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「 猫の王、暴れ馬の騒ぎを見守る 」

領都 ローグシーの日常。ハンターや商人が行き来する門前広場の出来事です。

□□ 猫の王、暴れ馬の騒ぎを見守る □□




 吾輩は王である。猫の王である。


 唯一の王、故に名前はない。



 吾輩は今日も昼寝シエスタを楽しむ。

 多忙な身なれど、真に優雅な種族はいかなるときもゆとりを忘れぬ。


 今あわてず、あとでがんばろう──


 

 ・・・ああぁ、ほかほかぁ。ぬくぬくぅ。

 猫毛が陽射しで、ふっくら、ふかふ 「ぎゃあ!」


「おとなしくしろぉ!」


「やめ、そっちへ行くなぁ!」

「うがッ⁉︎ 」

「げほっ!」


 ゔひひひひひぃぃ〜ん!



 ── 片目を開けた。


 おい、眠気を返せ。




 城郭都市の王土まちに新しい種類の騒動が増えた。

 いつも何かの騒動が起きてる気がするが、最近になって、さらに増えたものもある。あれもそのひとつ。


 暴れ馬だ。


「だ、だれか手をかしてくれぇ!!」


 蹴倒された主人の叫び声。

 ふむ、チューオー国からの旅の者だな、王土のひとの装いとちがう。この頃出入りが多いのだ。


 城郭都市の門前広場を見下ろすベスト陽だまり… 商館の屋根のひさしから身を起こす。… 吾輩が一息入れようとしたとき、入都したばかりの商隊が広場のわきに急に向きを変えた。

 もしやとは思ったが、案の定だったか。

 今まで車列を止め、なだめ、それでもか。


 ゔひひひひひぃぃ〜ん!


 大柄な荷馬がいななく。暴れるのは一頭だが、商隊のチューオー人たちは逃げ腰で抑え切れない。


 ふりほどかれ、あぁ走り出した。


「逃げてくれ~、たのむ逃げてくれぇ~!」

 まわりへ叫ぶ馬の主人。


 どこへ逃げろと? ひとは早々壁や屋根に登れんのだ。── それ、人混みにつっこむぞ。


「きぃあ〜〜!」


 ── 奇声一発、人影たちが左右に割れた。


 突進する馬の真正面、ひとりの娘が立っていた。

 かたわらの小さな手押車に商品の山。その場から逃げ損ねたように……


 そんなわけ無いな。


 ニヤリ、と笑って迎え撃つ気満々にみえる。


「 一蹴、だな」

 ── 吾輩、断言。


 暴れ馬の主人は悲鳴を上げ、顔を手でおおう。… おい、いいところだぞ。


 ゴガン!!

 暴力の音が石畳を震わせた。


 大槌の一撃。馬の鼻をかすめ、振り下ろしが広場に穴を穿った。花屋の娘(使い手)は微笑みを浮かべ、かたまった馬面エモノを見すえる。

 石材を砕いた得物エモノは握ったままだ。


 背後で ── 紙吹雪のように、色とりどりの花びらが舞い散った。なにこのエフェクト?


 暴れ馬の三度目のいななきは、今度は悲鳴に聞こえた。高く前足を上げる。怯えた馬面で右に急旋回。また、駆け出そ……


「なんだ? 騒がしい」


 店奥から出てきたのは、金物屋の主人だ。

 右手に金槌、左手に打ち伸ばしていた合金のナベ蓋……あの大きさは「樹海」でつかう特注だな。どんなコツがあるのか、金物屋が投げると百発百中の空飛ぶ鈍器フライング・デスメタル・ディスクになるんだ。

 ……… テカり、と、赤味の金属光沢。


 馬はまたあわてて向きを変えて、金物屋の主人と別方向へ。


「おう、またか?」


 肉屋から、若大将が出てきた。

 革エプロン(仕事着)は血と脂で濡れたまま。右手には軽々と大包丁。

 ……… ぽたぽた、切っ先から滴る、赤い雫。


 すっかり怯えた元・暴れ馬。キョロキョロ、とまわりを見回すが、背後から近づく小僧には気がついて無い。


「ほいっと」


 小僧── ハンター見習いの少年は、馬の首に飛び付くと片手に持つ布を馬の鼻に押し付けた。


 馬という生き物は鼻を押さえつけると大人しくなるらしい。それに…… あの布、何か薬が染み込ませてあるな。

 首を締められ鼻を押さえられた馬は、ビクリ、と震えて、すぐフラフラと足下がおぼつかなくなり、そのまま倒れそうに。


「おっと」


 金物屋の主人と肉屋の若大将が素早く駆け寄り、馬を支え、そのまま二人で肩に担ぎ上げた。


「このまま守備隊の厩まで運ぶか」

「だな」


 眠らされた馬はイビキをかいていた。




…… 開拓者の街ローグシー。


 大陸西部を切り拓いた先祖たちは、おそろしい魔獣と戦い、未知の病気、毒を何度も経験した。そんな中、はじめの頃は、異様な素振りで暴れ出した家畜を容赦なく殺したという。 牛馬を蝕む寄生生物や毒、奇病を疑ってのことだ。

 見分ける知恵も、災厄を制する力も、まだその頃は足りなかった。


 今はいろいろと事情は変わり、たとえ騒動になってもできるだけ家畜を傷つけまいとする。それで先ほどの門前広場の光景ありさまだ。



 もっとも、真に高貴で進んだ種族はすぐれた鼻をもち、耳がよく、夜目が効いて、ヒゲが敏感だ。ああした騒ぎになる遥か前に察しがつく。

 しもべ(ひと)は猛者ばかり増えて、まだまだだ。精進せよ。


 ただ、最近、牛馬の惑乱が目立つのは地元民の責ではない。チューオー人が悪い。

 近ごろすがたをよく見かける連中だが、自分の国から牛馬をそのまま連れて来るものがいて、これがまずい。

 魔獣になれない馬は西部の道道をおびえながら旅して、城郭都市に入れば入ったで、おし寄せる魔獣肉料理や魔獣素材の臭いにさらされることになる。

 さっきの馬は、門の辺りで、ハンターが持ち帰った『生々しい猟果』とそばになったかも知れん。


 混乱するだろうし、キレもするだろう。


 この西の街に住めばいやでも慣れるが。

 



 片手に大槌を持つ花屋の娘は、やってやったぜ! のいい笑顔だ。


 ── ごちん。


 げんこつをその頭に落とす、おかみさん。


「 こぉら ! 」


「いたっ!

 ちょっと母さん! 今回はちゃんと馬にケガをさせずに止めたじゃない!」


「石畳に大穴があいちまってるだろ。馬を脅かすくらいで、道を壊すんじゃないよ!」


 色とりどりの花びらも掃除させられた。

… 大槌を手押し車から抜いたとき、宙に飛ばしたやつだ。掃き集めが少し雑だ。どこかで一度使ったらしい。

 近ごろ、ローグシーの街では、花びらをまく結婚式が流行りなのだ…… 娘よ、まだ髪についておるぞ。



 ── 母子のやり取りを、広場のチューオー人たちは唖然と見ていた。

 騒ぎを起こした商隊の者たちも、たまたま居合わせた他国人も信じられないといった表情。入市の手続き途中の旅装の男たちも腰が引けていた。


 この街の住人は、馬をつかう者は馬より強くて当たり前と言うが、チューオー人は違うらしい。いざというとき、取り押さえることもできない獣を使役するとは、身の程知らずと言うべきか。



 ── ふむ? 見舞ってやるか。


 吾輩はふと思い立ち、のびた馬がかつぎこまれた厩舎の方へ歩き出した。屋根伝いだ。


 ああして意識を無くし、つぎにめざめるのが見知らぬ天井の下では心細かろう。場所はよく知っておる。愛らしくも気高い猫を目にすれば、安心するに違いない。


 それと ── ひょっとしてだが。

 吾輩が大きな忠臣(愛馬)を手に入れる好機かも知れぬ。


 … 気配があって横を見ると、あの商隊の主人おさのすがたがあった。

 同じ場所へ、道を急いでおる。


 吾輩はチューオー人を追い越し、高所を駆けた。


○チューオー人

中央人。大陸の中央諸国から来た難民や商人たちのことです。


話の舞台の大陸西部は、比較的最近になって開発が進んだ地域で、さらに西には危険な魔獣が巣食う樹海が広がっています。


これに対して大陸中央チューオーは文明先進国です。

西部の新興国家が力をつけ、大陸中央が輸入食料に依存するようになっても、中央諸国の人々は相変わらず、西の民を流刑人や貧民やならず者の末裔とみなし、魔獣の肉を食らう野蛮人と露骨に蔑む風潮がありました。


事態を一転させたのは、大陸中央を襲った未曾有の魔獣災害です。大国が事実上崩壊し、その他の中央諸国も突然、魔獣に脅かされるようになりました。



この話の時期、ある程度、社会情勢は安定しています。


大陸中央から、これまでつながりのなかった国や商会の人間が大陸西部を訪ねて来るようになり、被災地から再起のため移住したり、魔獣ハンターの修業に来るものも。


同時に事件もふえて、ほとんどなんの備えもせず、下位魔獣に襲われる商隊、暴れ馬のような騒ぎを起こす旅人が後を絶ちません。

かれらの後を追うようにして、中央諸国の野盗が進出の機会をうかがっている、とも噂されています。



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