13・2 久しぶりの王宮
何事もないまま、また半月が過ぎた。
アロイスはあれきり、なんの連絡もない。
シルヴァン様からも。注意喚起の手紙の返事も来ない。
そもそも辞める時に添えた手紙だって返事がなかったのだから、当然なのだけど……。
どうしても悲しくなってしまう。
一方で、私の新しい婚約についてはそれなりに順調。
王太子に婚約破棄された悪評まみれの氷の令嬢なんか、需要はないと思っていた。それなのに毎日のように釣書が届く。恋文、花、プレゼントも届く。
一周まわって新たな嫌がらせかと思ったけれど、違うらしい。
世間では私の評判が上がっていて、そのためだという。
どうやら私は、『人格者のふりをした王太子の非人道な仕打ちに、表情を失ってまでも耐え続けたけなげな令嬢』と噂されているみたい。
以前とは180度違う評判で、驚いてしまう。
先日遊びに来たルシールは「シルヴァン筆頭魔術師様が印象を操作したからよ」と言っていた。そんなことがあるはずがない。だけど、彼女は「絶対にそうなのよ」と譲らなかった。
真実がどうであれ、私にはもうどうでもいいこと。
結婚相手を決めた。国外からも縁談がいくつか来たので、その中から良さそうなひとを選んだ。お兄様たちは遠すぎると渋っているけど、そのほうがいいと思うのよね。
私のためにも、シルヴァン様のためにも。
だってこの国にいたら私、絶対にシルヴァン様のストーカーになるもの。
◇◇
久しぶりの王宮の夜会。エスコートの申し出がたくさんあったけれど、すべて断った。今夜も壁の花に徹するつもり。そうして遠くからシルヴァン様のお姿を拝むのよ。
もちろん! 彼の視界には入らない。
入ったら完全アウトだと思うもの。
ひっそり、こっそり見守るの。
それぐらいは許されるわよね? 破滅回避の手伝いをしてるし。結構傷つけられたし。
迷惑をかけるつもりはないもの。
国を出る前に大好きな人の姿を網膜に焼き付けることくらい、許してもらえる範囲よね?
お兄様夫妻と大広間に向かって進む。いつもと違って、やけに私に話しかけてくる人が多い。
そんな中、
「壁の花なんて無理だと思うわ」と、ニネットお義姉様が笑う。
「どうしてですか?」
「オラス殿下の評判が、ますます下がったから」と、ヴィクトルお兄様。「昨日、帳簿の誤魔化しが発覚したんだ」
なんだか前にも聞いたような件ね。あれを発覚させたのはお兄様だけど。
お兄様の顔をじっと見つめると、気持ちが通じたようで「違うよ」との微笑みがかえってきた。
「求心力が落ちてきたのだろうな。匿名による内部告発らしい」
「誤魔化しは金額ではないから、それほど大問題ではないようだけど」と、お義姉様。
「殿下は贅沢品やお気に入り令嬢への贈り物を、『対婚約者への出費』項目にしていたんだ」
「まあ、ケチくさい!」
思わず非難すると、お義姉様が「そうよね」と笑った。
「本人は誰かに書き替えられたと主張しているけど、不可能なことは多くの官僚が認めている」
「どうしてすぐにバレる嘘をついたのかしら」
オラスってそんなに愚かなヒーローではなかったような気がするのだけど。小説とだいぶ違った展開になっているせいなのかしら。
「彼の主張は、『ドパルデュー公爵が魔法で仕組んだ』だ」
「……シルヴァン様がそんなことをするはずがないわ」
オラスを罠に嵌めることにためらいはないだろうけど、この件は矮小すぎるもの。
「『腹いせ』だからだよ」
すぐ後ろから声がして、飛び上がる。
振り返ると、見覚えのある青年が笑顔で立っていた。確か、釣書を送ってきた方だ。
「あなたにフラれたね」
「フ……?」
今なんて?
「せっかくあなたが自由になったのに、自分のものにならなかったから、ね」と笑顔の青年が意味のわからないことを言う。「大丈夫、みんな知っているから」
慌ててヴィクトルお兄様を見ると、お兄様は黙って肩をすくめた。
なにも言わないということは、今の意味不明の噂を知っているということだわ。お義姉様も困ったようにお兄様を見ているだけ。
なんてこと。シルヴァン様に不名誉な噂が立っているなんて。
「でたらめですわ。フラれたのは私です。陛下がご提案なさった婚約を、シルヴァン様がお断りになったのです!」
「ええ……」青年が戸惑った顔になる。「じゃあ、どうして彼はあんな風なんだ……」
「『あんな風』って、どういうことですか?」
「それは――」
青年が言いかけたとき、すっと侍従が寄って来た。そして、私をまっすぐに見据え、
「ベルジュ公爵令嬢様。ドパルデュー公爵がお話をしたいそうです」と告げたのだった。




