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038.お兄ちゃん、褐色少年と再会する

「あ、あの人は……」


 それは、たった1度きりの記憶。

 おととしの夏、実家の近くの海で、ひと時のバカンスを満喫していた時に出会った不思議な笛吹きの少年。

 あの頃よりも、随分と身長が伸びているし、格好もオリエンタルな正装ではあるが、間違いない。

 たくさんの貴族令嬢に囲まれながら歩いてくる彼は、やはりあの少年だった。

 なんで彼がこんなところに……。

 と、そんなことを考えながら眺めていると、ふと彼と目線が合った。

 瞬間、口の端がつり上がる。


「よう、お嬢様」

「ハンス!! ……ですよわね?」


 貴族令嬢の囲い込みを華麗にすり抜けてきた彼は、僕の手を取ってそのままキスをした。


『なっ!?』


 瞬間、後ろで挨拶をしあっていた男子連中の声が重なったのが聞こえた。


「お前、人の婚約者に……!!」

「おっと、レオンハルト王子か。どうせ、お嬢様は、聖女候補だろ? 聖女といえば、みんなのもんだ。独占するなんて懐が狭いぜ」

「あ、あなた。誰なんですか?」

「アミール王子……」


 フィンの言葉に、そう返したのは、当の本人ではなく、エリアスだった。


「エリアス。知っているのか、この男を?」

「え、ええ。砂漠の国サフランの第3皇子、アミール様です」

「砂漠の国……だと?」

「久しぶりだな。エリアス。シャムシールも随分でっかくなったな」


 そう言って、シャムシールの頭をワシワシと撫でるハンス……もといアミール。

 突然の事についていけないが、どうやら彼の素性は、エリアスが言っていた通りのようだ。

 反応を見る限り、エリアスが以前話していたシャムシールを贈ってくれた人、というのが、このアミールなる人物らしい。

 そして、その名前に、僕は聞き覚えがあった。


(まさか、あのハンスが、攻略対象の一人、アミールだったなんて……)


 そう。アミールの名は、攻略キャラの一人として、妹から聞いていたものだった。

 よくよく考えてみれば、妹から聞いていた身体的特徴とも一致する。

 むしろ、今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。

 目の前にいる4人の美少年。

 紅の国の王子レオンハルト。

 碧の国の王子エリアス。

 公爵家の嫡子フィン。

 そして、砂漠の国の王子アミール。

 全員が全員、攻略対象キャラであり、並んだ姿はまさに壮観……まさに、乙女ゲームのパッケージのようだった。

 ここに、さらにもう1人の攻略対象キャラが加われば、全員集合ということになる。

 なんだか、ようやくゲームが始まるのだ、という実感が湧いてきてしまうなぁ。


「アミール王子。入学早々、少々はしゃぎすぎではないか?」

「悪いが、自由気ままなのが、俺の主義でね。それに、お嬢様とは、顔見知りでね」

「そうなのか、セレーネ……?」

「あ、はい、以前、一度だけ……」

「だとしても、少々馴れ馴れしすぎる」

「まあまあ、そう邪険にすんなよ。仲良くしようぜ。大将」

「やめろ。肩を組もうとするな」


 どうやらウマが合わないらしいレオンハルトとアミールの様子をボケーっと眺めていたら、またも、会場の一部がざわつき出した。

 もしや、最後の攻略対象キャラか?

 と思いつつ、そちらを眺めると、違った。

 そこにいたのは、少女だった。

 貴族たちが着る豪奢なドレスとは違い、学園の制服を身に纏った小柄な少女。

 光の加減で、少しオレンジ色に見える茶髪のセミロングヘアーをした、いかにも可愛らしい娘だ。

 一目見てわかった。

 彼女こそ、きっと。


「本物のヒロイン……」


 この『デュアルムーンストーリー~紅と碧の月の下で~』のヒロイン──つまり主人公となるプレーヤーの分身。

 設定では、平民ながら、魔力解放の儀にて白き魔力を持つことが判明し、学園へと入学させられることになったということだったが……。

 なるほど、制服なのはドレスを持っていないからか。

 パーティー会場の中で、彼女は明らかに浮いていた。

 ぽつんと空間が空いたように彼女の周りだけ誰もおらず、遠巻きに、貴族の子女達がクスクスと笑っている。

 確か、妹の話では、平民ながら学園への入学を許可された彼女は、貴族の令嬢達からやっかまれ、入学早々因縁をつけられるのが既定路線だそうだ。

 そして、それを救うのがレオンハルト。

 令嬢達に取り囲まれ、威圧的な態度を取る令嬢達の姿を不快に感じたレオンハルトが、彼女の前に立ちはだかり、助けるのだ。

 それが、2人の最初の出会いになり、レオンハルトルートのスタートとなるイベントという話だった。

 だが、そのイベントは起こり得ない。

 なぜなら、そのいじめの首謀者が、ここにいるから。

 何を隠そう。ヒロインいじめの筆頭となるのは、この僕、悪役令嬢セレーネ・ファンネルだ。

 そのセレーネがここでボケーっとしているのだから、いじめが始まることもない。

 レオンハルトとこの時点で出会わないことによる弊害もあるかもしれないが、それを誘発するためにヒロインをいじめるのも本末転倒だ。

 だから、今回は何事もなく終わるはず。

 そう考えていたのだが……。


「おいおい……」


 まさか、と思った時には、すでに、5人ほどの貴族の令嬢グループがヒロインを取り囲んでいた。


「ねえ、あなた」

「あ、はい?」


 グループの中でも、とりわけ派手で真っ赤なドレスを着た一人が、ヒロインへと話しかける。


「制服でパーティーに出席するなんて、何を考えていらっしゃるのかしら」

「え、えっ、ダメなんですか?」

「当然でしょう? 入学パーティーにドレスを着て来ないなんて、マナー違反にもほどがありましてよ」

「ご、ごめんなさい。私、ドレスを持っていなくて」

「ふんっ、これだから平民は」


 やれやれと、派手な令嬢が肩を竦めると、周囲の取り巻き的な令嬢たちがクスクスと笑った。

 明らかに嫌な空気だ。

 でも、首謀者の僕がいないのに、なんでこんな事態に。

 やはり世界の強制力が働いて……。


「まったく、こんな教養の欠片もなさそうな娘が聖女候補なんて」

「そうですわ。聖女は、碧の国の公爵令嬢、セレーネ様に決まっていますのに」

「ええ。セレーネ様が見せた白の魔法は実に見事なものでしたわ」

「本当。セレーネ様と競おうなどと、あまりに不遜です。恥を知りなさい」

「えっ、えっ……」


 ぼ、僕のせいだったー!!

 そ、そういえば、あの令嬢グループの顔、それぞれどこか見覚えがある。

 もしかしたら、ミアちゃんを助けた時に居合わせた娘達かもしれない。

 僕が不用意に力を使ってしまったせいで、彼女達は、僕が本物の聖女だと疑いようもなく思っているらしい。

 ますます、強くなる口撃に、ヒロインの少女は、どんどん縮こまっていく。

 そ、そうだ!!

 予定とは違ったけど、こんな状況になれば、きっとレオンハルトが……!!


「あの、レオンハ……」

「だから、セレーネに馴れ馴れしく話しかけるな! 破廉恥な男め!」

「おいおい、嫉妬か? みっともないぜ、大将。俺にどうこう言うより──」

「え、えーと……」


 なぜだか、レオンハルトとアミールは、僕との接し方で口論になっているようだ。

 それぞれを宥めるフィンとエリアスを含めて、広間での騒ぎには全く気付いていない。

 男どもは頼りにならない。

 ああ、もう、こうなったら……。

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