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【ネトコン13受賞!書籍化予定】私は悪役令嬢らしいので、ラスボスを愛でる係になることにしました  作者: 新 星緒


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3・2 もうひとりの魔術師

「ひどいわ。絶対私を追い出すためよね」


 思わず文句が口をついて出てしまう。

『雑用係』としての初仕事は、書類配りだった。

 シルヴァン様のチェックが終わったそれらを、関係部署に渡しに行く。しかもパッと見ただけでも、数か所。実際はきっと倍はあるに違いないわ。


 それに魔法省とは縁がないから、知っている役人なんて大臣くらい。渡す相手を探すのに苦労しそうだわ。


 なんて意地悪なシルヴァン様。

 でも、そんなところも好き。

 おそばでお顔を見つめられないのは悲しいけれど、それはあとのお楽しみだと思えばいいのだもの。


 魔法省は王宮の一角にあり、ほとんどの部署がそこにまとまっている。ただ、魔法器具製作課と薬草課だけ別の建物なのよね。

 まず最初に行くのは総務課ね。ここは誰にでも開かれた部署で、私も魔法薬の調合を依頼しに訪れたことがある。


 筆頭魔術師の部屋より一階下なので、廊下を戻り階段を降りる。挨拶は昨日のうちに済ませているけれど、改めてしたほうがいいわよね。きっと私は歓迎されていないもの。


 総務課の、常に開放されている扉に近づく。と――


「どうしてベルジュ公爵令嬢なんかが、しゃしゃり出てきたんだ」

「シルヴァン魔術師様の助手になりたい人間は山ほどいるのに」

「あの令嬢はほぼ魔力無しなのだろ? それなのに図々しすぎないか?」


 部屋の中では、またも私の悪口が飛び交っていた。止む気配はない。

 どうしようかしら。聞こえていないふりをして入室するのが良い気がするけど、他の部署から回ってもいいわけだし。

 そうね、総務課は最後にしよう。


 くるりと回れ右をする。

「きゃっ!」

 背後にあったなにかにぶつかって、よろける。

「おっと! 危ない!」

 そんな声とともに、倒れ掛かった体が支えられた。

「失礼。出現地点が悪かったようだ。怪我はないかな?」


 私は誰かの腕の中にすっぽりおさまっているのだと気づく。濃紺の魔術師の制服。ぺったりとした胸。男性だわ!

 異性にはダンス以外でこんなに接近したことも、触れられたこともない。

 慌てて身を離し、

「大丈夫です。こちらこそ失礼しましたわ」と返答しつつ、相手の顔を見る。


 そこにいたのは、アロイス・カルリエだった。侯爵家の嫡男で二十七歳。

 シルヴァン様には及ばないけれど優れた魔術師で、『出現』と言ったから、きっと転移魔法で私の真後ろに出てしまったに違いない。この術は、魔術師の中でもトップレベルの人にしかできないものなのよね。


 黒髪に紫色の瞳をした美男子で、女性たちのあいだではシルヴァン様に劣らない人気がある。愛想もよくて、フレンドリー。


 だけど私は彼が嫌い。いえ、嫌いになった(・・・)。小説で、シルヴァン様の敵に回るから。

 彼はシルヴァン様に親し気に接しておきながら、心中では『あいつさえいなければ、自分が筆頭魔術師になれるのに』と妬んでいるのよね。


 逆恨みもいいところだわ!

 だから、大嫌い。

 でもそれは、胸に秘めておくこと。


「総務課にご用かな?」とアロイスが微笑む。

「ええ、シルヴァン様に頼まれて」と手の中の書類を見せる。

「では、一緒に入ろうか。嫌な思いをさせてすまないね」


 どうやら私の悪口を彼も聞いたらしい。

 そして総務課のひとたちには、私たちの声が耳に届いてたみたい。私たちが部屋に入ると、彼らは気まずそうな顔で私から目をそらした。


「魔力がほぼないと言うが」と、アロイスが誰もいない来客用カウンターに向かって言った。「国民の七割強が魔力を持たない。魔法省も、事務官はみなそうではないか」

 室内の多くの人が俯いた。ここは総務課。ほぼ事務官しかいない。


「シルヴァン殿のお付きになりたい気持ちはわかるが、妬みで人を攻撃するのはいかがなものか」

 まあ。妬み。それをあなたが言うの?

 心の中ではシルヴァン様への妬みひがみ嫉みでいっぱいなのに。

 だけど、私をかばってくれての発言よね?

 優しいところもあるのかしら。

 それともなにかの罠?


 でも彼がシルヴァン様と対立するのはずっと先だし、前世を思い出すまでは良い人との印象だったのよね。

 とりあえず、気遣いへのお礼を伝える。するとアロイスは「当然のことだよ」と人懐っこい笑顔を浮かべた。



 総務課を出ると、なぜかアロイスが追って来た。

「ベルジュ公爵令嬢。ちょっと」と、廊下の隅に(いざな)われる。





「シルヴァンのもとで、うまくやっていけそうかな?」

 あら。さっそく本性を現したわ。シルヴァン様の(あら)を探すつもりね。

 そうは問屋が卸さないわよ。


「もちろんですわ。優しくて配慮が行き届いていて、素晴らしい上司ですもの」

「そう? なら、いいのだけど。――彼は人に仕事を任せられない性格だからな。もし困ったことがあったら、いつでも相談してくれ」

 そんな必要はないわ、と思ったけれど、ここは無難に答えるのが正解ね。

「お心遣いに感謝しますわ。その際はぜひ、頼らせていただきます」


 アロイスは「そうしてくれ」と笑顔で言って、去って行った。

 きっと私を篭絡して、目の上のたん瘤であるシルヴァン様の情報を得ようという魂胆ね。


 おあいにくさま。

 逆に、あなたを見張らせてもらうわ。

 シルヴァン様が不利益を被る行動をおこしたら、すぐさま反撃してあげる。

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