14・3 あの晩のこと
シルヴァン殿下が魔力暴走によって、おかしくなってしまった。
そう思ったのだけど、アロイスによると違うらしい。
彼は本当に私を好きだとか。
「だから、シルヴァンが参っていると伝えただろ」と、アロイスがため息をつく。
私の目前には王妃陛下とアロイスが座っている。
ふたりとも疲れたお顔だ。アロイスなんて目の下はくまができ、頬はげっそりとこけている。相当憔悴しているみたい。
傍らのベッドには、モンベル様から治療を受けているシルヴァン様が眠っている。あのあと倒れてしまって、いまだ目を覚ましていないけれど心配はないらしい。
寝息は穏やかだし、体温も戻っている。
「でもシルヴァン様は、私との結婚なんて『怖気がふるう』と言いましたのよ」
「本心じゃないさ」と、アロイスが首を横に振る。「どうしてあれほど気持ちを否定するのかは、わからないが。シルヴァンはだいぶ前からロクサーヌに惚れている。多分、元魔術師の襲撃事件ぐらいには」
いえいえ、信じられないわ。
だってシルヴァン様にそんなそぶりは、微塵もなかったもの。
「魔法省のたいていの人間は気づいている。もちろん、ルシールも」
「まさか」
「シルヴァンは尊敬されているし」と、アロイスがまたため息をつく。「君は王太子の婚約者だから、みな口を閉ざしていただけだ」
王妃陛下を見る。すると彼女は、
「ロクサーヌさん。あなたを助けたあとにシルヴァン様がなにをしたか、聞いているかしら」と尋ねた。
「いいえ」
私も丸一日、意識がなかったこと。目覚めていくらもたたないうちに、シルヴァン様が危ないとの連絡をもらったこと。そんなことを説明する。
「シルヴァンは、ベルジュ公爵から君が偽情報で誘い出されたと聞いたときから、冷静さを失っていたんだ」
一緒にいたというアロイスが、詳しく教えてくれた。
シルヴァン様は怒りのままに一瞬にして当該侍従を探し出し、半殺しにする勢いで企みを白状させ、待合室に残った魔法の痕跡から私の居場所を特定し、自分もそこに転移した。
「転移って、水中でしたわよ」
うなずくアロイス。
「あいつは一瞬の迷いもなく、飛んだ。そうするのが一番早く君を助けられるとふんだのだろうな」
そんな。てっきり魔法で水中から引き上げてくれたのだと思っていた。
ベッドに横たわるシルヴァン様を見る。
邪魔者は容赦なく排除するラスボスなのに……。
「君は心音も呼吸も弱くてね」と、アロイスが続ける。「シルヴァンはすっかりパニックになって、必死に名前を呼んで頬を叩いて目覚めさせようとしていた。僕が『回復魔法を』と言わなかったら、きっと自分が魔法を使えると思い出すこともできなかっただろう」
それからシルヴァン様は私に回復魔法をかけ状態が安定するのを確認すると、駆けつけたヴィクトルお兄様に私を託したそう。
そしてびしょ濡れのまま大広間に転移し、オラスを糾弾。
オラスは当然しらを切ろうとしたそう。だけれどシルヴァン様が悪鬼の表情で(本当かしら)、片手に半殺しにした侍従をつかみ(本当かしら)迫るものだから、怯えて罪を認めたのだとか。
「だけどオラスは『ちょっとお灸を据えようとしただけ』と、主張したのよ」と王妃陛下がため息をつく。「あげくに陛下がそれを認めて、小言だけで済まそうとしたものだから――」
「あやうく大広間を吹っ飛ばされるところだった」
「アロイスが機転をきかせて止めてくれたからよかったけど」
ふたりが揃って、大きく息を吐く。
「「あのときは、死んだかと思った……!」」
このとき国王陛下は恐怖で気絶したという。そこで王妃陛下が国王代理としてオラスの処分を決め、宰相がそれに追従した。
居合わせた人たちも、なんの瑕疵もない公爵令嬢を殺しかけたのに息子を罰しない王に呆れ返っていたそうで、誰一人、王妃陛下に異議を唱える者はいなかった。
問題は、シルヴァン様。
アロイスは着替えて、気を静めるよう勧めたという。
シルヴァン様はそれに従い、大広間から姿を消した。
それでとりあえず、一件落着となったそう。
だけど翌日になってもシルヴァン様は姿を見せなかった。
とはいえ、昨晩あの『慈愛の天使』が大立ち回りをしたのだから気恥ずかしさもあるのだろうと、王妃陛下やアロイスたちは考えたのだとか。
そこで、そっとしておくことにしたらしいのだけど、気づいたときにはシルヴァン様は魔力暴走を起こし、魔法省の一部を破壊していたらしい。
誰の声もシルヴァン様には届かず、誰も暴走を抑えることもできず、あんな大惨事になってしまったのだそう。それでも高位魔術師ががんばったからあの程度で済んだのだとか。
「わかったかい? シルヴァンは君を好きなんだ」
「怒りで国王と王太子を殺しかねないほどにね」
「自らを破滅させてしまうぐらいにも」
そんなことが、あるのかしら。
他人の口から聞いても、とても信じられないわ。
「魔術師を集めて魔力の暴走を抑えようとしたのだけど、どうにもならなくて」眉を八の字にする王妃様。「あなたが引き金だとはわかっていたわ。でも、あれを見たあなたがシルヴァン様を恐れたらと思うと、呼ぶことはできなかったの。自ら来てくれて、ありがとう」
「……恐れるはずがないではありませんか」
だって私は、彼が禁忌の黒魔術を使い、甥の処刑を謀るような人間だと知っているのだから。
椅子から立ち上がり、ベッドに行く。
手を伸ばし、シルヴァン様の頭をそっと撫でる。
「私は生半可な覚悟で雑務係に立候補したわけでは、ありませんのよ?」




