番外編 幼いシルヴァンの肖像画
「ここここ、これはなんですかっ!」
差し出された額縁をがしりと掴み、引き寄せる。
どう見ても、どこから見ても、左端に描かれている銀髪の少年はシルヴァンだわ!
笑みを浮かべているけれど、どこか儚く、消えてしまいそうな危うさがある。
それが美しい容貌とあいまって、まるで精霊のよう。とても人間の子供とは思えない!
「ええと」と、アロイスが答える。「シルヴァンが七歳くらいのときだったかな。亡き妻のご両親が、僕たち仲良し三人組の肖像画をほしいと言って、画家に描かせたんだ」
「奥様のご両親グッジョブ!!!!」
あれほど見たいと渇望したシルヴァンの幼少期!
まさかこの目で見られる日が来ようとは!
「ああ、神様ありがとうございます! ロクサーヌは幸せ者です!」
麗しい子供のシルヴァンをうっとりと見つめていたら、ぬっと出てきた手に額縁を取り上げられてしまった!
「わ、私の天使が! なにをするのですか!」
手の主をキッとにらみつけると、そこにいたのは不機嫌マックスの顔をしたシルヴァンだった。「今の俺が目の前にいるんだが?」
「今のシルヴァンも、お子様のシルヴァン様もどちらも好きなんです!」
シルヴァンが怒ったように口を引き結ぶ。と思ったら、素早く長身を折り曲げて、私にキスをした。
「絵の俺はキスしないぞ?」
「そ、それとこれは違うの!」
言い返したところで、シルヴァンのとなりに、半眼で私たちをみつめているアロイスがいることに気がついた。
そうだった!
ここはアロイスの屋敷の応接室だった!
キスしているところを見られた!
急激に羞恥心が湧き上がる。
というか、アロイスの前でオタク丸だしで、シルヴァンの幼少期に狂喜乱舞してしまったわ。恥ずかしい……
身の置き所がなくて思わず俯く。
するとシルヴァンに抱き寄せられた。
「アロイス、ロクサーヌを見るな。減る」
「いやいや、ここはぼくの屋敷だし、彼女を恥じらわせたのは君だよね?」
「余計なものを出すアロイスが悪い。こんなもの、さっさと処分しろ。よし燃やそう」
っ!?
「ダメっ!」
慌てて顔を上げて、シルヴァンが持つ肖像画に手を伸ばす。だけど手が届く前に、アロイスがそれを取り上げた。
「やめてくれ。妻の宝物だったんだ」
そう言うアロイスは、切なそうに微笑んでいた。
――忘れていた。
少年シルヴァンの美しい姿に我を忘れてしまったけど、肖像画はアロイスの愛する奥様の遺品だった。
「大切なものを雑に扱ってしまってごめんなさい」
私が謝るとアロイスは、「いや、大丈夫」と微笑んだ。
「燃やされのは困るけどね。きっと妻はシルヴァンの意外な姿を見られて喜んでるよ。まさかシルヴァンがこんなに嫉妬深い束縛系男だったとはね」
アロイスは楽しそうに笑い、シルヴァンは不満そうに顔をしかめた。
シルヴァンが私をろくに外出させないから、心配したアロイスが『シルヴァンの伴侶になる人にどうしても見せたいものがある』といって、無理やり私を自邸の晩餐に招いたのよね。
そんな経緯だから、シルヴァンはずっと不機嫌だ。
「ロクサーヌ」と、アロイスが私を見た。「こんな激重な男に惚れられて大変だろうけど、ぼくの大事な親友だ。どうかよろしく頼むよ」
もちろんです、と答えようとしたら、それよりも早くシルヴァン様がフンッと鼻を鳴らした。
「アロイス、案ずるな。お前が考えている以上に、ロクサーヌは肝の据わった人間だぞ」
「まあ」
私の最推しにそんな風に評価してもらえているなんて。とても嬉しいわ。
『シルヴァンと一緒にいるためなら、修羅の道でもはだしで行くし、地獄にだって堕ちるわ』
大好きな人にそう伝えたいけれど、アロイスがいるから心の中だけにとどめておく。
だけれど私の気持ちが伝わったのか、シルヴァンは嬉しそうに目を細めると、私の額にキスを落とした。
「……ふたりが幸せそうでよかったよ」
アロイスのその声で、みつめあっていたシルヴァンと私は彼に視線を移した
「さ、肖像画はもう見たし、そろそろ晩餐にしようか」
そう言いながらアロイスが肖像画を執事に渡そうとする。
「あぁっ、待ってください!!!!」
思わず大きな声で叫んでしまう。
アロイスも執事もビクリとしていたけれど、まあいいわ。
とっても大事なことだもの!
「その肖像画の複製を作らせていただくわけにはいきませんか」
「フクセイ??」
アロイスが驚いたように目を見開く。
「はい。天使のシルヴァンのお姿を毎日拝みたいのです!」
「お…がむ?」
戸惑ったような声を出すアロイス。
「はい!」私はシルヴァンを見た。「魔法で複製を作ることはできないかしら。絵でなくてもいいの。鏡に映すのでも、なんでもいいわ」
シルヴァンは私をじとりと見つめていたけれど、やがて大きなため息をついた。
「仕方ない。複製を作ろう」
「嬉しい! ありがとう!」
伸びあがって、渋い顔をしている彼の頬にキスをする。
あ、しまった。アロイスがいるのだった。でもいいわ。とても嬉しいから!
「今の俺がそばにいるのに」と不満そうなシルヴァン。
「供給はあればあるほど幸せなの! あなたの色々な姿を目に焼き付けたいのよ」
そう伝えると、シルヴァンは表情を緩めた。
「……そういうことなら、まあいいか」
「うふふ」
やったわ! 天使のような少年シルヴァンの姿柄をゲットしたわ!
嬉しい気持ちで肖像画に目を向けると、それを持っているアロイスが微妙な表情をして私を見ていた。
「……うん。君たちは最高にお似合いなのかな」
「「当然!」」
シルヴァンと私の声が重なる。
再び私たちは見つめあい、それから微笑みあった。
《おわり》
第13回ネット小説大賞 小説部門に入賞した記念の番外編です。
ブシロードワークス様から書籍化予定ですので、続報をお待ちいただけたら嬉しいです!




