6.ダダパイ/攻略成功

　刃が交わる。

　キィィン……!!

「あ、あのクローバー人、凄い……何者だ」

「ダダパイを相手に、張り合ってやがる。並の兵士ではないということか」

「だが、まるで病み上がりみたいだ。あのような子どもでは削り切られて死ぬな。族長も悪いお方だ」

　彼らの眼は正しかった。

　この戦いにおいて、クロム・クローバーは劣勢であった。

　元より圧倒的に少ない魔力量。

　それを少し増やしたところで、付け焼き刃程度の効果しかない。

　身体強化の維持で精一杯で、決定打が出せない

　フック状の攻撃ができる鉤爪《かぎづめ》に、この獣のようなスピード……！

　私の反応がわずかに間に合っていないか！

　

　ダダパイが叫ぶ。

「ぐがあああっ！」

　軽く吹っ飛ばされる。

　パワーまであると来た……！

　剣では手数が劣るか。

　両手の攻撃とは厄介なものだ。

　

　遠距離攻撃。

　それをやるならば魔法しかあるまい。

　

　だが、まだ魔力量は多くないのだ。身体強化を使わなければ、簡単にやられてしまう。

　少ない魔力量では、撃ててせいぜい一発……。

　思考を回していると、斬撃が飛んでくる。

「おっと」

　大きく下がるも、服をわずかに切り裂かれた。

「ふむ、大体強さは理解した」

　獣のようなスピード、パワー、そして勘の鋭さ。

　これが１００人分の力か。

　想像以上にしっかりとしているようだ。

　十分だ。実力は分かった。

「ぐがっ！」

「せいっ！」

　刃がぶつかり、ダダパイと鍔迫り合いになった。

　ダダパイへ話しかけた。

「ダダパイ私の言ってること分かるか？」

「ぐがあああっ！」

「そうか、伝わるんだな！」

　

　族長が半眼で、その光景を眺めていた。

「愚かな子どもじゃ。ダダパイに話しかけても無駄だというのに。奴は育て親の狼を人間に殺され、復讐に取りつかれた獣よ」

　……復讐か。

　それならば、これだけ強いのも納得だ。

　人は失った分だけ、強くなる生き物だ。

　逆手に持ち替え、剣技を放つ。

　そうしてダダパイの鉤爪を剣で大きく弾いた。

　カキン……！　と火花が散る。

「ぐぎゃっ！？」

　ダダパイの鉤爪が大きく後ろへ弾けた。

　腹部の隙が見えた。

　優しく笑ってみせる。

「終わらせに行くぞ、ダダパイ」

　私が防御に徹していたのは、決して消極的な理由じゃない。

　力強く、前へ飛び出した。

　ざわっと観衆が騒いだ。

「前へ出やがった！」

「何を考えているんだ⁉　あれじゃあダダパイの間合いに入るぞ！」

「自暴自棄か……!!　速度ではダダパイに勝てねえぞ」

　その通り、ダダパイに速度では勝てない。

　至近距離。

　ダダパイが鉤爪を振り下ろした。

　なら、予測して躱せばいい。

　動きはもう慣れた。

　ダダパイの攻撃搔い潜り、懐に入り込む。

　誰かが叫んだ。

「あの距離で躱しやがった……！」　

　そのまま剣を大きく振り上げた。

「────っ！」

　

　顔を上げた。

　

　斬った感覚がない！

　思わず、楽しそうに叫んだ。

　とっさに鉤爪で防いだのか！　

「ハハッ！　やはり反応はお前の方が上か！」

「ぎぎっ！」

　ザザザ……。

　吹っ飛んだダダパイが、鉤爪を地面に突き刺し勢いを殺した。

　だが、大きな隙だ。それに距離もできた。

　手のひらをダダパイへ向ける。

「身体強化、解除」

　その言葉と共に、ぶわっと空気が一変する。

「────ッ!!」

　背筋が凍るような悪寒と、ズドンと重い空気が場を包んだ。

「攻撃魔法とやらは使ったことがないが……おそらく、こう使うのだろう？」

　私に残っている魔力のすべてを注ぎ込む。

「炎魔法……ファイア」

　掌から、ポソッと小さな炎が出現した。

　凄い魔法が来るのかとヒヤリとした族長が、大声を出した。

「ち、ちっさ……！　しょぼ！」

　それを聞いて、ニヤリと笑う。

　そうして呟いた。

「秘儀(アルケイン)────魔力、瞬間倍増」

　ぼうっと勢いが増し、巨大な炎となる。

　

「「「ッ!?」」」

　

　今の私が使える最高威力の炎魔法を、解き放つ。

「ダダパイ……ちゃんと防げよ」

　秘儀(アルケイン)と魔法の組み合わせ技。

　そうだな、名づけるとするならば……。

「秘儀(アルケイン)──天上滅日」

　────バァァァァァァンッ!!

　衝撃波が全体を包み、地面が揺れる。

　ようやく衝撃波が落ち着き、土埃が霧散していく。

「ごほっごほっ……な、なんだこの威力……‼」

「ぞ、族長……‼　ご無事ですか！」

「あ、あぁ。じゃが、なんじゃあいつは……あれは一体、本当に人か⁉」

　

　そこには、堂々として立っているクロムが居た。

　

「まぁ、悪くない威力だな。魔力が少ないにしては」

　

　＊

　砂煙が落ち着き、天上滅日を直撃したダダパイがいた。

　ボロボロな姿で、まだ立っているとはな。

　

　たった一発。

　その一発が、敗北の文字を消し飛ばしてしまった。

　勝負は決した。

　それでもなお、ダダパイはこちらへ向かってくる。

　弱々しい拳が、私の胸を突いた。

　それが何度も続き、沈黙が包む。

　トドメ────。

　その言葉が脳裏によぎる。

　ダダパイを殺せば、私の勝利は確実だ。

　今の私ですら容易いことだ。

　

　剣先で喉を……。

　ダダパイの腕を引っ張る。

　そうして眼を見た。

　私には、刃を交えるごとにダダパイの気持ちが流れ込んできていた。

　なぜなら、ダダパイも人間なのだから。

「人語を喋れぬお前から、どうしてこうも強い想いが伝わってくるのだ」

　怒り以上の何かがそこにはあった。

「私はお前の気持ちが知りたい」

　

　ここでダダパイを殺すなどと、簡単な道へ歩かない。

　それが決して楽な道ではないことは、重々承知している。

　復讐に燃える獣を救おうというのだ。

　理想主義な甘い男だとは分かっている。

　どれだけ稚拙な夢であっても、私は皆が幸せに暮らせる世界が欲しい。

　大賢者としての理想は、クロム・クローバーに転生してもまだここに残っている。

　残っているのだ。

　小さな石ころであろうとも、それを拾わずして何が理想か。

「教えてくれ、ダダパイ。お前は、なんだ」

　

　か細い小さな声が聞こえた。

「かえりたい……」

　それはまごうことなく、ダダパイから発せられていた。

　近くにいた族長が、どことなく哀愁を漂わせる声音で語った。

「……ダダパイは捨て子での。万有の森でも強かった魔物の狼に育てられた子じゃ」

　人間にやられた、という狼か。

「恨みで目の前にいる全てが敵だと思い込み、死ぬまで戦う狂犬となってしまった。もはや帰る場所もない……殺してやれ」

「断る」

　間髪入れずに言葉を発した。

　ダダパイは帰りたいと言った。

　居場所がないんだ。

　私はそれを捨てはしない。

　拾うのだ。

「お前を育ててくれた狼は……きっと、ダダパイをこんな姿にするために育ててくれたんじゃない」

　力強く、それでいてはっきりと告げる。

「私がお前を、ダダパイ(死をも喰らう狂犬)なんて言わせない」

　ダダパイが、美しい瞳を大きく開いた。

「お前はまだ、帰れるんだ」

　手を差し伸べる。

　ダダパイはきっと、誰かに止めて欲しかったのだ。

　人は自分が間違っていると思いながらも、歩みだしてしまうと止まれない。

「私と共に来るといい」

「……がう」

　ダダパイが、私の手を握った。

　驚愕したような表情で、族長たちが声を漏らした。

　

「あ、あのダダパイを……懐柔したじゃと……‼」

「す、すげえ……」

「マジかよ……」

　そうして満面の笑みで、族長へ向いた。

　それまるで、素直な少年のような溌剌さであった。

「ハハハ！　族長！　私の勝ちだ！　認めるよな！」

「……くっ。ああ、認めよう。貴様が族長じゃ」

「ならばよい。今から、私はこの蛮族の族長だ」

　だが、素直すぎて気づかなかった。

　

「お前たちは、私の家で面倒を見よう。安心しろ、望むものがあればすべて用意する。望む者がいるのなら、森で暮らす用意もしよう」

　クロムという人間を、彼らはようやく理解する。

　クロム・クローバーは勝算のない戦いはしない。

　とても笑顔で、それでいて純粋な言葉。

「私の家族になってくれ！」

「「「えぇぇぇぇぇぇっ⁉」」」

　それから、彼らは敗北を素直に認め……クロムの配下になることを誓った。

　

「レイラ、あいつに報告しておいてくれ。作戦は成功だ」

「畏まりました。ですがクロム様、あいつではなく、せめて兄上とお付けになられた方が」

「ん～……それもそうだな。では、グローブ兄上によろしく頼む」

　レイラは、一瞬だけ『面倒くさいなぁ……』という表情を見せたクロムを見逃さなかった。

　そうして報告を貰った第十王子グローブは、その報告と蛮族が森から消えたことに驚愕していた。

　たった一人で、誰にも成し遂げることができなかった蛮族の森を解決して見せた。

　しかも、一人の死者も出さずに。

　その帰り道、人目を忍んで屋敷へ戻る最中のことであった。

　クロムに小さな誤算があった。

　

「ダダパイ……まさか、お前が女だったとはな。しかも、誰も知らなかったとは……」

「ぎゃが？」

　クロムが頭を押さえた。

「言葉は覚えさせなければならないか……」

「くろむ」

「学習は早いようだ」

　すると、ダダパイが真面目な面持ちで、それでいてはっきりと口にした。

「くろむ、王にする」

「……え？」

「わたし、くろむ、王にする。おおかみの王になれ」

　

　ダダパイは、クロム・クローバーを王にすることを決めていた。

　それは本気の言葉で、軽はずみに口にするような決意ではない。

　クロムを認め、尊敬し、信頼しているからこその言葉であった。

「わたしの、王。わたしが導く。王にする」

「……ふっ、アハハッ！　そうか！　私を王にしたいのか！」

　クロム・クローバーは、特別に王へのこだわりはない。

「よく励み、頑張ると良い。……狼ノ姫、ダダパイ(幸せを呼ぶ者)よ」

「がんばる！　おおかみの王、くろむ！」

　攻略不可能と言われた────万有の森。

　

　それは【攻略成功】……いや、これ以上ないほどの【大成功】と呼ぶに相応しい勝利であった。

　そしてこれは、落ちこぼれ第十四王子クロム・クローバーが、その天才的な能力を証明した瞬間でもあった。

　眠りの天才王子として────。

【クロム・クローバーの宝蔵】

個数：０→８２３個

【クロム・クローバーのお金】

ゴールド：３０００００ゴールド