5・3 人質にされましたわ
「さがれ! 魔法を使えば、即彼女を殺す!」
元魔術師が叫ぶと、シルヴァン様とアロイスは胸の高さにあげていた手をおろして、後ろへさがった。
廊下に並ぶ扉のあちこちが開いて、魔術師や事務官が顔を出す。
「全員動くな! 部屋に戻れ!」
矛盾したことを要求する元魔術師。計画の失敗に、冷静さを失っているみたい。周囲を睥睨していて、私への注意はおろそか。
ねえ、愚かなあなた。
長年厳しい王太子妃教育を受けてきた令嬢を、甘く見ないほうがいいわよ?
靴のヒールが鋭角に入るよう、元魔術師の足の甲めがけて振り落とす。
「っぐっ!」
続けて右の肘で男の腹に一発。
「っぎゃっ!」
首のいましめが緩んだ隙に抜け出して素早く男に相対すると、右腕を取り体をひねってその下に入る。勢いをつけて背負うように、男を投げ飛ばす。
ビタン!と激しい音が廊下に響いた。
床に大の字になった男は、なにが起こったのかわからない顔をしている。
「護身術くらい完璧にマスターしておりますわ」
そう声をかけたけど、耳に届いたかどうか。まさか女性に力で負かされるとは思っていなかったのでしょうね。
『護身術』として習ってきた体術だけど、前世の記憶がある今はそれが柔道だとわかる。さきほどの技は一本背負いね。
元魔術師が小柄でよかったわ。
「ロクサーヌ! ケガはないかい!」
駆けつけてきたアロイスが、私を男から遠ざける。
シルヴァン様は私に見向きもせずに、元魔術師になにかの術を施している。
ほんの少しばかり、さみしい。
野次馬たち、騎士団長と部下たちもやって来て、辺りは騒然としてきた。
「ロクサーヌ、君は医師の診察を受けて」と、アロイスが心配そうな顔をする。
「必要ありませんわ」
「だが、首を締められただろ? それに血まみれだ」
その言葉に自分を見下ろすと、たしかに首周りにべっとりと血がついていた。元魔術師のだろうけど、気味が悪い。
「オラス、付き添いなさい」と、シルヴァン様が普段の外面用よりほんの少しだけ強張ったお顔を、この場から離れようとしていた甥に向けた。「自分の婚約者でしょう」
「今は叔父上の部下ではありませんか」と、不満そうなオラス。
「私とアロイスは、彼の監視を続けないといけません。魔力は封じましたが、危険な魔装置をまだ所持している可能性が――」
喋るアロイス様の後ろで、床に横たわっている元魔術師が腕を動かした。なにかを投げるような動作。
その手から、小さな玉が放たれる。シルヴァン様に向かって。
「シルヴァン様!!」
彼に飛びつき、床に押し倒す。
目の前で玉は爆発四散し――
◇◇
「バカなのか、お前は」
私たちの他には誰もいない寝室で、最上級に不機嫌な顔をしたシルヴァン様が、吐き捨てるように言った。
ベッドで寝ている私は、枕元に尊大な態度ですわっている彼を見上げている。あおりで見ても、彼は美しい。大好き。だからこそ――
「だってシルヴァン様がお怪我をしたら、嫌ですもの」
そう言い返すとシルヴァン様は、薄汚いものでも見るような顔になって、ため息をついた。
元魔術師が投げたのは、魔法で作った小型爆弾だったらしい。シルヴァン様の席に設置予定だったものと同種で、人ひとりを木っ端みじんにする威力があったとか。
私の目の前で爆発したけれど、シルヴァン様が瞬時にシールドを張ったおかげで助かったみたい。
ただ、勢いがついていた私はシールドに激突して、気を失ったそうだ。なんてマヌケなのかしら。恥ずかしい。
そんな私は王宮の一室で、手厚い看護のもと寝かされていた。
今は、目覚めの知らせをきいたシルヴァン様が、様子を見に来てくれたところ。
きっと外面の良さを保つために、仕方なく来たのね。部屋に入ってからずっと、怒っているもの。
役に立って好感度をあげたかったのだけど、失敗してしまった。
人質にとられるわ、呆れさせてしまうわでは。
……がんばったのだけどな。
「オラスがお前を突き飛ばしたことは、記録に残した」
「……というと?」
「不注意で人質にとられたと誤解されるのは、面白くないだろう?」と、苦虫を嚙み潰したような顔のシルヴァン様。「本人ははずみで手がぶつかったと主張しているし、国王も世間も信じるだろうがな」
「シルヴァン様。私なんかのためにお気遣いしてくださったのですか?」
ぷいと顔をそらすシルヴァン様。
「……違う。国王もオラスも嫌いだからだ」
でもさっきは、私が誤解されるのは――と言ったわよね?
もしかしてシルヴァン様はツンデレ属性もあるのかしら。
「そうですか」
と、答えたけれど、多少は私のことを考えてくれたことが嬉しくて、胸の奥がポカポカする。
好感度を得られなかったのは残念だけど、これだけで十分だわ。
「ところで元魔術師はどうなりましたか」
小説では投獄以上の情報はなかった気がするのだけど。
「牢獄の中で自死した」
「まあ」
「王太子を巻き込んでは、極刑を免れ得ない。だからだろうな。動機も何もわからずじまいで、ただの逆恨みだろうと結論づいた」
「良かったですね」
冤罪の件がバレなくて。
「お前も。予知夢が真実だと立証できて命拾いしたな」
「ええ。これからもシルヴァン様のおそばにいられて、嬉しいですわ。たくさんお役に立ちますから、おそばにいさせてくださいね」
ツンデレなシルヴァン様は、答える代わりにフンっと鼻を鳴らした。




