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「 猫の王は吸血鬼に出会いたくない 」

屋根の上になんかいる。そんな辺境の街、ローグシー。


◇◇猫の王は吸血鬼に出会いたくない◇◇




「……また会ったな、影の獣よ」


  ── 轟ゥ、轟ゥッ!

   … 砂塵をはらみ、風が逆巻く。


 ── 具わっッ!!

   … 黄金こがね色の髪を乱す、黒衣の人影。

   … 大きくひるがえるマントを背に、黒翼鳥の如きすがた。



『屋根の上の黒マント』め…… 吾輩を待ち伏せておいて、また会った、とぬかすか。


 さてはこ奴、友だちがいないな。



 **



 怪しき黒マントは、どこからともなくあらわれた奇態な魔術師(ヴァンパイア(自称))だ。気がつくと、王土まちを我が物顔で往来していた(屋根の上をだが)。


 初めの頃、宿屋通りの屋根の上の不審者だった。それが、いつの間にか街のそこここに出没する不審者になり。吾輩の隠身の魔法を見破ると、監視しようとした吾輩を逆に追っかけて来る不審者となった。


 ついに今日は、先回りして待ち伏せだ。


 うかつに奇人あやつに近づくのではなかった。


 それにしても、わざわざ風の魔術を精密操作してマントをひるがえすとは…… 市街地の屋根の上で旋風など起こして、近くの人間が騒がないところをみると、魔術の効果範囲をよほど厳密に区切ったか。あるいは、物音を漏らさない「しかけ」を展開しているのか?

 ムダにすごいぞ。

しもべ(ひと)よ、このぐいぐい来る迷惑を引き取ってくれぃ。




 申し遅れた。吾輩は「猫の王」。

 最果ての城郭都市ローグシー… 魔の樹海を西に臨む街の至尊の存在である。唯一無二ゆえ、名はない。


 吾輩は毎日、王土まちをめぐる。働く下々(にんげん)を見守り、ときにその悩みを解決してやる ── 金髪黒マントめ『影の獣』などとおかしな呼び方しおって。引っ掻いてやろうか。


 … まあいい。王は道化どうけに寛容なのだ。そして、笑えん芸人にはこうだ。


 くあぁ、と、ひとつあくび。


「ふっ、とぼけるつもりか? 黒猫のすがたに隠したその力、吸血王アルカンド [[…ぶふっゥ!]]  

   …… アルカンドラスに見破れないとでも?」


『とでも?』で、くいっ、と気障なポーズ。セリフの途中、顔にかぶったマントは無かったことにしたらしい。

 アルカンドブフゥめ、強いな。


「貴様のような者こそ、我輩の配下にふさわしい。

 喜べ。来るべき時代、我輩が建国する『 絶対無敵・絶世帝国 』に貴様を参謀として迎えてやろうではないか!」

 あ、今。素知らぬ顔してマントのエフェクトを止めた。


 ……まったく、ふざけたことを。

 この猫の王が、金髪マントの配下になどなるわけなかろう。しかも、今なんといった、 これから建国だと⁉︎

  野良の王か、頭が高い。


「── なにより絵面が素晴らしい。

 玉座に優雅に座り、足を組む我輩。その膝でくつろぎ、廷臣を見下ろす黒猫。うむ、なんだか実に知的な大物っぽいではないか」

 

 それ、ただの演出の小道具。参謀の仕事はどこ行った。知的 ってそんなのか?

 ── やれやれ。本日の巡回を続けるとしよう。


「ほう? まだとぼけるつもりか?

 貴様はただの猫で終わらぬ。おさまらぬ。

 何より気がついているだろう? この街につぎつぎと集う力を。押し寄せる闇の気配を」


 ふふふふふふふ、と。


 こちらを見ず、片手の人差し指を自分の顔の前に立ててふる。なんなんだ。


 あやつ……… それっぽいこと言っているが、要はカッコつけたいワケだな。さびしいやつめ。相手してやるのは、慈悲深き吾輩くらいなのだろう。

 そっとしておいてやるか。

 黒マントのよこをすり抜けて、隣の家の屋根へ跳ぶ。


「── やすやすと、我が手をかわすか、影の獣よ」

「ふふ。ただの猫のふりがほころびかけておるぞ?

 まぁよい。ピースがそろい、ときがみちる。平穏の名残りを楽しむがいい。そして、果たすべき役割に目覚めたなら、貴様は吸血王のものになるのだ」


 膝のりネコに? いやだよ。


 ほんとうに── アイツ、なんなのだろう。

 吸血王? 伝説級の高位アンデッド(ヴァンパイア)を名乗るとは、タチの悪い変人め。本物の化け物に出くわしたらけちょんけちょんだぞ。



 ****



「行ったか…… くそぅ、意外に難しいな、新型の風魔術は」

・・・・ び ゅゆゆーん ・::


「マントは大きくひるがえし、ヘアスタイルはほどよくなびかせる風。ボディイメージだけでは足りん。ゆれる衣服や髪を自動演算する術式を、早急に追 ── 」


「なあ、アルカン。お前ちゃんと仕事してる?」


「ひっ!? らららラムラーダさまぁ!?」

(なぜここに⁉︎)


 いつの間にか、屋根の上の人影はふたつに。

 かたわらに新たにあらわれたのは、細身の黒のロングコート。目深なフードの陰から女の声が……


「メイモントの古代妄想狂の監視任務、お前は大言ほざいて請けあったんだ。手ぬかりがあったら許さんぜ?

 伯爵家どころか館の姉妹たちにも知らせず、何で頼んだと思う?」


「だ、第二の巨人兵器( ゼット )の脅威を、秘かに取り除くためですな。あと、新たに編成されているらしい『奇機 k 「その名を云うな!」 あ、はい」


「つぎは顎をぐ」


「はい……」


「発掘兵器のデカブツなんて、いいか、ぶっ壊すだけならオレ一人でどうとでもなる。だが、万が一、ヘタな騒動になって『あのふたり』が狂ったら── 手に負えん。

 そして、最悪、アシェのいう【お花畑】が壊れるんだ」


「は、はぃい」


「アルカンドラス。もしも …〔〔 もしも、この事案のデリケートさを十分理解していないのなら 《《 … いないならねぇ。今からでも教えなおさないとだよぉ?》》


「え、アダーさま? それに、ゲげげげどぅ げだ げぇげぇ ゲルダさま、まで⁉︎ 」


《 うぅん? その驚き方はなんか腹立つねぇ 》


 黒フードの陰から “ 三つの瞳孔を宿した眼球 ” が、金髪マントを捉えていた。



 ****



「痴話喧嘩か? あんなところで待ち合わせとは── あの女、もう少しましな《つがい》を選べなかったのか」


…… 猫の王は、かなり離れた物陰からふたりの様子を見ていた。

 黒猫の小さな気配は、発動した隠蔽魔法で隠されていた。しなやかな尾は二又に裂け、背でゆらゆらとおどる。


 だが、金髪が屋根の上で土下座し、女に後頭部を踏まれたあたりで、今度こそ、そっとその場を離れた。街の巡察を再開した。


 世界の根幹に迫る情報は、猫の王の耳に一言も届いていなかった。それだけ距離をとったし、仮に耳にしても、変人ふたり(類友)の小芝居、と聞き流しただろう。



 アルカンドラスが『吸血王』と名乗るのは初めてではなかった。

 だが、あまりに高度な隠蔽と、あまりにも伝説のイメージとかけ離れた言動が正体を隠し切っていた。本物のヴァンパイアが、街猫を待ち伏せして名乗りを上げたり、トンチキなアピールをしてたまるか、と。


 この日、猫の王は、脳裏の「要注意変人リスト」に新たに一名、

足蹴の黒フード女(金髪マントの交際相手)』を加わえた。


○吸血王・アルカンドラス


本物のヴァンパイア。主従関係の類縁はなく、独自の研究で人からアンデッドに転化しました。

不老不死のアンデッドの王になった直後、大陸の人類社会を監視するものたちに捕捉されてしまい、監督下で、不眠不休のブラック労働者に… “ すぐ死ぬ ”ことはないものの、なぜか事案解決のたび、高頻度で首だけになります。

(小説『蜘蛛の意吐』の作者NOMAR様のオリジナルキャラクター)


「ヴァンパイア」の解説とショートストーリー

https://book1.adouzi.eu.org/n3634gg/60/



○ ハオス姉妹


アルカンドラスを監視監督(酷使)する『女』です。

三つの瞳の目(眼球)をもち、ラムラーダ、アダー、ゲルダの三つ人格を内包します。人間の多重人格者と異なり、互いに対話し、任意に交代して固有の力を見せます。


人間のすがたは変身魔法によるもの。その正体は──


『闇を落とした毒の魔女』作者 NOMAR

https://book1.adouzi.eu.org/n1210gf/

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