おまけのお話・ルシールの証言
ルシールが、
「シルヴァン筆頭魔術師様が、あんなにヤバイ人だとは思わなかった」とため息をつく。
「どういうこと?」
彼がラスボスで、反逆罪に当たることを考えていたとバレてしまったの?
いったいどうして?
ルシールの記憶を消す魔法ってあるかしら。
シルヴァンに相談しなければ――。
「だって! ロクサーヌにべったりじゃない! 私とお茶する時間もないくらい!」
「なんだ、そんなことね」
ほっと胸をなでおろす。
「ひどいわ。私はロクサーヌと会えなくてさみしいのに」
「ごめんなさい。もっとひどいことだと思ったから。お茶の件は、ごめんなさい」
シルヴァン様は文字通り朝から晩まで、というか晩の間も私と一緒にいる。ルシールと会うのは構わないけど、自分も一緒じゃないとイヤだと駄々をこねる。
それだとルシールが萎縮するから、と言っても聞いてくれない。仕方ないか……と思っていたのだけど。
見かねたアロイスが「そんなに束縛していたら、嫌われるぞ」とシルヴァンに忠告したらしい。
それで、久方ぶりにルシールとふたりきりのお茶の時間を持てた。ドパルデュー公爵邸の応接間で。
「でも、思うのよね」と、ルシールは持っていたカップをソーサーに置いた。「聖人とまで言われていたあの人を、真逆の人間に変えてしまったロクサーヌが魔性なのかもって」
「違うわ。シルヴァンがもともと偽りの姿を見せていただけ」
「ふうん」疑わし気につぶやくルシール。「まあ、いいわ。あなたも言葉遣いが変わったものね。高位貴族って、外面を気にしなければならなくて、大変ね」
「私の場合は、妃教育のせいだけど」
「どのみち『氷の令嬢』を返上できて、よかったじゃない」
そうなのよ。オラスとの婚約がなくなったせいなのか、はたまたシルヴァンと相思相愛になったせいか、どんなときでも表情を出せるようになった。
「でも、シルヴァン筆頭魔術師様はそれも気に食わないのでしょう? 大変ね」
「そんなことないわよ」
「なんだ、知らないのね」と、ルシールが肩をすくめる。「アロイス様に愚痴っているのを、この耳で聞いたわ。『ロクサーヌの笑顔を他の人間に見られるのは我慢ならない』そうよ」
「そんなの初耳だわ」
「あの方、めちゃくちゃ嫉妬深いわよ?」
とても愛されているとは、自分でも思う。
「でも嫉妬する対象なんていないし」
「この世の男、全員によ」
ルシールがあまりに突飛なことを言うので、思わず笑う。
「あら、本当よ。魔法省の人間はみんな知ってるもの」
彼女が言うには随分前から、シルヴァンは私が話をする相手を一瞬だけ睨む癖があるのだとか。しかも話といっても、仕事について。だから魔法省内の人間は、早いうちから彼の恋心に気づいていたという。
『そんな大袈裟な』と答えようとして、
「そういえばアロイス様にも、そんなことを言われたような」と思い出す。
「でしょ? 自覚がなかったみたいだし、あの頃はみんな『気の毒だね』って同情して。オラスとの婚約を解消させる魔法はないかなんて、結構考えていたのよ」ルシールがうんうんと、ひとりでうなずく。「だからシルヴァン筆頭魔術師様があなたにフられたときは、魔法省に激震が走ったのだから」
「フってないってば!」
「でもみんな、そう信じているわ。そのくらい憔悴ぶりがひどかったのよ?」
「そんな不名誉、シルヴァンに申し訳ないわ。なんとか誤解を解かないと」
「必要ないんじゃない? あの方、あなた以外に興味ないじゃない」
どうかしら。確実にもうひとつ興味があるものがあるもの。
シルヴァンは四六時中私と一緒にいるけれど、たぶん、秘密の趣味を持っている。
毎晩、短い間だけだけど、姿を消す時間があるもの。なにをしていたのか訊いたときも、はっきりとした答えは返って来なかった。
ラスボスの秘密の趣味はすごーーく、気になる。だけど誰にだってプライベートはあるものね。(今のところは)詮索していない。
「それにね」とルシールは言って身震いした。「事件が起きたときなんて、本当に怖かったのよ! 魔王降臨って感じで、みんな震え上がったんだから!」
「大袈裟ね」
「本当だってば! 聞いていないの?」ルシールは身を乗り出し、内緒話をするかのように片手を口に添えた。「シルヴァン筆頭魔術師は広間のシャンデリアと玉座を破壊して、近衛兵を吹き飛ばし、オラスはあまりの恐ろしさに腰を抜かして失禁したのよ!」
「……嘘でしょ」
「本当だってば! 陛下も失神したって噂だし」
「見たかったわ……!」
なにそれ、ラスボスの面目躍如じゃない!
「映像とか残っていないのかしら。あそこ、鏡があるわよね? ねえ、ルシール、そこから再現できる?」
「……ダメだわ。鏡と窓も割れたんだった」
「そうなの? 残念。魔王のシルヴァンを見たかったわ」
再びそうなってくれる可能性はあるかしら。
でももう彼が憎む相手がいない。先代国王陛下は遠い地で療養(という名目の軟禁)しているもの。
「ロクサーヌが危機に陥れば、またああなるでしょ。でも」と、ルシールがまた体を震わせた。「そんな蛮勇がある人間はいないわ」
「なんの話だ?」
そんな声と共に、シルヴァンが応接間に入って来た。
「ロクサーヌの危機と聞こえたが?」
「『筆頭魔術師様がご健在な限り、そんなことにはならない』という話です!」ルシールが青ざめながら早口で答える。「あなた様が彼女をどれだけ大切にしているか、みんな恐怖を持って魂に刻みましたから!」
ルシールが、「あ」と手で口を押させる。慌てたせいで、余計な一言が入ったものね。
でも、心配ないわね。シルヴァンは相好を崩して、
「当然だ。ロクサーヌは俺のすべてだからな」と私の額にキスを落としたもの。
「いいなあ」と、ルシールが呟く。「私もそんな素敵なことを言ってくれる伴侶がほしい」
「アロイス様の助手は? 彼、いい人そうじゃない?」
しまった。シルヴァンがムッとした顔になってしまったわ。急いで、
「シルヴァンとは比べ物にならないけれど」と、付け足す。
「当然だ」とうなずくシルヴァン。「だがあいつは既婚者だ」
「彼は愛妻家で有名よ。ほんと、ロクサーヌも筆頭魔術師様以外には興味がないわね」と、ルシールが笑う。
「そうね」
シルヴァンを見上げる。私を見つめ返すアイルブルーの瞳。『慈愛の天使』でも『ラスボス』でもない、柔らかな微笑み。
「私もシルヴァンがすべてだもの」
小説における彼の破滅は回避できた。
でもこの先もずっと、穏やかな日々が続くとは限らない。
彼はラスボスだし。禁忌の黒魔術を使えるし。
だから。私はいつだって、彼のためならなんでもする覚悟でいるのよ。
でもそんなことは到底口にできないから。
無言で、友人ににこりと微笑んだ。




