9・2 雑用係、役に立つ
シンボルツリーは、一目見てそれとわかった。中に数人入れそうに太い幹、四方八方に伸びた枝。
森の王、といった貫禄がある。
だけれど、その葉の多くと枯れた枝が地面に落ち、表皮は乾いてささくれ立っている。
「一応、検査をするか」
シルヴァン様はそう言うと、私に葉や枝を集めさせた。それを持参したいくつかの試薬につけて、呪文を唱える。
――なにも起こらなかった。
「病気ではないな」とシルヴァン様。
「というと」私は木を見上げた。「寿命ですか?」
「そう。種の標準樹齢の何倍も生きているからな」と、シルヴァン様。「ほら、雑用係。よかったな。出番だぞ」
「私がですか?」
不思議に思って、シルヴァン様を見る。
「生命力を上げれば、寿命は伸びる。術自体はそれほど難しくない。治癒魔法と根本は同じだ」
「それのどこに私の出番が?」
「問題は」と、シルヴァン様。「これほど巨大なものになると、必要な魔力も膨大になる。精神力も体力も」
「だからアロイス様の代わりができるのが、シルヴァン様だけなのですね」
「他にもいるが、俺とあいつ以外では、それなりにしんどい」
「さすが、シルヴァン様。ほかの平凡魔術師とは違って、余裕なのですね。アロイスも、というのが面白くないですけど」
シルヴァン様が心なしか、得意げな表情になる。
だけどそれは一瞬のことで、すぐに真顔に戻ってしまった。
「さて、ここで問題が起きる。俺は黒魔術を習得している――」
シルヴァン様によると、黒魔術は基本的に負の要素で構成されたものだそう。それを使い続けると、使い手の魔力にも負の要素が入ってしまう。
通常ならば問題ないけれど、大量の魔力を使って治癒系統の術を行うときにはまずい。負の要素が術を邪魔してしまう可能性があるのだとか。
「つまり」と、シルヴァン様はシンボルツリーの幹に触れた。「逆に即刻生命を終了させてしまう恐れがある」
「そこで私の出番という訳ですね」
うなずくシルヴァン様。
「魔力をお前に通す。ろ過装置だな」
「わかりました。でも、そうなってくるとアロイスが本当に体調不良なのか、怪しくなってきますね。シルヴァン様を試したのかも」
「かもしれないな」
やっぱりアロイスは要注意人物ね。
「それならちゃちゃっとやって、さくっと帰りましょう!」
シルヴァン様が眉を寄せる。
「お前に入った負の要素がどうなるか、と気にならないのか?」
「だってシルヴァン様、まだ私を死なせはしませんよね? 大事な情報を聞き出せていないのですから」
なぜかため息をつくシルヴァン様。
「そうだな。お前に今死なれるのは困る。――にやけるな、意味がわからない」
あら。私、そんな顔になっていたかしら。
「だって、どんな理由だとしても、嬉しい言葉なんですもの」
「……魔力流しも、負担が大きい。死にそうだと感じたら、教えろ」
「教えたら、どうなります?」
「中断するしかないだろうが」
それは、失敗するということよね?
「ほら、やるぞ」
シルヴァン様に命じられて、地面から顔を出している根に腰かけ、幹に両手を触れる。その私の背を、ラスボスが両手で触れる。
じんわりと温かい。緊張して、鼓動が速まってきた。
シルヴァン様が呪文を唱え始める。すると彼の手が置かれたところから、なにかが入り込んでくるのを感じた。私の中を通って、両手から樹木に流れていく。不思議な感覚。
あ。でも、これ。
けっこう、大変かもしれない。
脈がさらに速くなり、体中がほてる。
そのせいなのか、息も苦しい。
だけど、大丈夫。
死にそうなほどではないわ。
シルヴァン様に失敗なんてしてもらいたくないし。
アロイスの奸計にはめられるのは、嫌だし。
がんばらなくては。
◇◇
「終わったぞ。もう手を離していい」
背後から、シルヴァン様の声がする。
ずいぶんと長い時間が経った気がする。一時間なのか、二時間なのか。
さすがにちょっと……つらい。
「おい。大丈夫か?」
「成功しましたか?」
笑顔で振り返りながら尋ねる。
「当然。――というか」
ぐいっと腕をシルヴァン様に引っ張られた。
「なんだ、その汗! 顔も真っ赤じゃないか!」
「……ほんの少し、疲れました」
「どこがだ!」
体がぐらりと傾く。
だめ、ふんばらないと。
そう思ったけれど、体に力が入らなかった。




