6・2 花園での逢瀬(の気持ち)
澄み渡った空気に包まれた花園。色とりどりの花が咲き乱れ、かぐわしい香りに包まれている。
王宮で一番ロマンチックな場所だから、普段は散歩中の貴族や、逢引きをする男女が行き交っている。
だけど今は早朝。さすがに人の姿は見当たらない。
ということは、実質ふたりきりのデートでは?
なんて素敵なのかしら。
となりに佇むシルヴァン様をちらりと見る。
彼によって強制的に時間外出勤させられたけど、構わないわ。だって、デートなのだから!
「ニタニタするな。気味が悪い」
私を一気に現実に帰す声がした。もちろんシルヴァン様。最上級に不機嫌な顔をして、私をにらんでいる。
「言われたとおりに、さっさと摘め」
シルヴァン様と私の姿と声は、他の人に見聞きできない魔法がかかっている。だからシルヴァン様は安心して、素の姿をさらけ出しているみたい。
私にとってはご褒美でしかないシチュエーションなのだけど、気づいていないのかしら。
「ええと。まずは百合ですね」
ときめく気持ちを静めつつメモを見て確認すると、百合の花に手を伸ばした。花のすぐ下の部分に指を添えて摘み取り、左腕にかけているカゴにいれる。
今回の私の仕事は、朝露に濡れている植物の花を摘むこと。百合、薔薇、マリーゴールド、ラベンダー、クチナシ、アガパンサス、ツユクサの七種類。これらを、たくさん。
私が黙々と作業をするのを、シルヴァン様は黙って見ている。
「この花々で、なにをするのですか。摘んでいるところすら見られたくないということは、よくないものに使うのではないか、と思うのですけど」
でも問いかけたものの、返事が来るとは思っていない。シルヴァン様はいつも、私に詳細を教えてくれないもの。
「惚れ薬」
まあ。
簡潔とはいえ、予想外なことに返事がきたわ。
思わず手を止めてシルヴァン様を見る。それに惚れ薬って……
「まさか、飲ませたいお相手がいらっしゃるのですか?」
小説にはそんなエピソードはなかったけれど。
「作ってみたいだけだ。実験はするが」と、シルヴァン様。
「私を被験者にしないでくださいね。シルヴァン様以外を好きになりたくありませんもの」
「……実験体は決まっている」
シルヴァン様はそう言って、とある侯爵令嬢の名前をあげた。彼に熱を上げていることで有名な方だ。
「彼女に惚れ薬なんて、必要ないですわよね? シルヴァン様に首ったけではありませんか」
「違う。他の男に惚れさせる。犬でも馬でもいい」
「え、犬……?」
どういうこと?
シルヴァン様は不愉快そうに顔をしかめている。彼女がなにかしでかした、ということなのかしら。
ふう、とシルヴァン様が面倒そうにため息をついた。
「ピア・パッティ」
オラスが夢中のヒロインね。
「彼女がどうかしましたか?」
「お前が彼女に暴力をふるったという噂を流したのは、あの令嬢だ。雑用係をクビにするのが目的だったらしい。調査結果に間違いがないのは確かだが、証拠はない」
「まさか私の仇を討ってくれるのですか!」
「そんな訳があるか」
一瞬膨らんだ期待を、シルヴァン様は言下に否定した。
「俺を手に入れようとして卑怯なことをする女は、いずれエスカレートしてもっと面倒なことを引き起こす。今の内に排除しなければならない」
「なるほど」
わからなくはないわね。
でもそのために、他の人間に惚れさせようとか、なんなら相手は動物でもいいだなんて――
「シルヴァン様って、やることが結構過激ですわよね」
彼は答えず、代わりに鼻を鳴らした。
「そういえば、いつだったか部屋に閉じ込められた私を助けに来てくれたとき、扉を派手に吹き飛ばしましたけど、あれって本当に――」
緊急性が高いと思ったから?
シルヴァン様の本性を知ってしまうと、そうではない気がするのよね。
「苛ついていたからな。発散できてちょうどよかった」
しれッと答えるシルヴァン様。
「ふふっ。最高ですわ!」
さすがラスボス。『慈愛の天使』の面影はどこにもない。
「シルヴァン様のそういうところ、大好きです!」
「……度を越したら、お前にも惚れ薬を飲ませるからな」
ということは、まだ許容範囲なのね。
とっくに越えているのかと思っていたわ。
嬉しくなりながら、花摘みを再開する。
シルヴァン様は仏頂面で監視役に徹している。そんな彼に、
「これって、女性が摘んだものしか使えないということなんですね?」と尋ねる。
でなければ、シルヴァン様がわざわざ勤務時間外に私を呼び出すはずがない。
「……まあな」と、面倒そうに答えるシルヴァン様。「『穢れなき乙女』が条件なんだ」
「まあ。私のことを乙女と思ってくださるのですか。嬉しいですわ」
シルヴァン様が私をにらんだ。
「ほかに利用できる女がいないからだ。――そういえばお前、穢れていないだろうな」
「失礼な発言ですわ。私はオラスと違って、婚約者を裏切るようなマネはしたことがありませんのよ」
「それならいい」
「シルヴァン様は? お穢れですか?」
小説には、初恋を引きずっているというエピソード以外に、恋愛への言及はなかった。
でもシルヴァン様はいいお年。世間には隠していても、そういうことをしている可能性は十分ある。
とても気になる。だけど……。
自分で尋ねておきながら、胸の奥がもやもやしてきた。
「やっぱり返答はいらないです。聞きたくありませんもの」
少しだけ動いて、シルヴァン様の顔が見えないようにする。
「惚れ薬が完成したら、言い値で買いますわ!」
「そんな恐ろしいことを誰がするか」
話題がそれたようで、ほっとする。
私、おかしいわ。
小説を読んでいたときには、こんな嫉妬じみた感情を抱いたことなんてなかったのに……。




