』って、ブーケを渡されて。

 それを見ながら溢れて来る涙を止められずに、そこでぐずぐず泣き続けてたら、すぐにシルバーの車が停まって、運転席から降りてきた課長に、有無を言わさず助手席へ押し込められた、はず。

 しばらく走ったところまでは、なんとなく覚えてるけど……。

 え?もしかして…………寝ちゃったの?私。

「起きたのか」

「ひゃあっ!?」

 突然後ろから声が聞こえて、思わず小さな悲鳴をあげた。

 びびび、びっくりした!

「あ、悪い。驚かせたか?」

 今まで薄明かりだったのが、その声と一緒に一気に明るくなる。

 目がついていかなくて、パシパシと何度か瞬きをしてから振り返ると、お風呂あがりなのか、眼鏡を外して、首にタオルを巻いた課長が、いつものスーツ姿とは全然違うラフな格好で立ってた。

「!?」


 …………え!?な、な、なんで、なにが、なんで!?


「お~お~、固まってる、固まってる」

 目も口も開けた状態で、課長を見上げてたら、吹き出す声に続いて、笑いながらそんなことを言われた。

「ああ、あのっ……えっと……!」

「ここ、俺の家」


 …………はい?


「か、かちょ……のいえ?」

「そう」


 課長の家?


 課長の……いえーっ!?


「車に乗せたはいいものの、渡瀬、すぐに寝てしまってな?呼んでも揺すっても起きないし、送ろうにもお前の家を知らなかったし。まさか、そのまま車に乗せておくわけにもいかないだろう?仕方がないから、ここに運んだ、というわけだ。理解したか?」

 パニック状態で固まってた私に、課長はとても簡潔に状況を説明して下さった。

「…………」


 …………。

 …………えっと。

 要するに、多大なるご迷惑をお掛けした、と…………。


「も、も、申し訳ありませんーっ!!」

 寝かされてたソファの上に正座して、課長へ深々と頭を下げる。

 ありえない、ありえない、ありえないっ!

 何やってんの~っ、わたしぃ~……っ!

「ほんっと、すみません!ごめんなさいっ!なんて言っていいか、あの……。お、怒ってますよね……?」

 いきなり泣き出すわ、その上寝るわ、しまいには自分の家に運ばせるわ……。

 うわ、最悪。

「何やってるんだ、お前……」

 盛大なため息と一緒に、そう呆れたように言われて、固まる。

 そ、ですよね。土下座ごときで、許されませんよね。

 あ、やばい。また泣きそう……。

 課長が近づいてくる足音がして、おずおずと顔を上げたら、大きい手の平が降ってきて、ビクッと首をすくめる。

 でも、その手は、驚いたことに、私の頭をゆっくりと撫でて……。

「別に怒ってない。だから、土下座なんてするな、バカ」

 顔を上げたら、しゃがみこんだ課長が、思った以上に近い位置で、今まで見たことのない優しい笑みでそう言うから、胸がドキリと音を立てる。

 ……な、なんか、課長、優しい。バカって言われたけど。

「っていうか、渡瀬って、子供みたいだな?」

「う゛っ」

 確かに、泣いた上に泣き疲れて寝るなんて、26にもなって、子供じみてる……。

 頭の重みがいっそう増して、クスクス笑いとともに、さらに撫でられる。

「よしよ~し」

 

 …………。

 あれ?なんか、課長ってこんな人だったっけ??


「あのぅ……。課長、酔っ払ってます?」

「いや?まったく飲んでないけど?車だったし。帰ってからも、全然」

 じゃあ。

「お体の具合でも、よろしくなかったり……」

 変なもの食べた、とか。

「は?なんで?」

「いや、だって……。今日の課長、いつもと違って優し……」

 つられるように思わず答えてから、撫でられてた手が止まったのを感じて、しまったと顔を上げると、苦笑を浮かべた課長の顔。

「……お前は、俺をなんだと思ってるんだ?」

「ああぁぁぁっ、すみません!」

 鬼上司とか思ってますけど、ごめんなさいっ!

「まぁ、確かに。仕事中は、よく怒鳴ってるし……。お前らに恐れられている自覚はあるけどな」

 頭から重みが消えて、そう言った課長がソファの肘掛に腰かけた。

 今度こそ怒られるかと思ったのに、全然その気配はなくて、相変わらず課長からは、優しい空気が漂ってくる。

 ……そういえば、こんな風に課長と仕事外で話すの初めてかも。

 考えてみれば、仕事中だって、課長は訳もなく怒鳴ってるわけじゃない(当たり前だけど)

 営業さんが、お客さんに対して誠意を尽くさなかったり、やる前からダメだと諦めたり、そういう時の課長は容赦ないけど、部下が困った時には、的確なアドバイスをして励ましたり、新規をとってきた時には、『よくやった』としっかり褒めることも忘れない。

 私達事務にだって、叱る時は、きちんと注意してれば防げたはずのミスを犯した時だけ。

 昔、誤解でひどく怒られたことがあったけど、誤解が解けた後すぐ、課長は謝ってくれたし……。

 だから、鬼上司なんて呼びながらも、皆、なんだかんだとこの人を慕ってる。

 ただ、どうしても、怒鳴る声が怖いから、ついつい名前を呼ばれると条件反射でビクリとしちゃうんだけど……。

 あ。

「そういえば、前に加藤さんが、『最近、課長に褒めてもらうのが快感』って、言ってました。ギャップがハマるって……」

 営業の加藤さんは、今日の会の司会をしてた人だ。

 ノリがいいから、よくああいう仕事を任される人だけど、営業成績は、常に5位以内に入ってるやり手だったりする。

 課長の使う飴とムチに、すっかりハマッて、課長を慕ってるというよりは、もう崇拝しちゃってる。

「うわ……。なんか、それはちょっと気持ち悪いな、加藤……」

 課長が、嫌そうに顔を引きつらせた。

 その反応に、思わず笑ってしまう。

「お。笑ったな。……少しは、元気が出たか?」

 高い位置から首を傾げるように覗きこまれて、恥ずかしさに、顔が火照った。

 課長の思いがけない優しさに触れて、下がっていたテンションは、変な方向に上がり気味ですが。

「は、はい。えっと……迷惑掛けて、本当にすみません」

「だから、もういいって。幸いに、明日……というか、もう今日だけど。休みだしな」

 優しく笑って立ち上がった課長が、手をヒラヒラさせながら、ダイニングキッチンと思われる方へ歩いていく。


 課長と距離ができたことで、思わず、ふぅ~って息を吐き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ