5・1 暗殺未遂事件(予定)
王宮に向けて、ガラガラと車輪の音を立てて走る馬車。
手帳を開いて仕事の予定を確認していると、向かいにすわるヴィクトルお兄様が、
「今日から六月か」と、呟く声が聞こえた。
顔をあげると、お兄様と目があった。
「シルヴァン筆頭魔術師様の雑用係になって、ひと月以上たったな。慣れたかい?」
「ええ。毎日がとても楽しいわ」
ヴィクトルお兄様が笑顔でうなずく。
「シルヴァン筆頭魔術師様からも、ロクサーヌの仕事ぶりはとても素晴らしいとお褒めいただいているよ」
まあ。そうなの? 知らなかったわ。
私には、一度もそんなことを言ってくれたことはないもの。
「あの方はオラスと違って、見る目があるな」
「このお仕事をずっと続けたいですわ。結婚なんてしないで」
「賛成だ」とヴィクトルお兄様。「それで彼がロクサーヌを妻に迎えてくれたら、言うことなしなんだが」
「まあ」
それならあとは、シルヴァン様が了承してくれればいいだけね。
うまいこと私を好きになってくれないかしら。
でも、孤高のラスボスだから、簡単にはいかないわよね。私を変態だと思っているみたいだし。
とっても有能なのだと示せたら、少しは見方を変えてくれるかしら。
手帳に目を落とす。
すみに小さく『六月 事件!』と書き込んである。
これをうまく解決して、私の株を上がるしかないわね。
◇◇
執務机の前に立ち、朝の挨拶を終えてから、
「予知夢のひとつを明かします」と、宣言をした。
するとシルヴァン様は、
「ほう」と、ゆっくりとまばたいてから、
「お前が本当に役に立つのかどうか、見極められるな」と、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
椅子にゆったりと背を預けて、長い足を組む。
完全に悪役モード!
素敵すぎるわ!
「……どこに、にやける要素がある」
あっという間にシルヴァン様は、渋面になってしまった。これも悪くないけど――。
「さっきの悪人らしい顔をもう一度していただけませんか? 胸キュンでしたの!」
「……今すぐ話さなければ、クビにするが?」
「仕方ありませんね。シルヴァン様のケチ」
ギロリ、と睨まれる。迫力満点のお顔だけど、それもご褒美でしかありませんわよ?
よだれが垂れそうだわ。じゅるり。
でも、いくら『シルヴァン様を愛でる係(自称)』とはいえ、あまり脱線が多くてもいけないわね。
「シルヴァン様は以前、高位魔術師をひとり、冤罪をかけてクビにしていますよね?」
彼の目がすっと細められた。
「『どうしてそれを?』と思いましたか? 私は本当に知っているんです」
「……それで?」と、シルヴァン様が話をうながす。
「復讐しに来ますわ」
「俺が手を回したと気づいていないはずだが」
「そこまでは分かりませんわ。執念で調べ上げたのではありませんか?」
シルヴァン様は片手を顎に添え、
「……三年か。それだけの時間があれば、あるいは……」と思案している。
「彼を排除した理由はなんなのですか?」
「お前に教えると思うか?」
「私はシルヴァン様と一蓮托生の覚悟ですわよ? 良い手下だと思うのですけど」
シルヴァン様は疑わし気に私をにらむ。
「まあ、いいですわ。彼は月例会の日に事務官に変装して、魔法省に侵入します。そして独自に作り上げた自動爆発型魔装置を、会議室の筆頭魔術師席に仕掛けるのです」
「魔装置の形は?」
「わかりません。彼の変装がどんなものかも。私が知っているのは、結果だけなんです」
小説では挿絵のないエピソードだったもの。記述だって、ほんの数行で終わっていたはず。
「……俺はどうなる?」
「難を逃れます。たまたま他のお仕事で遅刻するようですわ。装置の威力は限定的で、シルヴァン様の席に最も近い二人が、飛んできた木片で怪我を負うだけで済みます。冤罪のことも、バレません。あなたへの信用度が高いから、男の妄想で片づけられるのです」
シルヴァン様は私から顔をそらして、目をつむる。
「ならば泳がせて、お前の話の真実性を確かめるべきか。だが、侵入を許せば防犯体制を批判されるな」
「陛下と魔法大臣にあらかじめ、タレコミがあったと伝えましょう。そして相手が魔装置をしかけた時点で、逮捕する」
シルヴァン様が目を開いて、私を見た。
「タレコミ元を追及されるが?」
「『シルヴァン魔術師様に憧れる魔術師のたまご』として、私が手紙を書きましょう。『私の師匠が恐ろしい計画を立てていました』という感じでどうでしょうか?」
「アロイスあたりが手紙を魔法鑑定にかけて、お前にたどり着いたらどうするつもりだ?」
「誰かが私を騙る魔法をかけたのだと主張しますわ」
「覚悟はあるわけか」
「当然です」と、私は微笑む。
だって、シルヴァン様はラスボスだもの。
どんなことになっても構わない気概で、おそばにいるのよ。
「ならば、お前を利用するか」
「では、さっそく手紙を書きましょう。月例会まであと四日ですものね」
私は自席に戻ると、引き出しから便箋セットを取り出した。
「筆跡をうまく変えないといけませんわね。男性っぽい感じにしないと。練習してからにしましょう」
ペンを取り、大きく大胆に文字を書いてみる。
幸い事務仕事をしていると、様々な男性が書いた文章を見る機会がある。
何度も繰り返していると、段々とそれらしくなってきた。
少し休憩をと思って顔をあげると、シルヴァン様と目が合った。
「なにかございましたか?」
「……いや。きっちりやり遂げてくれ」
「もちろんですわ」
にっこりと笑うとシルヴァン様はなぜかムッとした表情になった。
ラスボス様は、私の笑顔が本当にお嫌いみたい。
いずれ好きで好きでたまらなくなってくれると嬉しいのだけど。前途多難そうね。




