7.その狙い
クロムの屋敷。
万有の森の一件から蛮族たちが暮らす場所を提供し、新しい家族を手に入れたクロムであった。
ダダパイを育てるべく、クロムは様々なことを教えていた。
ダダパイの強さは他よりも群を抜いている。
あの戦いを生身の体でやっていたというのだから驚きだ。
もしも魔力を使えるようになり、身体強化などができれば破格の強さだ。
ダダパイが何かを訴える。
「私が放った魔法は見たことがない?」
「うんが」
確かに、あの魔法は普通の魔法ではない。
最初から説明するとなると、少々時間がかかる。
単純に行くか。
これは前世の能力でもある。
「あれは炎魔法に秘儀を掛け合わせたものだ」
魔法とは明確に違う、スキルのようなものだ。
「秘儀はいわば、元の力を何倍にもすることができる」
無尽蔵には使えず、デメリットはある。
それは私の疲労だ。
使いすぎれば極度の脳疲労と肉体疲労が襲い掛かる。
まだか弱いこの体では、連発はできまい。
「覚えておくいい、ダダパイ。世界には不思議な力を持つ人間がたくさんいる」
「うんが!」
「うんがではない。はい、だ」
「がい」
…………。
まぁいいか。
万有の奴らは生活に困ってはおらず、なんなら前よりも快適だと言われた。
もちろん、人の暮らしに興味のある奴はそちらで暮らしているが……大半は森を選んだ。
今ままでは強い魔物が多く、時期によっては獲物もろくに採れなかったららしい。
それが今では安定していて、子どもの出産の際などはこちらの世話になりたいとも言ってくれた。
彼らが幸せになれる生活を送ってもらう。
それは私の責務だ。
レイラが傍に来る。
「クロム様。第十王子グローブ様がお見えです」
「そうか、向かおう」
さて……グローブは王都へ行っていて、色々と褒美をもらったようだ。
もう少し英雄気分を味わっているものだと思っていたが、随分と早いご帰還だ。
万有の森を攻略したグローブ・クローバーは、国内で英雄的な扱いを受けていた。
かつての英雄たちですら不可能と言われたものを、軍を使って攻略したと。
*
「おや、グローブ兄上。お久しぶりです……私へのお見舞いですか?」
「俺よりも元気そうな奴を見舞うものか」
冷たい兄上だ。
「クロム、お前に話がある。構わんな」
「ええ、喜んで」
そうして席に着く。
グローブの後ろには、野営テントにもいた事情を知る側近。
私の後ろには優秀なレイラと、なぜか付いて来ていたダダパイがいた。
二つの勢力がぶつかりあうような、 重苦しい空気が部屋を包む。
グローブが口を開いた。
「はっきり言うぞ。俺はお前に感謝している」
万有の森を攻略したことで、第十王子グローブ・クローバーはその功績を認められた。
魔鉱石を国内へ安定供給することができ、武器の生産や生活用品に役立ってクローバー王国は大いに喜んだ。
それはもちろん、クロムの父親の国王も例外ではない。
グローブの功績を認め、いくつかの宝と勲章を授与した。
一時的とはいえ王国内では、グローブ一色……ともいえるほどの熱狂ぷりなものであった。
そうして、王位継承権としてもかなり高い地位へと付くことができた。
「父上から僻地とはいえ城のある領地ももらった」
まぁ、妥当だな。
今まで他国に頼っていた力を、自分たちで採れるのだ。
魔石を採掘できる万有の森の価値はかなり大きい。
そこから生まれる利益をすべて担っているのは、採掘した魔石を流す……物流だ。
「あと、これはお前が本来手にするはずだった黄金の勲章だ」
私に勲章を渡してくる。
「へぇ、父上から頂いたのですね」
「そうだ。俺よりもお前が持っていた方が……」
「いえ、結構です」
そう言ってグローブへ返した。
「おい……一応俺からの贈り物だぞ」
「ははっ、私と兄上の仲ではありませんか」
王族同士で、継承権の高い兄とこうして気さくに話すことなど、普通ではありえないのだろう。
それは私の重々承知している。
私たちの関係はもはや切っても切れぬものだ。
「正直に言うと……クロム、お前が王族宝蔵を奪って俺を弱体化させるつもりだと思っていた」
そうして、ゆっくりと頭を下げた。
「疑ってすまない。お前のお陰で、俺は王位に近づけた」
「顔をお上げください兄上。王位継承権の低い弟に情けない姿を晒すべきではありません」
「いや、俺は今から情けない頼みをする」
「ほう」
軽くレイラから睨まれた気がした。
ほう、と言ったのが悪いらしい。これは癖なのだから仕方ないだろう。
「……どうぞお話を続けてください」
重々しい声音で、グローブが言葉にした。
「王族宝蔵の一部を返して欲しい……!」
「無理です売りました」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
グローブが顎が外れるほど驚いて立ち上がり、私を揺さぶった。
「どういうことだ!? あれは俺の宝なんだぞ! 蛮族との取引に使っただけで、まだ残っているのではなかったのか!?」
「手元に残しておくと、少々厄介だと判断したので売ったのです。お金ならありますよ」
「か、金など……い、要らぬ……金、など……」
金は必要だというのに、全く。
力が抜けてヒョロヒョロとグローブがその場に崩れる。
「あれには、俺の亡くなった母の形見があるのだ……命を守るに等しい王族宝蔵に混ぜておいただけなのに……」
……混ぜておくのが悪くないか。
いや、あまりグローブを責めるのはやめておこう。
良くも悪くも、グローブ・クローバーという男は愚直なのだ。
愚直で考えなしに突っ走る。
ため息を漏らした。
「はぁ……」
懐を探ってから、一つの指輪を渡した。
「これでしょう、グローブ兄上。どうにも、これだけは宝というには変でしたので売らなかったのです」
「お、おぉぉぉぉぉっ! これだ! あった……良かった……母上」
嬉し泣きしそうに、グローブはとても、とても大事そうに両手でそれを握りしめた。
……こういう顔もするのだな。
まったく、どこまでも手間のかかる兄上だ。
母は違えど、兄弟ではあるからな。優しくしてやろう。
「すまないな……俺は亡き母に誓ったのだ。俺は良い王になります、と」
グローブが王を目指す理由はそれか。
私はあまり王などに興味はない……が、だからこそ場を乱しやすい。
グローブはまだ何かあるようで、ごもりながら続けた。
「それで、その……悪いのだが……」
「なんですか、兄上」
「もう一つだけ、願いを聞いては貰えないか」
「ふふっ、兄上も懲りないお方だ。私との取引で王族宝蔵を失ったというのに」
「分かっている。だが、お前ならば絶対にできると思った」
ほう、私ならばできると。
今の私と兄上は、人には言えない秘密を共有している。
その関係だからこそ、できる相談という訳だ。
「実は……好きな女性がいる。この指輪で彼女にプロポーズしたいんだ」
「おや……これは驚いた。兄上に想い人がいたとは」
「変か?」
「いえ、良いことです。それで? どうして私に相談を?」
年下の弟に頼むほどだ、よっぽどなのだろう。
しかし、グローブの性格ならば、真っ直ぐに告白していそうなものだが……。
「その……かれこれ二百通ほど手紙でやりとりをしていて、会ってもいて、お互いの気持ちは確かめたのだが……」
「ず、随分と初な……」
純粋な心を持ちすぎではないか。
二百通などと、普通の熱量ではできないぞ。
いや、私なら一通も送らない。面倒だから。
「でも結婚となると、なぜか逃げられるんだ。嫌われているのかと思ったけど……それはないと断言されて、でも結婚ができない理由が分からなくて……」
「つまり、それを突き止めるか、兄上と想い人を結び付けろというのですね?」
「そ、そうだ!」
秘密を持っている者同士だからこそ、頼める願いか。
……グローブ・クローバーか。
私は少し、この男を見誤っていたかもしれない。
王位を目指すのなら、権力者の娘と結婚すればいい。
それを愛で結婚したいなどと……面白いではないか。
愛を知らぬ者よりも、知っている者の方が私は好きだ。
思慮や優しさ、配慮は愛から産まれる。
「相手はティア・バディルといって金髪で美しい女性だ……貴族の集まりで会って、心が優しくて、手料理が上手なんだが……」
惚気話が始まる。
いや私と秘密を共有しているからといって、気を許しすぎではないか。
この顔は、『やっと誰かに話せた! ねぇ聞いて聞いて!』と言っている子どもだぞ。
「頼む! こんなことは、お前にしか頼めない」
私はより深く腰を下ろし、息を吐いた。
「取引だということは重々承知している。望む物があれば……」
レイラが耳打ちしてくる。
「クロム様にメリットは一切ありません……危ない橋をわざわざ……」
その言葉を遮り、告げた。
「良いでしょう、お受け致します。兄上」
「なっ────!」
「良いではないか、レイラ」
「た、助かる! それでは取引として何が……」
「いえ、何もいりません」
満面の笑みは優しく、包容力のある雰囲気であった。
「兄上の恋のキューピットになれるのです。ここで人肌脱がずして、何が家族でしょうか」
だが、そのクロムの言葉の裏を、真意を誰も読み解くことができなかった。
だが、何かある────。
そう予感させるだけの強さが、クロムにはあった。
「ぐぎゃ?」
【クロム・クローバーの宝蔵】個数 :823個 →0個
【クロム・クローバーのお金】ゴールド:300000→423025ゴールド
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