5・4 たくさんの初めて
事件から、一週間が過ぎた。
魔法省に勤めていた元エリート魔術師が起こした犯罪ということで、省内も世間もかなりの衝撃を受けたみたい。
事件究明のために捜査も行われた。
だけど早々に『動機は逆恨みによるもの』、『シルヴァン・ドパルデューが狙われたのは筆頭魔術師だったから』という結論に落ち着き、捜査は昨日で終了した。
密告の手紙を書いた主が、私だと気づかれることもなかった。
シルヴァン様は、私の予知夢を信じてくれたようだし、めでたしめでたしだわ。
もっともっと彼の役に立って、私に好意をもってくれるようがんばらないとね。
主不在の、執務机を見る。そろそろ彼が戻って来るころのはず。
次に自分の机の上のガラス瓶に目を移す。精製しておくように命じられた、薬の元。いつも丁寧に作っているけれど、及第点をもらえるかは毎回不安になる。
執務室の扉が開いた。柔らかな笑顔を顔面にはりつけたシルヴァン殿下が入ってくる。だけど、扉が閉まるのと同時に不機嫌マックスの顔になった。
「雑用係、例のもの!」
「できています」
上司の言葉にささっと立ち上がり、ガラス瓶を渡す。
シルヴァン殿下は立ったままそれをあらためると、
「いい出来だ」と呟いて、その場で魔法をかけて最後の仕上げをした。
やったわ、褒められたわ!
初めてじゃないかしら!
「ありがとうございます。では、届けて参りますね」
差し出した手に、ガラス瓶が戻る。
「必要ない」と仏頂面のシルヴァン様。「あとで国王の近侍が取りに来る。お前は茶をいれろ」
「……はい!」
なんてことかしら。
初めてシルヴァン様から、お茶を頼まれたわ!
今日は相当機嫌がいいのね。
キャビネットに向かって、茶器を用意する。
一ヵ月毎日毎日、いれてきた甲斐があるわ。
推しの口に入るものだから、ひときわ丁寧にいれているのよ。
お湯を沸かすのは魔法を使うけれど、それ以外はきちんと時間と状況をみているのだから。
茶葉だって生産地やブランド違いを沢山取り揃えているし、水だって各地の軟水を試して一番お茶に合うものを取り寄せている。
すべての努力は推しのため!
あわよくば彼を落とすため!
いれたてのお茶をお盆に置いて振り返ると、ラスボスは椅子の背にもたれかかって目をつむっていた。眉間にしわが寄っている。
彼がこんな様子を私に見せるのも、初めてだわ。
シルヴァン様が会っていたのは陛下のはず。彼がもっとも残酷に苦しめたいと思っている相手だ。きっと、やりきれないことがあったのね。
機嫌が良いのではなく、逆だったのだわ。
足音を忍ばせそばによると、ソーサーを静かに机に置く。ただし少しだけ、音が出るように加減をしながら。これでお茶がはいったと伝わる。
雑用係は推しの邪魔をしないで、仕事に戻るのよ。
だけど――。
気のせいだと思うけれど、私の推しは、泣くのをこらえるような顔をしているように見える。
私になにかできることはあるかしら?
でも、そんなのは余計なことよね。
しばし葛藤して。それから推しの頭をそっと撫でた。
閉じられていた目が開く。
「……なにをしている?」
「私の大切な人をいたわっています」
ラスボスは五歳で母親を亡くしている。王子である彼の頭をなでるひとは、母親のほかにはいなかったのではないかしら。
だから、私が。
僭越だとは思うけど。
ラスボスは虚無感のある目で私を見上げている。
と、扉をノックする音がした。
素早く手を引っ込める。ラスボスは姿勢を正して、偽物の笑顔を浮かべた。
「どうぞ」と柔らかな声が彼から発せられる。
入って来たのは陛下の近侍だった。
「ベルジュ嬢」とシルヴァン殿下が笑顔のまま私を見たので、
「かしこまりました」と令嬢らしく答えて、自分用の机にガラス瓶を取りにいった。
近侍が去った後、ラスボスに『お嫌なら、もうしません』と伝えようかと思った。
だけど嫌なら、自分から『二度とするな』と怒る人だと気づいたので、なにも言わなかった。
そしてシルヴァン様も、何事もなかったかのように仕事を始めたのだった。




