13・1 アロイスの訪問
応接室に入ると、アロイスが立ち上がって
「久しぶり」と微笑んだ。
仕事帰りのアロイスは魔術師の制服を着ている。
わざわざ仕事帰りに来るなんて、いったいどんな用件なのかしら。
「ベルジュ邸への訪問を許可してくれて、ありがとう」と、アロイス。
「アロイス様を拒む理由なんて、ありませんもの」
「シルヴァンの関係者には会いたくないかと思ってね」
予期せぬ言葉に、とっさに返事ができなかった。
私が仕事を辞めた本当の理由は、家族とシルヴァン様しか知らないはず。
世間には『王太子妃教育が不必要になったから』で通している。シルヴァン様が彼に話したとも思えない。ときどき遊びに来るルシールも、それを信じてくれている。
「……お座りになってくださいな」
とりあえず着席をうながし、私も続く。
アロイスが来るのならシルヴァン様の様子を知りたいと思っていた。ルシールに聞いても、「一度魔法省へ来て」しか答えてくれないのよね。省内でたったひとりの女性に戻ってしまったから、さみしいみたい。
けれど、アロイスのさっきの言葉。訪問の目的は、本当になんなのかしら。
執事がお茶を用意し壁際にさがると、アロイスはようやく口を開く。
「単刀直入に言おう。シルヴァンの元に戻ってくれ」
またも予想だにしなかった言葉。
それでもなんとか、
「どうしてでしょう」と声を出す。
「シルヴァンが参っていてね」
確かに彼の仕事量は膨大よね。だけど――
「兄が用意した雑用係を拒んだと聞いています。それとも再度用意をしましょうか」
「ロクサーヌじゃないとダメなんだ」
「もしかして紅茶ですか?」
あれだけは気に入ってくれていたとの自負がある。
だけどアロイスは、
「違う。あいつには君の存在が必要なんだ」と答えた。
「そんなことはありません」
「あるから頼んでいる!」
ぐっと身を乗り出すアロイス。真剣な表情で、本心からの言葉に思える。
「ですが、どうしてアロイス様がそう言いきれるのですか?」
「二十年近い付き合いだから、わかるんだ」
「それにきっとシルヴァン様に無断でこのお話をしていますよね?」
「ああ」
「目的はなんでしょうか」
「シルヴァンの元に戻ってほしい」
「どうして?」
「シルヴァンが参っているからと言ったはずだ」
思わず首を横に振る。
「あなたは以前から、シルヴァン様と私をプライベートでも一緒にさせようとしていましたよね。スキャンダルを狙っていたのでしょう?」
アロイスが大きく目を見開く。
「そんなんじゃない!」
「スキャンダルでシルヴァン様が失脚することをお望みなのですわよね?」
「違う!」
よく言うわ。小説ではそれを狙っていると、はっきりと書いてあったのよ。
「……確かに彼に対して、複雑な思いはある」とアロイス。
ほらね!
「だが、あまりにも見ていられないんだ。シルヴァンは」アロイスは顔をゆがめた。「誰にも心を許さない。親しくもならない。僕たちは付き合いは長いけれど、ただそれだけの関係だ。食事でも夜会でも、誘えば応えてくれる。でも、向こうから誘ってきたことは一度もない。二十年近く、一度もだ」
それは……さすがに淋しいような気がする。
半年ほどシルヴァン様を見ていたけれど、一番親しい人はアロイスのようだった。
だからこそ、いずれ敵に回る彼を排除しないのだと思ってもいた。
「もちろん、僕だけじゃない。誰に対してもそうだ」アロイスが私を見つめる。「君だけなんだ。シルヴァンが大切にしている人間は」
「また勘違いをなさっているのですね。聞いてますわ。シルヴァン様が奥様に片思いをしていると長年誤解なさっていたとか」
アロイスがまた目を瞠った。
「そんなことまでシルヴァンは君に話しているのか! やっぱり、君でないとダメだ。頼むからシルヴァンの元に戻ってほしい」
「おこと――」
「なぜです」
私の言葉を遮ったのは、ヴィクトルお兄様だった。開け放したままの扉のもとに、険しい表情で立っている。
「戻ってもらいたいなら、ドパルデュー公爵がロクサーヌに土下座して謝罪し、頼むべきです。彼女を傷つけ泣かせておきながら、素知らぬふりのまま。たとえロクサーヌが戻ると言っても、僕は許しませんよ」
「傷つけ……?」
アロイスが驚いたように私を見る。
「シルヴァンがロクサーヌを?」
「それも知らずに無理を通そうとするなんて、あまりに妹に失礼です。お帰りください」
アロイスはなにか言いたげに口を開いたものの、結局閉じてしまった。
そして非礼を詫びて帰っていった。
私がシルヴァン様にとって特別なことがあるとしたら、彼の秘密と本性を知っていることくらい。
それをあんな風に曲解されるのは、まだ辛い。
もっともアロイスの言ったことがすべて本当とは限らない。
シルヴァン様を陥れる作戦かもしれないし。
そうよ、友情に厚いふりをして、失脚を狙っているのだわ。
シルヴァン様に注意喚起のお手紙を送ったほうがいいわね。
――今更、私からの連絡は、イヤかしら。
でもたとえイヤがられても、シルヴァン様を破滅から守らなくては。




