おまけのお話・青ざめる筆頭魔術師
以前活動報告に載せたお話です。
内容的には9・2と9・3の間にります。
(シルヴァンのお話です)
シンボルツリーを見上げる。そろそろ十分に回復魔法がいきわたっただろう。
本音を言えばもう少し続けたいが、ベルジュの負担を考えるとここまでが限界だ。
魔力を流すことをやめ、彼女の背から手を離す。
「終わったぞ」と声をかけてやる。
だが彼女は動かない。
どうしてだ?
いつもうるさいぐらいに反応がいい奴なのに。
「おい、大丈夫か?」
湧き上がる不安を抑えながら、尋ねる。
するとベルジュは、
「成功しましたか?」と言いながら、ゆっくりと振り向いた。
「当然」と反射的に答えて、すぐ息をのむ。
ベルジュの顔は真っ赤で、大量の汗にまみれていた。
それなのに彼女は、
「ほんの少し疲れましたわ」と強がって、弱々しく微笑む。
かと思えば、その体はぐらりと大きく傾いだ。
慌てて引き寄せ抱きとめる。
「しっかりしろ! ベルジュ! ベルジュ!」
何度声をかけても、反応はない。震える手で、おそるおそる首に触れる。
指先に、しっかりとした脈動が感じられた。
「……っ!」
そっと彼女の顔の角度を変えてみると、浅いけれど息もしている。
大丈夫。生きている。
安堵のあまり、どっと汗が吹き出た。
「バカが! 死にそうだと思ったら教えろと言っただろうが!」
文句を言うが、ベルジュからの返事はない。
普段なら、打てば響くような反応をするというのに。
彼女を抱えたまま、片手でポケットから小瓶に入った液状の回復薬を取り出す。
くわえて蓋を外し――
目を閉じ、ぐったりしているベルジュの顔をみつめる。口はしっかりと引き結ばれている。
だが彼女に、回復薬をのませなければならない。
俺の魔力を直接注ぐのでは、余計に体調を悪化させてしまう。
となると、これは……口移しか?
それなら確実にのませられるはずだ。
だが、意識のない令嬢に無断でキスまがいのことをするのは、どうなんだ?
いくら切羽詰まっているからといって。
俺の腕の中でぐったりとしているベルジュを見る。
どうせこのバカは俺に役に立つことをアピールしようとして、無理をしたに決まっている。死んだらどうするつもりだったんだ。本当に救いようのないバカだ。
俺を好きすぎるにもほどがある。
そんな彼女なら口移しで回復薬をのませても、困らないだろう。むしろ大喜びするはずだ。
でも、意識はないのだ。
指で彼女の口をこじあける。
わずかにできたすきまに、回復薬を流し込んだ。
ベルジュはケホッと咳き込み、口の端から回復薬がこぼれ落ちる。
これがうまくいかなくても、問題はない。まだストックはある。
傍らのカバンを引き寄せ、中から新しい回復薬を取り出す。
万が一を考えて、多めに持ってきて正解だった。
ああ。
それにしても、バカは俺もだ。
ベルジュの性格をもっと考えておくべきだった。
魔力を流すのは、どんな体勢でもいいのだ。彼女の顔が見える位置でやるべきだったのだ。
◇◇
俺の胸にもたれかかって、ベルジュは太平楽に眠っている。
呼吸は安定しているし、顔色も普通だ。
まったく、人騒がせもいいところだ。
『死に物狂いでがんばれ』とは言った。だが、本気で死にそうなほどがんばるヤツがどこにいる。
「ん……」と、ベルジュが声を出してみじろぐ、
起きたのかと思ったが、そうではなかったようで。
まぶたは閉じられたままだ。
代わりに口はほんの少しだけ開いている。
さきほどはこじ開けなければいけないほどだったのに。
そっと指先で唇をなぞる。
オラスは、ふれたことがあるのだろうか――。
俺にはどうでもいいことだが!
そう、ちょっと疑問に思っただけのことだ。
――ベルジュは『穢れていない』と言っていたしな。
◇◇
立ち上がろうとしたベルジュは、派手にふらついた。
慌てて支える。
「だから休めと言ったのに!」
この最大級のバカは、ひとの寝顔を盗み見していて休まなかったらしい。
アホだ。
本物の愚者だ。
人がせっかく吸い出す場所を選ばせてやったのに、てのひらだなんて言うし。
――いや、それでいいのだが。
しかし、変態のくせに急に普通の令嬢ぶるのは、なぜなんだ。
ああ、イラつく。
倒れたら困るから、騒ぐベルジュを抱き上げる。
途端に顔を真っ赤にしたベルジュが、
「重いですよね。シルヴァン様は魔術師ですし」なんて、のたまう。
ふざけるな。俺がそんなに非力だと言うのか。
アロイスに劣る、とでも?
――確かに、普段は重さのあるものなんて持たない。魔法があるから。ベルジュは妖精のように細くて小柄だが、決して軽くはない。
負担はないとは言い難い。
だが、重さを軽減する魔法は絶対に使わない。
ベルジュひとりくらい、己の力だけで運べる。
最近剣術を趣味にしたから、多少は筋肉がついてきているのだ。
腕の中で縮こまっているベルジュをちらりと見下ろす。
平常に戻っていた顔色が、ふたたび熟れた果実のように真っ赤になっている。
俺のことを好き好きいうわりには、純情すぎる。
――なぜだか俺は、安堵しているようだ。こんなのは、きっと気のせいだ。
ベルジュはただの手駒。
それ以上の存在じゃない。
だが。
手駒を最大限にいかすためには、管理に気を配ることも大切だ。
呪文を唱えると、彼女に休息を与えるためにベルジュ邸に転移した。
《おわり》




