猫の王、山賊王と出会う
わが輩は猫である。猫の王である。
唯一無二の王、ゆえに名はない。
我が王土『ローグシー』は、七つの大山にかこまれた城塞都市だ。幾百の猫、幾万の人が高い壁に守られてゆたかにくらす。
もっとも、はるか遠くのチューオー地方では、
『この世の闇にもっとも近く、もっとも危険な都市』……などと人間が噂していたそうだ。
なんと失礼な。
たしかにローグシーは、《災厄》に近い。
西の未開地のさらに先の《巨木樹海》はまたの名を《魔獣深森》といい、ばかけた大きさの怪樹や鋼樹が、億兆本、地平線の彼方まで広がる魔境だ。
異形異能のケダモノの巣窟であり、もっとも危険な凶種は「魔獣」とよばれている。
強大な魔法をつかう巨竜、巨熊や巨鳥の魔獣は、生ける大災害。下等なゴブリンや狼魔獣は、それより格段に力が劣るが樹海から大陸全土に散らばり、頻繁に人を襲っている。
ローグシーとまわりの町や村は、あまりにも樹海に近い。当然、危険だ。
強大なドラゴンが、山間部の大きな鉱山を突然占拠したり。夜中、人狼の群れが街を囲む城壁を越えて、ローグシーに押し入ったことさえある。
まぁ、なんとかなっておるがな。
それに、ローグシーの猫や人に餓えで苦しむものはいない。
いつも元気だ。これ大事。
人はむしろ血の気が多い。
ローグシーの近くの農夫は、ゴブリンの四五匹くらい、自分の農具で駆逐してしまうし。ローグシーを襲った人狼の群れは、怒り狂い、武装した町内会の親父たちが繰り出し、お祭り騒ぎで狩られてしまった。
吾輩は最近まで、この街の何かと刺激の多い暮らしに満足していた。
そう、最近まで。今はちがう。
もの足りない。
きっかけは人間の演劇だ。
【演劇】……別人になりきり、絵空事を大真面目にしゃべる。また、それを大勢が観に集まり、わざわざ対価まで払う。
その手に残るものは、小魚一匹、無い。
人間の正気を疑ったものだが、なれると、なかなかおもしろい。
チューオー地方の物語はとくに気になった。
とても呑気な土地らしく、武器ももたずに行商が田舎を旅するし。領主が農民から武器を取り上げたり、村が高い柵や深い空堀で囲われてなかったりする。
しかも、そんな田舎の脅威のひとつは犬だ。
ただの犬(バカで木にも登れない)が、チューオーの野外では群れなして人間を脅かす、と。
本当に同じ大陸だろうか。
もっとも、真の脅威は野良犬ではない。山野にひそむ人間だ。山賊、盗賊は魔獣さながらに人を襲い、よく演劇にも出てくる。
自然と【本物】をみたくなった。むりだと、思ってはいたが……
「やろう共! 本物の悪党のおそろしさ、田舎者に教えてやるぞぉ!!」
【おう!】と応じる、むさ苦しい男ども。
ガツンとやってやるせ!!と、野太い声があがった。
………古い空き倉庫の中に、人間の男どもが二十人ほど群れていた。
吾輩がいるのは、倉庫の屋根に近い高所。明かりの届かない太い梁と柱の陰から、楽な体勢でやつらを見下ろしていた。
がっちりした体格、太い腕。
まちまちな中古の武器と防具。
こいつらは傭兵、ハンター志願という触れこみだが、正体はチューオーの『山賊』。本人たちの自慢話によると、大国の軍隊さえ斥けた大組織、最強の賊徒(の残党)だ。
ローグシーには、大陸中央の大災害のあと、大勢の難民にまざってもぐりこみ、今、古い倉庫で悪事を相談していた。
吾輩がやつらの一人に目を止め、不審なふるまいに気づいたのは偶然である。
「まずは四大幹部筆頭、ネロが報告します」
アゴヒゲの首領の前に、バンダナの男が進み出た。
いっしょに大きな四角い板が運ばれ、前で、おおいのボロ布が一気にはがされた。
「「「おお………」」」
「さすがネロさん」
「あいかわらず絵が上手いぜ」
「(ひそひそ)ふつうに絵でくえるよな」
大きな建物がひとつ、木炭で、大きな木の板(どこからか外した戸板?テーブル板?)いっぱいに描かれていた。
「もうかっていると評判の、新参者の商会の商館です」
「え?商館?」
「いかつい建物だな」
「砦みてぇだ」
「通行人ーーこれはメイド?」
「おまえ、どこみてる」
ざわざわ。まるで教室の黒板と落ち着きのない生徒だ。
だが、教師、…………いや、一味の首領のヒゲ男は、
「正面の大扉は頑丈そうだ」
「一階の窓は鉄枠。夜は、鎧戸でふさがれるのか」
「上の階のベランダから入れないか?」
「 そっちも鎧戸つきだ」
「それより(建物の)地際をみろ。山のすそ野みたいに石積みの壁がせり出している」
「まさか、はしごをかけにくくする工夫か?」
「砦みてぇだ」
「町中の商館だぞ」
「この商会長はどうかしてる」
「ゆるした領主もおかしいな」
首領と幹部は商館の絵をみ、ネロの報告をききながら、自分たちで押し込み強盗を相談。
手下たちの雑談は放ったらかし……なんのために集めたのだ?
本物の『山賊』、
最強の『山賊』……へんだな?
▶▶▶▶
大陸西方は、街から街への移動に危険の多い土地だ。
いくつも要因はあるが、魔獣の脅威がやはり大きい。
どれほど開拓を進めて、何度、魔獣を討伐しても、西の巨木樹海から大小の魔獣が陸続と出てくる。
大陸中央の文明諸国は、大きく事情が異なる。
魔獣をめったに見ないかわりに、野盗や逃亡犯、傭兵くずれ。野犬の群れや狼が人を襲い、小さな町や村を脅かす。
とくに野盗や山賊は、軍隊でも手を焼く大勢力になることがある。山奥に隠れ里をつくったり、辺鄙な集落を占拠することさえあった。
そんな野盗や山賊は、中央諸国の文芸や演劇の中でも当然悪役だ。それも名も無いザコ。たいてい粗暴で愚鈍で、馬車や村を襲えば蹴散らされ、だらけてすごす本拠地で攻め滅ぼされる。
ゴブリンやオークのような扱いだが、人間の悪役ならではの役回りもある。
頭のおかしな狂学者の手下、邪教の司祭に従う人さらい、敵国の手先などなど。
主人公に敗北して味方(手下)になったり。じつは行方不明の親兄弟、家臣(武臣)が正体、という物語もある。
現実にそんな野盗や山賊はいないのだろうが……
▶▶▶▶
本物を知りたい。本当の山賊を見てみたい。
吾輩はそう願い。あやしいヤツを追って、こんな倉庫まで来たわけだが………
「このヘンな商会に押し入るのはヤバそうだ。あきらめるぞ。
……お前ら、賛成か!(挙手)」
「「「「へい!(挙手)」」」」
こいつらヘンだ。
ローグシーで大きな強盗を企てる山賊ども。その下見は一か所ではなかった。
「四大幹部最強、鉄腕のビッグフット」とやらは、ハンターギルドの解体所を探っていた。現金や貴金属ではなく、希少で高価な魔獣素材に目をつけたのだ。
しかもたまたま下働きの求人があり、一日目で、作業場に入りさえした。
……やるな。
だが加工所の職人の大半は、魔獣狩りの元ハンターやセミプロの現役ハンターだ。しかも、ここで何かすれば西方屈指の武装組織が黙っていない。
狩られるぞ。
建物そのものも、とても危険地だ。
機械罠が、建物の出入り口、窓、通気口、屋根の上にまで仕掛けられていて、毎週、職員たちが、点検、改良、再設置している。
建物を囲む、立木、生け垣の陰も罠だらけだ。
ちょっと見てもわからないけどな。
ただ相手しているのは、人間の盗人ではなくネズミ魔獣やカラス魔獣だ。
魔獣の解体加工の作業所は城門の割合近くにあり、血脂や臓物の臭いもして、壁内にもぐりこんだ魔獣が寄って来やすい。
一方、加工所の職員の中には、樹海で魔獣狩りの罠を試し、いろいろな理由で新しいアイデアがうまく機能しなかったり。大きすぎたり重すぎたりして、結局改良をあきらめたものがいた。
かくして害獣駆逐、愛すべき職場の防衛を理由に、ハンターギルドの加工所に、過剰な性能の手づくり罠が仕掛けられるようになった。
魔獣素材を罠につかうことができ、競い合う空気があるのだ。自重?費用対効果?
あるわけない。
人間の盗人がひっかかればどうなるやら。
…………吾輩、一度、カラス魔獣の悲劇を目撃した。
そやつはローグシーにきたばかりで、空から加工所の屋根に着地…………寸前。パックリひらいた屋根の「中」に呑まれた。
吾輩と通行人があ然として見ていると、ガラガラ、ゾリゾリと音が聴こえ。やがて、肉色のものが屋根の端から路上に放り出された。
むりやり毛刈り……いや、黒羽を剃られたカラス魔獣。それはとてもやせっぽちだった。
吾輩が『ジャイアントクロウ(子猫たちのおもちゃ)』に思いを巡らせていると、ビックフットは、加工所をクビになったと言い出した。
今まで、鳥やウサギよりも大きな生き物をさばいたことがなかったそうだ。
それが牛よりも大きなイノシシ魔獣だの、人間の子供くらいあるウサギ魔獣だのの解体を見。言われるまま内臓を運んだり、洗ったり、骨を切ったり………どうにか我慢したものの、最後の最後、吐いた。
超高級の魔獣毛皮の上に、と。
…………よくクビだけですんだな。
大男は背中をまるめ、仲間たちにむいてない仕事の現場がどれだけ気持ち悪かったか、くわしく語った。
魔獣の内臓の色つや、臭い。頭蓋骨から脳を取り出し、練り物にする詳細。
目玉をくりぬく器具のかたちと、作業の手応えの語りで、仲間の何人の顔色が悪くなった。
「なしだ!」
それがいい。
▶▶▶▶
『最も危険な城郭都市』ローグシーで大仕事を成し遂げ、一旗揚げたら、東のオート(王都)の犯罪者たちに大悪党と認められる。チューオーの避難民の互助組織(裏)でもデカい顔ができる…………
こいつらはそんな噂を真に受けて、ローグシーまでわざわさやって来たという。
だが、絶望的にセンスというか危機感知能力がない。偵察報告はつづいたが、どいつもこいつもひどかった。
金目のものがある、名前が売れると目をつけたのは、おかしな店や厄介な施設ばかりだ。
四大幹部最速(なにが?)の「黒のなんちゃら』という若い幹部は、商店街の花屋を偵察していた。
そのやさ男は、看板娘につられたかと仲間に冷やかされ。首領には、花や種や苗を奪って農家になるつもりかと叱られ、すごすごと引っ込んだ。
目のつけどころ(だけ)はいい。
一部の人間は、巨木樹海の薬草や魔草が大好きだ。
花びらや木の皮、葉の煮汁でも欲しがり、夢の新薬だの、神秘の香りだの、奇跡の色素だの……目新しいものをつくろうと、同類のものたちと競い合っている。
あの花屋は、植物専門のプラント・ハンターから仕入れた樹海の草花を『生かして』鉢植えにして店にならべていた。たまに、ちょっと動く小芋や人参(ぎりぎり植物魔獣ではない)もみかける。
おどろくべき光景を目にした眼鏡の女は、いっとき、店に日参して店主から秘訣を聞き出そうとしていた。
話をもどそう。
栽培の秘訣を奪えなくとも、巨木樹海の草花の鉢や苗は高値がつく。その価値がわかる買い手を探さなくてはならないがな。
でもなー。
花屋の娘はローグシー屈指の『ハンマー使い』で、悪いことに手加減がへただ。あと店内には、軽い酩酊や興奮、幻覚作用の薬草や魔草もならんでいる。
(だれが買ってゆくんだ?)
押入強盗なんかしたら、看板娘と店主夫婦を相手にした乱闘になりかねず……いろいろ壊れたりつぶれたりまざったりして、店内になぞの植物モンスターが生えたり。
あぶない効能の匂い(ガス)が発生したり、未知の混合青汁の毒のせいで、看板娘や賊たちがおかしくなったりしそうだ………
ほんと。
こいつら(自称山賊)は、ローグシーの危険地をどうしてこう的確に。。。。。
ぞくり。
吾輩、変な声が出そうになった。
『危険察知の勘』
…………耳や目や鼻の肉体の感覚、魔獣の気配察知、魔力探知。そのどれとも違う、説明不能のなにか。
この感じはまるで大災害の予兆??
山賊のヒゲの首領が、もったいぶって話しはじめたところだった。ローグシーで、今、一番金になる最高の獲物を教えるだと?
「貴族の奥方たちが、近々、ローグシーで茶会をひらく」
まて。
「西の貴族の当主のつれあいが集まる……なんとかいう恒例の催しだ」
それ、領主館のはなしか?
「田舎のババァたちが、めいっぱい着飾って来る。やることは、襲撃と拉致、誘拐だ!」
まてまて。
今まで話に出ず。そこを狙う最悪のあほうはいないと思っていたのに………
「貴族さま相手の大犯罪だ!」
「心配か? なぁに、獣の相手ばかりしている田舎貴族だ。全員で襲えば、館の警備なんかどうにでもなる。
ひとりでも女をつかまえれば勝ちだ。手出しできないはずだからな」
まてまてまて。
「ちょいと脅して大人しくしたら。まず人質どもから金目のものを身ぐるみはぐ!
逃走用の馬車を用意させたら、ローグシーを全員で脱出だ!一番えらい伯爵夫人を『盾』に残して、逃げ切ったら、たっぷりと身代金を払わせてやるぜ」
まてまてまてま…………
吾輩、寒気がとまらない。
……ヒゲ、おい、だれを、襲う?脅す?身ぐるみ、はぐだと??
どうやって調べたのか、茶会の予定日だの、場所だの、自慢そうにしゃべる声はつづいた。
(……耳に入るが頭に入らない)
「茶会」は、貴族夫人が交流を深める集まりだ。
ヒゲ山賊はしかし、すきらしきものをみつけていた。街の店から、評判の菓子が届けられることになっているそうだ。
(……中途半端に耳ざとい)
襲撃、拘束、脅迫、逃走ーーー
まだなにかしゃべっていたが聞いちゃいられない。
吾輩はこのとき、闘そぅ、、、、逃走本能のまま、足か逃げようとしていた。
そのときだ。
倉庫の高い小さな窓が音をたてて破れ、黒い塊が外から飛び込んできた。ものすごい剣幕で叫び、飛び跳ね、
『悪党め、ゆるさんぞ!
きさま!わが王をどこに閉じ込めた!!』
ヒゲの首領に、白い毛並みの足の爪からとびかかった。
▶▶▶
にゃあにゃあ、ぷぎゃー
うぎゃあ、どわ!!
…………黒猫の奮戦は、ほんの数呼吸。
バンダナ男に、首領の顔から引きはがされたとき、今度は、何十人もの衛兵が倉庫になだれ込んできた。
いつの間にか倉庫の外にも大勢の人間の気配。
「王よ、助けにまいりました。どこですか!!」
急にごった返してきた眼下から、黒猫……忠実なわが家臣、『猫の騎士』の声がした。
うまい言い訳、いや、褒め言葉を早く考えないと。街の巡察の途中、置き去りにして悪かったよ。
あとでわかったことだ。
あいつらは、山賊「もどき」の荷物かつぎだった。
チューオーの山賊は、二、三百人の大集団もいる。
戦うことなく狙った相手を数で圧倒できるが、そこまで大きくなると、食料や燃料、生活物資が大量に必要になる。
そして、まっとうな人間から奪うにせよ、闇商人から高値で買うにせよ、最後の運び手は自分たちだ。
ある賊は、手下の男たちを実戦部隊と荷物を徒歩や荷車で運ぶ輸送部隊に分け。後者に、いわゆる山賊稼業にむかない芸術肌や気弱なもの、そして、粗忽で失敗しやすいものをまとめた。
大陸中央に前人未到の魔獣災害が起きたとき、その山賊団は本拠地であっけなく滅ぼされたが、たまたま、補給品を取りに外に出ていた輸送隊の男たちは生き残り。よせばいいのに山賊団の再興を思い立ち、ローグシーまでやって来たのだ。
ちぐはぐな感じ、行きあたりばったりなのもあたりまえ。肉体労働ばかりして、殺人、略奪、武器戦闘は未経験だという。
すべて見様見真似、本物からの聞きかじり………
吾輩は、いわば素人の芝居を見せられていたのだ。
しかし、あのときのとびきりの悪寒……悪い予感はなんだった?
ローグシーの伯爵家の領主館。
そこは『黒の聖獣』のすまいだ。
大きく妙な気配が多いから、ふだんより付かないが、お茶会襲撃の話でおぼえたあの異常な危機感は、それらと別種で異種。
吾輩、じつは幼少期に領主館にいたことがあるらしい。うっすらとしが記憶していないがな。
そのとき『こわい何か』と出会い、うかつに刺激したのだろうか?
深く深く身にしみて、なおかつ思い出せない。とてもこわい目に……それは……
「わが王。どこか具合が悪いのですか?」
なんでもない。日向にゆくぞ。
ローグシーの観光?案内をするはずが、山賊ではむりがあったもよう。
なお『へんな商会』の商館は、本編に登場した青髪商会の持ち物。人狼襲撃事件の実戦経験をもとにして、見えないところにギミックを追加し、当時よりさらに要塞化されています。
また、秘密のトンネルを裏街の酒場や下水道網へのばし、非常時の脱出路をつくった、との。真偽不明の噂も。。。




