2.秘技
目が覚めてから数日後。
「下げてくれ、ケホッ……」
流動食は飽きたな。
固形物はまだ喉を通さないのと、胃が消化をしきれない。
歩けないことはないが、何かしらに掴まっていないと転びそうになる。
それらはまだいいが、問題は呼吸だ。このヒューヒューという鼻息、非常にうざい。
このせいか咳も酷く、すぐ酸欠気味になってしまう。
いくら集中力をしていても、この音だけで途切れる。
1,呼吸の問題
2,足の筋肉
3,食事
まずはこれらの処理からか。
だが……それ以前に気になることがある。
部屋を出ようとする召使いに声をかけた。
これは起きてから、ずっと思っていた。
心臓は鼓動するのだが、鼓動と一緒に妙な物が出ている。
それはこう……形容しがたい感覚なのだが、嫌な感じではない。
この体が生まれ持って持っている力なのだろうか。
「待て、一つ質問がある。私の心臓だが、何か妙な感覚があるんだ」
「おそらく、魔力でございます」
「魔力?」
「はい、人は生まれながらにして魔力を持ち合わせております。その器は決まっており、増えることなどはありません」
「ほう」
「その力で、驚異的な魔法を使えます。ですが、クロム様の魔力量は……」
言いづらそうに視線を逸らした。
「構わない、教えてくれ」
「……失礼ながら、魔力操作もできない一般兵以下だと聞いております」
ふむ……あまり持っていないということか。
一般兵というのも、基準としては分かり易い。
戦場に出れば、私は雑魚ということなのだな。
「そうか、分かった。私が起きたことはまだ口外していないな?」
「はい、ご命令通り」
「ありがとう。そろそろ、その理由を話そうとは思っている」
「それでは、皆を集めますか?」
「そうしてくれ」
召使いが丁寧に部屋を出る。
……あまり時間はないな。
しかし、ふと笑いそうになった。
「だが、魔力か……そんなものがあるとはな」
少なくとも、私は知らなかった。そして……。
「私にはなかったぞ」
ここは、私の知っている場所とは違うのかもしれないな。
だが、良い物であることは分かった。
魔力は増えないし、クロムには操作ができない。
そう断言されたが、果たしてそうか?
私が日々、これに意識を向けていて……ほんの少しだけ、心臓が強くなった気がするのは、気のせいか?
本当に、魔力は増えないと言い切れるのか?
私は、増えると思った。
それに魔力操作が、クロムにはできないとも言われた。
なら、やってみよう。
魔力を体内に流し、循環をイメージする。
中心は心臓。
そこから血液のように広げて、指先、つま先まで届かせる。
体の形を意識……体が暖かくなってきた。
次第に呼吸が楽になっていく。
魔力を循環させていれば、魔力の流れを体が理解し始める。
しかも、体が温まり呼吸が楽になる。
思わぬ副産物ではないか。
これは好都合だ。
「循環自体は可能か。この状態を維持していれば、呼吸はできるな」
なんだ、魔力の操作とはこの程度のものか……。
だが、もう一つの私の力とよく似ているな。
1,呼吸の問題──解決。
次は足だ。
手を足に翳し、意識を集中させる。
「秘儀──筋肉倍増」
ふわっと光に包まれ、足の筋肉が増える。
これに魔法や魔力は似ているようだ。
まぁ、似ているだけだがな。
2,足の筋肉──解決。
さて、最後の課題である食事は、正直やろうと思えば解決はできるが……。
今の体で、負担のある秘儀の連発は控えた方が賢明だな。
それに、今まで寝た切りで倒れていた人間が、いきなり全快になってしまうのも不自然すぎる。
流動食を食べていた方が、病人っぽさは強そうだ。
飽きたが仕方がない。時間を掛けて解決だ。
3,食事──時間を掛けて解決。
体を鍛えるのは、魔力と秘儀に任せるとしよう。
「さて……召使いに口外しないように言った理由を説明しないと」
病人のわりに働きすぎだなぁ、と少し思った。
*
そうして召使いを集めた。
「クロム様、もう歩いても大丈夫なのですか……」
「歩くだけなら問題ない。心配をかけた、すまない」
秘儀で解決したのだけども。
「今、父上は隣国、ガルラリアとの領地交渉でお忙しいはずだ」
ここからは、私が起きたことを口外させないための理由だ。
「私が落馬したのは、クローバー王国とガルラリアとの国境が曖昧な領地だ。私が怪我を負ったことで、交渉が有利に進められている。私が起きたとなれば、その状況が変わってしまう」
そう言い訳してみる。
実際のところ、時間を稼ぎたいだけだった。
「今はまだ、私が起きたことは屋敷の中だけに留めてくれ」
私が今欲しい物は、親からの心配でも愛情でもない。
金では買うことのできない、鍛えるための時間だ。
不安そうな召使いたちへ、さらに言葉を続けた。
「安心してくれ。すべての責任は私が取る」
自嘲するように笑う。
「仲間もいない私が頼れるのは、あなたたちだけなのだ」
柔らかい表情を見せる。
「もちろん、謝礼は見せる。これを」
おそらく、私への態度が悪かったのは地位もあるだろう。
期待値の低い人間に、それほど尽くす人間がいるとも考えにくい。
だが、どうやって忠誠を得るのか。
簡単なことだ。
みんなの生活を守れることを証明するしかない。
「今までの給料の未払い分だ。これからは通常の倍を支払う」
召使いたちがため息を漏らしたのち、目を見開く。
「は、はぁ.....はぁっ⁉ 未払い分の……倍以上ある!」
「ん.....ん────⁉」
「す、凄い大金.....‼」
「ク、クロム様……! これほどのお金をどこで……!」
「あぁ、私の宝蔵にあったものを売った」
「ふぇあっ!?」
そんなに驚くことだろうか?
おい、顎が外れているぞ。大丈夫か。
「い、命よりも大事と言われる王族宝蔵を、私たちのために……?」
「な、なんと……‼」
王族宝蔵。
王族の人間が、産まれた頃から貯め込んでいるものらしい。
人によっては大事な代物のようだ。
追放された時や、墓場なんかに一緒に埋めてもらうこともあるのだとか。
だが……私にとってはくだらない代物だ。
軽く蔵の物を見たが、使い物にならない剣や宝石ばかり。
蔵で眠っているくらいなら、有効活用した方が良いだろう。
「君たちの生活は、私が保証する。まだ、私と共に暮らしてはくれないだろうか」
今、私が彼らから信頼を得る方法は……これしかない。
たった唯一の方法だ。
「あ、ありがとうございます……! クロム様!」
「そんなに私たちを大切にしていたなんて……」
「一生付いていきます……!」
命と言われる宝を金にして召使い渡すなど、きっと傍から見れば愚かなのだろう。
だがこれは、クロム・クローバーの最も欠点たる点を補うためだ。
それは資金だ。
クロムには資金が全く持ってない。
こんなものでは四肢を縛られ、頭に袋を被っているようなものだ。
私が強くなるためにも、金は必要だ。
本来は生産物などを作って金にしたい物だが……それよりも次だ。
「それでは、さっそくだが……用意してもらいたいものがある」
人手も確保した。
ビシッとする彼らに、静かに両手を合わせた。
微笑みながら、告げる。
「頼んでもいい?」
そうして、クロムの黒髪が揺れた。
【クロム・クローバーの宝蔵】
個数:188→0
【クロム・クローバーのお金】
ゴールド:0→300000ゴールド
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