11・2 園遊会
王宮主催の園遊会は春と秋にある。どちらも功績のあった人などの特別招待枠があって、貴族以外の階級からの参加者も多い。
昨日問題を起こしたオラスは『体調不良』により欠席だそう。そりゃ、出られないわよね。どこもかしこも、『人徳のあるカリスマ』だったはずの彼の噂で持ちきりだもの。
まあ、私にはすべて関係ないけれど。
兄夫婦と一緒に国王夫妻に挨拶をし、そのあとはすぐにひとりになった。
ひとけが少ない庭園の奥に向かう。
本来なら、『王太子の婚約者にふさわしくない女』と面と向かって非難され、嘲笑われるはずだった。
シルヴァン様が介入したせいでそれはなくなったけど、油断はできない。オラス事件のとばっちりを受けないとも限らないもの。
家族やアロイスの助手を巻き込みたくない。
シルヴァン様は――。
まだ姿を見ていないけれど、向こうから寄って来てくれることはないわよね。昨日はだいぶ機嫌が悪かったもの。
私は雑用係を辞めたくない。
納得できないけれど、謝るしかないわよね。明日。
今日はどうせ話をする機会なんてないでしょうから。
「ロクサーヌ!」
よく通る声に呼ばれて振り返る。
私服姿のアロイスとその助手が、笑顔でやって来る。
「必要な挨拶は終わったか? それなら僕たちと一緒にシルヴァンを探そう」と、アロイスが勝手に話を進める。
「いえ、今日はひとりでいますわ」
『どうして』と尋ねるアロイスに、彼を私の事情に巻き込みたくないことと、昨日シルヴァン様とケンカをしてしまったことを伝える。
「ケンカ? あいつと?」
目をみはったアロイスは私を人がまったくいないほうへ誘った。
「なにがあったんだ? シルヴァンは誰かと争ったりはしないぞ?」
「ケンカというか、意見の相違です。今日のことも含めて。だから私はひとりでおりますから――」
アロイスがため息をつく。それから助手に「ちょっとごめん」と言うと、呪文を唱えた。
声が一定範囲より外に聞こえなくなる術だった。
「そのぶんだと、シルヴァンはなにも話していなさそうだ」と、アロイス。
どういうこと?
「君がオラス殿下に絡まれたときから、彼はひどく心配していた。あれで引き下がるとは思えないって」
ええ?
シルヴァン様のそんな様子は見たことがないけれど……。
「いつかの夜会のように君に無体なことをするかもと恐れて、ひそかに殿下を探っていたし、手が足りなくて僕にもやらせた。あいつに頼られたのは、長い付き合いの中で初めてだよ」
ええと。
もしこの話が本当なら嬉しい。
だけどシルヴァン様はアロイスの前では『慈愛の天使』の演技をしている。私を心配していたのもきっと、演技だわ。
だって本当に心配しているのなら、昨日あんな別れ方はしなかったと思うもの。
「ロクサーヌ」
アロイスが私の顔をのぞきこむ。
「君……」
彼がなにか言いかけたとき、助手の
「シルヴァン筆頭魔術師様がお見えになりました」という声が聞こえた。
首を巡らすと、男の子を抱っこしたシルヴァン様と目があった。
険しい目つきをしている。やっぱりまだ怒っているのだわ。
「すごいな、気合が入っている」
となりでアロイスが呟き、私も気づく。
シルヴァン様はいつもは簡単にハーフアップしているだけの美しい銀髪を、綺麗に編み込み後頭部でひとつ結びにして、美しいアクセサリーで飾っている。普段は見えない首筋がとてもなまめかしい。
耳にも珍しく、細く垂れ下がるピアスをつけて、動きにあわせて揺れている。
びっしりと植物の華麗な刺繍がほどこしてあるジュストコールは、瞳に合わせたアイスブルー色。
シルヴァン様は普段から超絶に美しいのに、今日はなおいっそう美しい。美しさが天元突破している。あまりの神々しさに、人間とは思えない。きっと天使なのだわ。
「あのお子様は……」と、助手が呟く。
「まさか今日はお守りなのか」と、アロイス。
シルヴァン様が人垣の向こうに消える。
あの子供は、現・王妃様が産んだ第二王子殿下。まだ五歳で、とても可愛らしい。
ただ、陛下はオラスにしか愛情も興味もない。だから王妃様も今までは第二王子殿下の存在をアピールすることはなかった。だけど、この機会に方針を変えたのかも。
筆頭魔術師であり王弟であり公爵でもあるシルヴァン様が抱っこをするということは、殿下をお認めになっているということになるもの。
その主張をより強く現すために、あれだけの盛装をしているのかもしれないわ。
一瞬だけでも、麗しいお姿を見られてよかった。網膜に焼き付けたから、どこかでひとりになって反芻しよう――
そう考えていると再びシルヴァン様が姿を現し、ひとりで私たちのもとにやって来た。
アロイスが気軽に声をかけて、話し始める。
その様子を一歩引いて眺める。
どう見ても、私はシルヴァン様の眼中にない。
でもいいの。至近距離で、素敵な姿を堪能するから。
胸が少し痛いけど、こんなものはたいしたことではないわ。
シルヴァン様が根深く怒る性質なのは、小説を読んだ時から知っているもの。
「ロクサーヌ」と、アロイスが私を見る。「僕たちは知人に挨拶をしてくるから、シルヴァンと待っていてくれ」
「え? でも……」シルヴァン様にそんな気はないだろうし、それに「第二王子殿下は?」
「今日は僕たちの約束が先だろ?」と、笑うアロイス。
それはなくなったのよ。私は断ったし、きのうはケンカ別れもしたのだから。
シルヴァン様を見る。『慈愛の天使』様は真顔だった。微笑んでいない。
ほら、外面も忘れて怒っているじゃない。
「私は兄夫婦のもとへ行きますわ」
「ああ。もう! 君も大概ガンコだね!」
アロイスがなぜか苛立たし気に大きな声を出した。周囲のひとたちの視線が集まる。
「いいかい、ロクサーヌ。上司命令だ。君はシルヴァンとここで、僕たちの戻りを待つ。シルヴァン、彼女を頼むよ」
そう一方的に告げるとアロイスは、助手を連れて離れて行った。
「アロイスは上司ではないのに」
シルヴァン様に小声で、
「やっぱりスキャンダル狙いかしら」と尋ねる。
「だろうな」
普通に返事が返ってきたわ!
真顔のままだけど。
ほっとして涙がにじみ出そうになる。だけど人目があるのだから、泣いてはダメ。
「ごめんなさい」と、小声で謝る。「それから昨日のことも。謝りたくないけど、雑用係を辞めたくもないわ」
「……好きにしろ」
ぼそりと呟かれたのは、お許しの言葉で。
「ありがとう!」
安堵に全身の力が抜ける。
シルヴァン様がわずかに目を見開く。驚いたような顔。どうしてかしら。
首を傾げて見つめ返すけれど、シルヴァン様はなにも言わずに目をそらした。
よくわからないわ。
でも、そっぽを向いたシルヴァン様の横顔がとても美しい。普段は髪で半ば隠れている首のラインがすべて見えるのも嬉しいわ。
「今日のシルヴァン様は一段と素敵! 妖精の王子様みたい。その髪型も、揺れる御髪がとても美しいわ!」
ラスボスがちらりと私を見る。その時――
「氷の令嬢って笑えたの?」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。よく耳を澄ませば、同じような言葉がいくつか耳に入る。
思わず、頬に手を添える。
「シルヴァン様。私、笑っていますか?」
「――ああ」
「ずっと他人がいるところでは、表情を変えられなかったのに、どうして」
「俺のおかげだな」
ドヤ顔をするシルヴァン様。
「天使の顔じゃなくなっているわ! でも、そのとおりだと思う。ありがとうございます、シルヴァン様」
信じられないわ。どう頑張っても、ダメだったのに。
推しの力は偉大なのだわ。
と、シルヴァン様が私の背に手を当てた。
「移動するぞ」
「でも、ここで待てと」
「アロイスとは連絡が取れる。注目されすぎだ」
確かに。ものすごく、見られているわ。人が増えているような気もする。
「でも、どこにいてもシルヴァン様は目立つと思うの。ものすごく綺麗だもの」
「俺じゃない」
「え?」
「行くぞ」と、歩き出すシルヴァン様。
まるでこれでは、シルヴァン様にエスコートされて園遊会に参加しているみたいだわ。
アロイスの策略にはまっているわよね?
シルヴァン様だって、わかっているだろうに――




