2・幕間 筆頭魔術師は『氷の令嬢』を観察する
(シルヴァンのお話です)
『氷の令嬢』ことロクサーヌ・ベルジュ。
オラスの婚約者だから、観察はしてきた。そこから導き出されたのは、彼女は真面目で謙虚、慎み深い人間ということだった。
婚約者の仕事を肩代わりし、しかもそれをないことのように扱われても我慢している。
だというのに、自身の交友関係を犠牲にしてまでサポートを続けている。
オラスを愛しているからではなく、仕事が滞ると困る人間がいることへの配慮のようだ。
愚かだ。
なぜ、表立って彼を告発しない?
婚約者だから? 相手が王族だから?
それとも王妃の位を渇望しているから?
表面的な観察では彼女の心中はわからなかったが、それでよかった。
オラスの婚約者としてマークはしていても、重要視はしていなかったからだ。
それが、とんでもない二面性を持っていたとは。完全に予想外だ。
俺を見つめながら、おそろしくにやけた顔で奇行を繰り返していたロクサーヌ・ベルジュ。あまりの崩れっぷりによく似た別人かと疑いもしたが、やはり間違いなく本人なのだ。
今は通常通りの『氷の令嬢』として振る舞っている。
「先日の三日にも及ぶ意識不明も、もし魔法によるものだったら恐ろしいのです」
ベルジュは無表情を保ちながら、国王に訴える。
「オラス王太子殿下の婚約者であることで、多くの令嬢やそのご家族に妬まれておりますもの」
「うむ。そなたには苦労をかけるな」と、国王が重々しくうなずく。
どうやら、苦労をかけているとの自覚はあったらしい。息子の理不尽な振る舞いを改めさせることもできない無能だから、ベルジュのことも軽んじているのだと思っていた。
それにさすがの親バカでも、彼女の体調不良にオラスが関わっていないと、信じることもできないのだろう。国王は厳粛な面持ちでベルジュの話に耳をかたむけている。
「ですからシルヴァン筆頭魔術師様に、そのような術がないかをお尋ねしたのですが」と、ベルジュが私を見た。
完璧な無表情。つい先ほどまでは、よだれをたらさんばかりの情けない顔をしていたのに。
――いや、微妙に口元が緩んでいるか。
「該当する術はいくつかあるけれど、特定はできないのですよね?」
ほぼ無表情のままに繰り出された質問に、
「そうです」と、うなずいてから、国王を見る。心底嫌いな男だが、長年の努力で、それが顔に出ることはない。「実際に魔術だったのかも、わかりません。ですが否定する材料がない以上、調査が必要でしょう。『王太子妃』を狙った事件の可能性もあるのですから」
「うむ。万が一そうならば、ロクサーヌ嬢を守らねばならない。しかし――」陛下は首をかしげた。「彼女が雑用係をする必要があるかね?」
「カモフラージュです」
と、ベルジュが答えたので、
「敵に、我々が魔術の可能性に気づいていると知らせないためですよ」と、俺が続けた。
「無敵のシルヴァンがそこまで警戒するのは珍しいな。それだけ、今回のことは引っかかることがあるということか」国王はひとりで納得している。「しかし、ベルジュ公爵令嬢に雑用をさせるのは忍びないが――」
待て。彼女は、いつもオラスの尻拭いをしているが? それは問題ないのか?
「そういうことなら、許可するしかないな」
だろうな。
オラスがこれ以上、愚かな振る舞いをする前に、対策をとりたいはずだ。彼には、ベルジュを俺に預けてオラスと距離を取らせるのは良案に思えるだろう。
「しかし」と国王は言葉を続けた。「名称は『首席秘書官』にでも変えたほうがよいぞ?」
「それでは、彼の側近に取り立てられたい魔術師様たちの恨みを買ってしまいます」
すかさずベルジュが反論した。
「確かにありうるな」と、あっさり得心する国王。「ならば仕方あるまい」
「妃教育の一環として、『実務サポートを学ぶ』という名目にしてくださいませ」
「それがよいだろう。――シルヴァン」と国王が俺を見る。「助手も秘書もつけたがらないお前が、まさかオラスのために主義を曲げてくれるとは思わなかった。感謝する」
盲目め。俺がいつ『オラスのため』だなんて言った。この流れならば『ロクサーヌ・ベルジュのため』だろうが。この男は、どこまでも身内に甘い。
とはいえ、腹の内を知らせるつもりはない。
善良に見える笑みを浮かべて、歯の浮くような丁寧な礼を述べる。
――しかし。
隣で国王と会話を続けているベルジュを盗み見る。
俺の作り上げた慈愛の笑みよりも、素の顔のほうが好きとぬかす人間がいるとは思わなかった。気味が悪いにもほどがある。
こんな女を何カ月もそばに置くのか。ぞっとするな。
もしも役に立たなかったら、そのときは――




