7・1 シルヴァン様の評価
近頃、筆頭魔術師様は、時どき雑用係を連れ歩く。メモをとらせ、意見を聞き、時には魔法(たいした術ではないけど)を使わせることもある。
どうやら本来の件以外でも有用だと判断してくれたらしい。
人質に取られるとか、仕事中に転んで怪我をするとか、失態もそこそこあったのにも関わらず。頑張ってきた甲斐があるわ。
それに大好きな人のお姿をそばで見られる時間が増えて、とても嬉しい。シルヴァン様を愛でる係としては、大満足!
その代わり、すぐににやける顔を無表情に保つのが、とても大変。彼がいないと、微笑みたくても
表情筋がぴくりとも動かないのに、不思議だわ。
シルヴァン様はこれから省内の会議に出席する。そして私も。筆頭魔術師専用の書記として。
私たちは表用の表情と所作で、これから参加する大臣会議について話し合いながら廊下を進んでいた。
そこへ、
「叔父上!」とややヒステリックな声がかけられた。
王太子オラスだった。手下の騎士たちに厳重に守られながら、廊下をやって来る。
シルヴァン殿下が私にだけ聞こえる声で、
「面倒なのが来たぞ」と囁いた。
「叔父上、いい加減彼女を返してください!」
オラスが私を指さす。
失礼ね。人を指さしてはなりませんと教わったはずよね?
二十歳にもなってマナーも知らないのかしら。
「オラス殿下。私は陛下のご許可を得て己の意思で、雑用係をさせていただいているのです。シルヴァン魔術師様に責があるような物言いは失礼です」
「もう二ヶ月だぞ!」とオラスはまた叫ぶ。「お前が仕事をさぼるから、私にしわ寄せがきている!」
「それはオラスの公務ですよね?」とラスボスが善人の顔で諭す。
「でもずっと彼女に任せてきた!」
そのとおり。オラスは面倒なことだけは私に任せて、自分はなにもしなかった。公務だけじゃない。
私がエスコートが必要なときも、婚約者として共に踊らなければならない場面でも、彼は私のそばにはいなかった。
いつだってその時間は、ほかの令嬢と過ごしていたのだから。
オラスのことは好きではないから誰となにをしようが構わないけれど、努力を搾取され続けるのは、本当に我慢ならなかったのよね。
そのせいで、私は悪役令嬢化してしまうわけだけど。
「『任せた』ではありませんわ、殿下。『押し付けた』でございましょう? ご自分の公務はご自分でなさってくださいませ」
「なんて狭量な!」
んん?
正論を言っただけなのに、私が狭量ってどういうことなの?
「オラス。彼女は今は、私が正式に雇っています。仕事を任せたいのならば、私以上の賃金と労働条件を提示して、説得すればいいのではないでしょうか?」
シルヴァン殿下が、にこりと天使のように微笑む。
なんて素晴らしい提案なのかしら。猫をかぶっていなかったなら、拍手喝采で褒めたたえるところよ。
ラスボスのくせに、思考がホワイト企業だわ。
だけどオラスは――
「賃金?」と眉をひそめが。「私の妃になるのだから、私の仕事を手伝うことは当然でしょう。婚約関係でありながら金銭が発生するなど、間違っています」と、のたまった。
うん、間違っているのはあなたの思考よ。
「だいたい私の不調の究明もできていないのですよ?」
「そんなもの」とオラスがにらむ。「あのあと発症はしていないのだろ? たまたま具合が悪くなっただけだ。たいしたことじゃない」
「医師も診断不能だったのにですか? 私の命などどうでもいいと」
「大袈裟だと言っているだけだ。私の仕事のほうが何百倍も重要だろう?」
本音が出たわね。
もともと不調の原因がわかっているから、いいけれど。
婚約者としてあまりに酷い言い分ではないかしら。
「私たちの意見は平行線のようですね」と善人仮面のシルヴァン様が割って入った。「これ以上の議論は後日いたしましょう。会議に遅刻してしまうので、これで失礼します」
「ダメです、話は終わっていません!」
オラスが私たちの行く手をふさぐ。
シルヴァン殿下は「失礼」と言うと私の手首を掴んで、短い呪文を唱えた。
視界が歪み、浮遊感に包まれる。
それが消えたときには、私たちは別の場所にいた。会議室に近い廊下だと思う。
ちょっとだけ、気持ちが悪い。
空間転移は、慣れていない人間には少しだけきついのよね。
シルヴァン様と転移するのは初めてだったし、急なことで体と心が準備する間もなかった。
「ん? 酔いましたか?」とシルヴァン様が人目を気にしたのだろう、表向きの顔で尋ねた。
首を縦に振ると、彼は再び「失礼」と言って私の額に手を触れた。
そこから温かいものが流れ込んでくる。
すぐに吐き気が消えた。
「ありがとうございます。さすが筆頭魔術師様ですね」
お礼を言うと、シルヴァン様はなぜか声を出さずに口を動かした。
『案外ザコだな』
カッと頬が熱くなる。
だから転移は稀な術なんだってば!
予告なく急にやられたら、誰だってこうなるのよ!
そう文句を言いたいけれど、ここでは誰の目があるかわからないから、口にすることはできない。
諦めて歩き出そうとして、気がついた。
ラスボスは『案外』と言った。
それって、私を結構認めてくれているってことじゃない?




