5・幕 筆頭魔術師はおかんむり
(シルヴァンのお話です)
カリカリとペンが紙の上を走る音がする。
もう日付も変わろうかという時刻。魔法省に残っているのは、俺たちだけ。他の音は聞こえない。
と、ペンが止まった。
「できたぞ」と、アロイスが嬉しそうな声をあげる。
立ったまま腰を曲げて書き物をしていた彼は、大きく伸びをした。
作業台の上の、たった今書きあげられたばかりの設計図を見る。
「完璧だろ?」と、微笑む彼に、
「ええ、ありがとうございます」と返す。
元魔術師が、仕掛けそこなった自動爆発型魔装置。それをふたりで分解・解析をしていた。
「よくこんな恐ろしい兵器を考えるよ」と、アロイスが残念そうにため息をつく。「ひらめきは天才的なのに。なにがあの人を狂わしたんだか」
『なにが』と問われれば、その答えは俺だろう。が、憂いの表情を浮かべて
「残念です」
と、相槌を打つ。
「まさか女性に手をあげるような人間にまで、堕ちるとはな」
話を続けるアロイスに、設計図と作業台に置かれた実物を見比べながら、
「そうですね」と答える。
「しかし」彼の声に笑いが混じる。「ロクサーヌには驚いた。強さもだが、君を守ろうとするなんて」
「……」
あのときのことが、まざまざと脳裏によみがえる。
ベルジュはオラスに突き飛ばされても、元魔術師に羽交い絞めにされても、反撃を見事に決めても、表情を変えることがなかった。『氷の令嬢』の面目躍如、心がないかのような無表情を貫いていたのだ。
それなのに、俺の名を叫びながら飛び込んできたときの顔といったら。
醜悪このうえなかった。
あれはどんな感情によるものだったのか。
恐怖のような、必死さのような。それとも泣き出す寸前のような。
元魔術師の動きには気づいていたが、ベルジュのあの剣幕に気を取られて防御するのが僅かに遅れた。
あいつが余計なことをしたせいで、危うく死にかけたのだ。
迷惑極まりない。
「彼女が魔法省に来てから、評判とはだいぶ違う令嬢だと感じてはいたが――」
アロイスはそこで言葉を切った。
だが続けたい言葉はわかる。なぜそのふたつに差があるのか、今日の一件でよくわかったことだろう。
嘘つきがいたということを。
「……彼女は変わり者だけれど、有能ですよ」
そう。ベルジュは有用だ。
予知夢は真実だった。今後、彼女が言う俺の破滅を回避するために、役立ってくれることだろう。
あの様子なら、国王が送り込んだ密偵ということもなさそうだ。
飛び込んできたときの彼女には、まったく躊躇がなかった。
本気で俺に好意があるらしい。
愚かだが、利用はできる。
「いい子だよな、ロクサーヌ」アロイスが、ため息をつく。「ずっとウチで働いてほしいよ」
「……アロイス」
設計図を作業台に置いて、彼を見る。
「うん? 間違っているところがあったか?」
「違います。彼女は王太子の婚約者です。ベルジュ公爵令嬢と呼ぶべきではありませんか」
「え、でも」と、アロイスは首をかしげた。「彼女が『ぜひロクサーヌとお呼びくださいませ』って言ったんだぞ? 君は言われてないのか?」
……確かに言われたことはある。
だが、あんな変態じみた令嬢を、名前なぞで呼びたくなかった。
「それでも節度を守るべきでしょう」
「そうか? まあ、気にするな。君は真面目すぎる」
アロイスは笑うが、そういうことじゃない。
「さ、筆頭魔術師様の承認を得られたのなら、僕は帰るよ。どんなに遅くなっても、息子の顔を見るのが日課だからな」
愚鈍な男に苛立ちが募る。
だが俺は『慈愛の天使』だ。それ以上の注意は諦めるしかなかった。




