12・3 決別
婚約破棄された翌日。
休日だったので屋敷で姪と遊んでいたところ、国王陛下に呼び出された。
手続きは昨日のうちに済んでいる。まさか、やっぱり婚約破棄は認めないと言い出すのではないでしょうね?
お兄様によれば、陛下は婚約破棄の承認を、だいぶ渋っていたという。
だけど愛息子があちこちで宣言してしまったので、仕方なく認めたらしい。
でも気分が変わってしまったとか?
心配になりながら陛下の私室に向かっていると、その手前でシルヴァン様の声が聞こえてきた。陛下と話しているらしい。
これでは盗み聞きになってしまう。早く声をかけなければ。
案内の侍従と顔を見合わせてから、早足で進む。開け放たれた扉まであと少しというところで――
「シルヴァン。ベルジュ公爵令嬢と結婚して構わないのだぞ」という陛下の声が聞こえてきた。「あれは王族に迎えるに相応しい令嬢だ」
これってどういうシチュエーションなの?
思わず足が止まる。
陛下がシルヴァン様に私を勧めているの?
どうして?
「一生望むことなどありません。彼女と結婚だなんて怖気をふるう!」
たじろぐほどの激しい口調。声はシルヴァン様のもので間違いない。
陛下の前でも『慈愛の天使』の振る舞いをけっして崩さなかったのに。
それほど、イヤなのね。
わかっていたつもりだけれど、改めて言われるのはキツイ。
なんとか扉のもとまで、辿り着く。
中にいるふたりは、すぐに私に気がついた。
「陛下のご用件は、今ので終わりましたかしら。私もシルヴァン殿下に負担をかけたいとは微塵も思っていませんわ。では、失礼いたします」
来たばかりの廊下を引き返す。
無礼なことをしている自覚はある。
でも、昨日の拒絶も辛かったけれど、今日のは……。
あれほど大嫌いな陛下の前でも本性をさらしてしまうほど、シルヴァン様は私との結婚がイヤなのだわ。
雑用係として認めてもらっていても、私のことは怖気をふるうほどにダメなのね。
◇◇
屋敷に帰ると、ヴィクトルお兄様を乗せた馬車が、今まさに出発しようとしているところだった。
私の帰宅を知ったお兄様が、馬車からまろびでてくる。
「ロクサーヌ、留守にしていて悪かった! 陛下の用事はなんだった!」
見送りに出ていた執事や従者たちまで、心配そうな顔を私に向ける。
「安心して、お兄様。オラス殿下のことではなかったわ」
「よかった――!」ほっと息をつくお兄様。「それなら、どうして」
胸がきゅっと痛む。
だけど、お兄様を心配させたくない。笑顔で
「シルヴァン魔術師様との結婚を打診したかったみたい」と答える。
パッと表情が明るくなるお兄様。
「もちろん、受けたよな?」
「いいえ。シルヴァン様がお断りしていたわ」
「え……?」
「それじゃあ、部屋に戻っているわ」
「待って!」
身をひるがえしかけたところで、腕を掴まれる。
「あの方が、お前との結婚を断った?」
「そうよ」
「いや、おかしいだろ?」
「お兄様ったら。私は『氷の令嬢』よ。誰だって結婚相手にはしたくないのよ」
「そんなはずがない! なにか事情が――」
「私との結婚は怖気をふるうのですって。はっきりおっしゃったわ」
声がふるえてしまった。
涙がぽろぽろと零れ落ちる。
こんな不行儀、公爵令嬢失格だわ。
「わかった。辛いことを言わせてしまってすまない。王族の男はみなバカなのか。どれだけロクサーヌを傷つければ済むんだ」
お兄様が私を軽く抱きしめ、背中をよしよししてくれる。
「オラスとシルヴァン様は違うわ。シルヴァン様は雑用係としての力は認めてくださっているもの」
「だからといって、お前を泣かせるのならオラスと同等のバカ者だ」
「そんなことないわ。私が――」
きっと私がうるさすぎたのが、いけないのよ。
◇◇
雑用係は辞めた。
あんなことを言われても私はまだ、シルヴァン様が好き。
私は前世の思いを引きずって雑用係になった。
でも本当はだいぶ前から、気づいていた。
シルヴァン様はキャラじゃない。私と同じ世界に生きる、同じ人。
彼は小説の中なんかよりも、ずっと素敵な人だった。
私の『好き』は最初はミーハーなものだったけど、今は――
このままでは私はストーカーになってしまいそう。
シルヴァン様を困らせる存在になる前に、おそばから去ったほうがいい。さっさと他の人と結婚して、気持ちを封印するべきなのよ。
ラスボスには辞める理由と、計画が失敗する経緯についてを詳しく書いて、送った。
お兄様が新しい雑用係も用意してくれた。
もう、私の必要性はない。
本音を言えばほんの少しだけ、シルヴァン様が退職を引き留めてくれることを期待していた。
愚かすぎるわ。




