「猫の王、触手なメイド?と遭遇する」
□□猫の王、触手なメイド?と遭遇する □□
吾輩は王である。街猫の王である。
唯一の王、故に名前は無い。
吾輩の朝は早い。猫だからと惰眠をむさぼっていては王とは言えぬ。
我輩の王土は『ローグシー』と人が呼ぶ、高い石の囲いの中だ。広いぞ。
人間たちは毎日よく働く。感心なことだ。
美しいヒゲも、尾もなく。ろくに鼻は効かず。ぺちゃんこな爪がじつにあわれだが、美点は素直に褒めたい。
すごくえらいぞ。
王土もよく手入れされておる。
激励してやらねば。
… ふらふら、屋根の上を歩くだけ?
甘く見るでないわ。
王土の五大難所 ── すなわち。
中央広場におる串焼き売りの惑わしのタレ、東商店街の裏のゴミ箱、麗しの白猫が顔をみせる南の御屋敷の出窓の下、愛おしき大教会の屋根上。そして、猫泉 ……
これらを巡るだけで、なみの猫では25時間は要る。
不動の心で征けるのは、王たる吾輩くらいだ!
[ふんす!]
* * * *
* * *
* *
ふっ。
── つまらん。
ローグシー、広すぎる。
だが、つまらんということは王土が平穏であるということだ。うん。
つぎは── む、ここは。
今日はおらぬか『屋根の上の金髪男』め。
晴れの日の昼はすがたを見せない── やはり、あやしい。
この場所へ、なにしに来るのかは知らん。
落ち着きのないやつで、見張っていると急に立って(誰もおらん宙に向かって)演説、だか待遇改善要求だかを大仰な仕草ではじめる。小声で早口でだ。
吾輩知っておるぞ。あのあやしさ、ヘンタイ紳士とかハンザイシューとヒトの云うのだ。
近くの子猫がさらわれないか警戒せねば。
「おい、なんだあのメイド?」
── ん?
「なんか、俺たちにビビッてるな」
── んん?
「ビビってる!」
「ビビってる!」
「ビビリ、にんげん!」
「なんだか、美味そうな匂いがするぞ!」
なんだ? 若猫どもが騒いでおる。
「ひゃっ! ね、猫ぉぉ⁉︎」
うん? メイドを街路でかこんでいるのか。
ほっつき歩いて、ひまなやつらだ。
だが── 王土の商店街の買い物客はまずいな。こわいのが出てくるぞ。
酒場の親父の、鎖鎌。
焼肉屋の女将の、飛び鉄串。
花屋の看板娘の、両手使いの大槌。
あいつら、遊び心を知らないからいやなんよな。
「いやあああ、猫、こわいいいい、あああああん」
なに? 愛らしい臣民から泣いて逃げ出すだと?
「ああッ!逃げた」
「逃げた、逃げた」
「追いかけようぜ!!」
・・・ にゃ〜にゃ、にゃあ〜〜
「集まれ、集まれ!!」
・・・ にゃ〜にゃにゃにゃ〜ふにぁあ!
「なんだか血が騒ぐぜ」
・・・ にゃにゃ、にゃあ〜 ごろごろにぁああ!!
しょうがない奴らだな。
だが、王者の度量で未熟を受け止めてやらねば。どれ、さりげなく注意を……
「ハ! 俺様たちの仕切る街で、逃げられるかよ!」
「「「追え追え追え!」」」
まておいこら。なんだ、俺様たちの仕切る王土、とは。売られた王位簒奪は受けて立つ ──、あれ?
なんてのろまな、、、いや足の遅いメイドだ。
それになぜ、せまい方へ、暗い方へ進む?
コワモテたちのいる商店街と真逆だぞ。
「ぴいいいいい、助けてえ、れえええええん」
たれ目のメイドが声を上げる、そっちは── 墓場の方だ。
れええん? とやらは墓穴掘りなのか?
まったく…… ここはひと ツ?
「ねー、あいつ、ヘビじゃなかった?」
「うん、あのヘビみたいだよね」
── 妙なやり取りが聞こえた。
吾輩が出そうとした『喝』が喉でつかえた。「あの」ヘビだと?
若い牝猫が二匹。仲間について行かず、近くの物陰で居すくんでいた。メイドへ向ける怯えた目……
おい、なんのことだ?
吾輩が問うと、若い牝猫たちはメイドのそばで感じたという、怪しい気配とおかしな臭いを口々に。ねぐらへ帰ることを命じた。
すぐさま若猫の集団を追った。
── あの、片目のジャイアントスネーク。
忌まわしき災いと同じものを、泣き虫メイドから感じただと⁉︎
《 悲鳴ごと呑まれる猫たち 》
── 惨劇の記憶が心を裂いて噴き出した。
《 鉄の鱗のヘビの魔獣。いったいどれほど遠くから、這い進んできたのか…… 忘れられた地下水路のその終点、魔獣が這い出た場所は、すでにローグシーの壁をくぐった市街地の中の廃屋の庭園 》
《 街猫たちが、真っ先に襲われたのは偶然だ。たまたま廃墟をねぐらにしてただけ。その群れの真っ只中へ、災いは突然飛び出してきた 》
《 吾輩にも大混乱はおさめられなかった。街猫に逃げる機会をつくったのはデブの「黒ぶち」。底意地悪い鼻つまみは、あの時、勇者の本質をみせた 》
《 鉄鱗へ最初に爪をたて、強者に果敢に戦う姿でもって、仲間の動揺を鎮めてみせた。死に物狂いの抵抗すら引き受けて── そのまま、行方知れずに 》
《 魔のヘビとの最期の戦の折。魔獣の大口の奥から「黒ぶち」は吐き出された。吾輩の目の前で、とろけた半消化は無残にくだ ── 》
吾輩の毛皮のうちが熱くなる。ふたたび魔獣が現れただと?
今度は人の姿で⁉︎
:: \!ズバン!//::
建物の向こう側から “弾け散る” 今まで聞いたことのない音が上がった。同時に異様な気配が押し寄せてきた。…… メイドたちが走り去った方向だ。
── まさか、わざと ⁇
愚かな猫をノロマなふりで、さびしい場所へ誘い込んだ⁈
何のために? あのメイドはまさか…
喰らい尽くすため??
許さん! この猫の王が阻むぞ!!
ナニカが体奥から沸き起こった。
おかしな力が毛皮の下に広がり、吾輩の尾の先が二つに裂けてゆく。
いいとも。
今度こそ、間にあうなら── どんなすがたになってもかまうものか!
ズバン、が聞こえた先から、われ先に若猫たちが逃げ戻ってきた。
いいぞ、そのまま退け!
牙をむいた顔で── すれ違う。
ギョッとなった若猫を置き去りにして、今、吾輩は小さな旋風。
助けるぞ! あきらめるな臣民よ! 今、猫の王が征く!!
走る‼︎ ── 何人捕らえられた⁉︎
走る‼︎ ── あと少しだ!
二又の尾が教えてくれた。メイドはこの先だ ── あと、猫は、
………あと。あ、
あれ?
「ふぅう、猫、もういない?」
最速で頭を下げた。
ぺたりと地に伏せる吾輩。
急停止…… よし。見られてないよな?
五体投地歩行、全速かつ無音で仕切り直しだ。
吾輩の二又の尾はぺったり伏せていたが、最後にしかと感覚した。
若猫たちはここにはもう、一匹もいなかった。
この辺りにいる猫は…… 吾輩のみ。
あわてて進みすぎた。
・・・
若猫め、無茶するよりいいがな。一匹も踏みとどまらずに逃げておった。『俺様たちの街』だろう、こら。
残る問題は後ろのメイド──
── 目に焼きついた異形のすがた。
青黒い太い触手が二十本近く、ウネウネグネグネと動いてまるで蛇の群れ。メイドは、ぬめる触手に取りかこまれて地面に座り込んでいた。そう見えた。
だが、メイドのからだの、腰から下こそがうごめく異形の群れの要。足が遅かった訳だ── あの二本足は変化だ。
あらわになった正体はケタちがいの『力の気配』を宿していた。大蛇魔獣など比較にならない。吾輩がツインテール化して、たとえ、百匹群れようとも敵うまい。
人に魔法で変化する触手の怪物。
真に魔獣と呼ぶべき恐るべきモノ。
おまえ、買物カゴ下げて街に出てなにやってる? なんで猫から逃げた?
…… あんなヤツどうにか出来るのは、ギルドのハンターくらいだ。なんとかメイドの正体を分からせて、けしか──
ん?
あれ?
なんか… 後ろがしずかだ。
怪物のすがたになって ── 暴れていない。
そーっと、這うのをやめて頭を上げた。
もうけっこう離れていたが…… ふり返ると、メイドではなく、そばの人間の子どもと目があった。
びっくりしたな。
いつの間に来た? こわくないのか?
子供は、泣き虫女を抱きかかえるようにあやす、いや、なだめていた。うぞうぞする、太い触手に囲まれて…… そっちは無視ですか。
── まねしてみた。
吾輩は、メイドと子どものやりとりに聴き入る。気づかれないように、たれ目のメイドを観察する。触手のうぞうぞは無視無視。
……おい。……なんだと?
あのメイド、本当に逃げていただけなのか?
しばらくして。たれ目のメイドは、子どもに手をひかれて去って行った。
「── 見極めねばならんな」
へなちょこで泣き虫でも、真に力ある魔獣がこの街でなにをしている?
墓穴掘り?の “れえええん”、と、やらが鍵か。
吾輩は王である。
王土の臣民の平和、そして、しもべの安寧のため、メイドの意図を知らねばならぬ。
しかし……… まずは “わび” ねばならぬな。いらぬちょっかいを出したのは吾が臣民だ。
猫の王は信義を重んじる。代わって、心よりわびよう。
**
「えと?── なにかしら、これ」
翌朝、とある家の玄関先で。
メイドがほうきを手に出ると、妙にきちんとした結び目で、小さな布の「つつみ」が表の地面に置かれていた。
ひろげると── ハトの産みたて卵がずらり十個。
[ ……ばさささささ。ばさっ、ばさ ばさっ]
《《 ポ、くるるるるるうぅ》》
「えっ? 卵?? … ちょ、まって、ちがうぅ‼︎」
「 囲ま── 痛い、痛、痛痛ッ!! 」
「ぴいいいい、たぁすけてえええ、れぇえええん‼️」
…… 城郭都市の朝を、一匹の黒猫が駆けていた。
王土のため人知れず悩み、陰より力をつくす猫の王。
いそがしい毎日… 心はつねに王道である。
黒猫(猫叉)目線の裏ストーリー!
本話のオモテ面、「蜘蛛の意吐」の外伝(全二話)は、こちら!
作者 NOMAR様
「あたしとたれ目のお姉さんの秘密の触手」
https://book1.adouzi.eu.org/n8834hc/
スキュラのメイドさんはなぜ人間の街にいるのか。「レエエエン」とは何者か。
お話はここからはじまります。
作者 NOMAR様
「スキュラおねえさま、参上」
https://book1.adouzi.eu.org/n4627ff/2/
……「蜘蛛の意吐 欄外スピンアウト集」にて、逐次新エピソードを掲載。




