9・1 シルヴァン様と森の散策
都郊外の景勝地、コーンウェル。美しい湖と豊かな森とがあって、週末には庶民から貴族までが訪れる。
逆に言えば、平日は訪れる人が少ない。今日にいたっては皆無みたい。
「デートに絶好の場所ですね!」
木漏れ日の落ちる小道。
となりを歩くシルヴァン様に話しかけると、彼はいつもどおり、うんざりした表情になった。だけどその原因は私じゃない。
「なぜ俺がアロイスの尻拭いをしなければいけないんだ」
「シルヴァン様以上の魔術師がいないから?」
私の言葉に、シルヴァン様は不満そうに鼻を鳴らした。
森の中に、樹齢千年といわれるシンボルツリーがある。それが一週間ほど前から様子がおかしいという。葉を落とし、樹皮も乾いてボロボロになっているとか。
それで魔法省に依頼が来た。調査をし、正常な状態に戻してほしい、と。
この担当に、アロイス様が植物関係は得意だからと自ら名乗り上げた。だけど、当日の朝になって病欠。激しい腹痛で動けないそうで、『シルヴァン、あとを頼んだ』という手紙だけが魔法省に届いた。
つまり、今は仕事中。シルヴァン様は魔術師の濃紺の制服姿。手には仕事用の大きなカバンを持っている。
だけど気分だけはデートでも、いいでしょう?
「せっかくだから、帰りに湖でボート遊びをしませんか?」
「仕事で来たんだが?」
「だってオラスの婚約者になってからは、一度も王都を出ていないのですもの。少しくらい遊びたいですわ」
何度か家族との旅行を計画したけれど、いつもオラスが邪魔をした。たいしたことのない用事を作り、私を足止めする。
「……へえ」
「だから、アロイス様には感謝しかありませんの」
「ただの無責任腹下し男だが?」
「辛辣ですね」
でも本当に、アロイスには山ほどのお礼の品を贈りたいくらい。
王宮から離れた、こんなロマンチックな場所でシルヴァン様とふたりきりになれたのだもの。
ただ。本当に体調不良なのか、なにか企みがあるのかの判断がつかない。アロイスは小説の中ではシルヴァン様の敵となる。シルヴァン様が失脚する機会を、虎視眈々と狙っているかもしれないのだもの。
今のところ、そういった様子は見られないけれど、安心はできないわ。
「シルヴァン様はアロイス様と、幼いころからご友人だったとか。やっぱり特別な存在なのですか?」
「いいや」即答するシルヴァン様。「ただ付き合いが長いだけだ。――そうか」
シルヴァン様が足を止め、呪文を唱える。私たちの声が一定範囲より外に聞こえなくするものだ。
唱え終えたシルヴァン様は、
「お前は俺が破滅する状況を、いつまでたっても教えてくれない」と、私をにらんだ。
「だって教えたら、お払い箱にするでしょう?」
「俺を殺すのはアロイスか?」
シルヴァン様の目は、いつになく真剣だった。
「以前はモンベルだと考えていた。アロイスにそんな気概はないからな」
「気概?」
思わず聞き返すと、シルヴァン様はうなずいた。
「あいつは妻を亡くして以来、死に別れに対して強い忌避感情がある。古馴染みの俺を殺せるはずがない。そう考えていた」
「でも、考えを改める出来事があったのですね」
「ああ。俺があいつの妻に横恋慕していると、思い込んでいたらしい。違うとは答えたが、信じたかどうか」
「まあ。そんなことが」
それは小説にはなかった情報だわ。
どこまでシルヴァン様に話すかを、少しの間考えて。結局、すべて伝えることにした。
「シルヴァン様を殺すのは、アロイス・カルリエではありません。だけどあなたの陰謀に気づいて、国王側に伝えます。そしてあなたを殺す者の補助をするのです」
「そうか。ならば気取られないようにすればいいのだな」
「……はい」
シルヴァン様には、アロイスを今のうちに排除する、という考えはないのね。
「私も彼に怪しい動きがないか、監視していますの」
「放課後のアレか?」と、シルヴァン様が半眼になる。
そんな顔でも素敵ってすごいわ!
「最近はルシールと茶を飲んで談笑しているだけと聞いているが?」
「アロイスも油断してちょうどいいではありませんか。それに私、お友達と一緒にティータイムを過ごすのは初めてなんですもの。ちょっとくらい大目に見てくださいな」
「というか、どうしてアロイスを呼び捨てなんだ?」
「シルヴァン様に害をなす者ですもの、敬称なんて必要ありませんわ。本当なら『腐ったにんじん野郎』とでも呼びたいところですけど、それでは誰かわかりませんものね」
「……ふうん」
気の抜けた声を出したシルヴァン様が、再び歩き出す。
その後を追いながら、
「シルヴァン様は私が必ずお守りしますわ。安心してくださいな」と、声をかける。
「それはいらないから、情報を――」
「まだダメです!! 私は有用ですよ? もっともっと雑用係でいさせてもらいますわ」
自分で言うのはおこがましいけれど、実際役に立っていると思うのよね。シルヴァン様は私のいれたアップルティーがお好きみたいだし。
「ま、確かに今日は助かるな」
シルヴァン様が私を見て、ラスボスらしい悪い笑みを浮かべた。
「死に物狂いでがんばれ」
なんの話かまったくわからない。
でもいつだって私はシルヴァン様のためなら、がんばれるのよ。
「全力を尽くしますわ! だから帰りにボートのご褒美を」
「聞こえないな」
ほんと、シルヴァン様はつれないわ。
でもそこも素敵だから、いいの。
素敵な森でデートできただけで、十分幸せだもの。敵とはいえ、アロイスには本当に感謝だわ。




