14・1 助かったみたい
もういい……
そう思ったとき、誰かに体を強く抱きしめられた感覚がした。
水の中なのに。
なぜかシルヴァン様に抱き留められたときのことを思い出す。
ロクサーヌ、ロクサーヌと私の名前が繰り返す声が聞こえ、情けない表情で私を見下ろすシルヴァン様のお顔が見える。
いやね。死の間際になってまで、私の妄執は幻覚を引き起こすのだわ――
◇◇
驚いたことに、私は死ななかった。とはいえ発見されたときは仮死状態だったとか。
回復魔法をふんだんに受けてなお、意識が戻るのに丸一日を要したらしい。
目覚めたときはベルジュ邸の自分の寝室で、周りには目を真っ赤にしたニネットお義姉様や使用人たち、それからルシールが私を見守っていたのだった。
私を助けてくれたのは、シルヴァン様だという。溺れていたのは王宮庭園の堀だったそう。シルヴァン様はその場所を特定し、水中から私を引っ張り出し、さらに回復魔法もかけてくれたとか。
もちろん『慈愛の天使』のイメージを壊さないためね。
ヴィクトルお兄様とニネットお義姉様の前に私を呼び出したはずのシルヴァン様が現れたため、ふたりは驚いて私を助けてほしいと懇願したみたい。
そしてラスボスの名前を騙って私を呼び出した犯人は、オラスだった。
これもシルヴァン様が魔法で特定したそう。
オラスはシルヴァン様と私を逆恨みしているらしい。どうしても私たちを懲らしめたかったと話しているという。
私を殺す気はなく、水中にも時限転移魔法陣を仕掛けたそう。ただ、これは相当に難しい術だとか。それでオラスは失敗したみたい。シルヴァン様が助けてくれなければ、私は溺死していた。
本人は軽い気持ちだったそうだけど、立派な殺人未遂事件よ。
さすがの陛下も庇えるレベルではなく、オラスは王太子の地位をはく奪されることが決まった。いずれ王籍から除籍されるらしい。
小説とはだいぶ違う展開になってしまった。それ自体はどうでもいいけど、シルヴァン様が気になる。
このままでは、予定していた復讐ができない。彼の望みは、国王に死よりもつらい絶望をさせることだもの。身分降下程度では、溜飲が下がらないに決まっているわ。
私にできることはあるかしら。
小説の内容とあまりにかけ離れてしまったから、未来を判断することはできない。だけれど、お役に立ちたい。
――傲慢かしら?
シルヴァン様から手紙が返ってくることはない。つまり私はもう、不必要な人間ということよね。
どうしよう。
そんな風にライティングデスクにすわって、新たな手紙を書くかどうか迷っていたら、城に戻ったはずのルシールが部屋に駆けこんできた。真っ青な顔をしている。
「どうしたの?」
「ロクサーヌ! シルヴァン様が――!」
シルヴァン様になにかあったの!?
立ち上がりルシールのもとに走り寄る。
ルシールは私の両腕をがしりと掴んだ。
「このままでは、シルヴァン様はお亡くなりになってしまう!」




