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272.お兄ちゃん、名づけをする

「必要なものはおおよそ揃っているはずだ」


 コリックがそう言う通り、子育て用に用意された部屋の中には、大概の子育て用品が揃っていた。

 ベビーベッドにベビーチェア、ベビー服、おもちゃなんかもかなりの数用意されている。

 食事や排泄に関係する生活用品も十分に揃っており、子育ての準備は万全と言ったところだ。

 いや、それどころか、赤ん坊にはまだ到底必要ないような、書物の類なんかも壁一面に用意されている。


「確かに揃ってはいますが、少々気が早いのでは……」


 クローゼットの中にあった、明らかに小学校高学年くらいが着る丈の衣服を眺めるにつけ、ますますそう思う。


「気が早いということはない。黒の王は、一見では普通の赤子のように見えるだろうが、その成長速度は人間の比ではない」

「そうなんですの?」

「ああ、数か月もすれば、今のお前よりも大きくなるだろう」

「はへー」


 そんな高速で成長しちゃうのか。

 おばさんになってしまうかもと思っていただけに、ありがたいことではある。

 とはいえ、子ども時代が短いって、幸か不幸か、なんとも言えないなぁ。


「私にはやることが山とある。あまりお前の手助けはできんが、その代わりにこの"リグ"達がいる」

「リグ!」


 ひょこひょことした仕草で手を挙げたのは、あの小間使い型の魔物。

 どうやら、鳴き声そのままリグという種類の魔物らしい。

 パチッとコリックが指を鳴らすと、どこに待機していたのか、他にも5匹ほどのリグが次々と現れては、挨拶するように片手を掲げた。


「普段から城内の雑務はこいつら任せだ。お前も必要な事があれば、こいつらに申しつけるといい」

「わかりました。頼りにさせていただきますね」


 そう言って、笑顔を向けると、リグ達はなんだか嬉しそうに「リグッ!」と鳴いた。

 うん、結構愛嬌あって可愛いな、こいつら。


「一応言っておくが、この城から出せなどと命令しても、こいつらは絶対に聞かんからな」

「わかっていますわよ」


 この城から簡単に脱出できるとは思っていない。

 そもそも城から出られたとして、ここは黒の領域のど真ん中なのだ。

 森の中には、多くの魔物達が跋扈しており、腕輪のせいで白の魔力を自由に使えない僕ではひとたまりもない。


「自分の立場はちゃんとわかっているつもりですわ」

「やけに聞き分けが良いな」


 若干、勘繰るような視線を感じるが、僕は努めてポーカーフェイスでやり過ごす。

 そう、僕には一つ考えがあった。

 視線を赤子へと移す。

 お腹がくちくなって、満足げな表情で眠る天使。

 僕が親代わりをするならば、この子をただただ真っ当に育てればよいのだ。

 メランとコリックは、この子が先代のような黒の王になることを期待している。

 でも、そんな風には、絶対にさせない。

 きちんとした教育を施して、善悪の判断ができるしっかりとした人格者に育て上げる。

 そうすれば、例え、黒の王としてこの子が君臨したとしても、他の国と戦争するのではなく、和平を目指して話し合いでの解決だってできるはずだ。

 それこそが、今できる唯一にして、最も未来志向な行動だと僕は考えていた。


「まあいい。とにかく、黒の王の世話はお前に任せた」

「承りましたわ。あ、そうだ!」


 その時、僕はふと気づく。

 そうだ。この子には、まだ名前がないじゃないか、と。


「この子の名前、どう考えていますの?」

「"黒の王"ではいかんのか?」

「いや……」


 それは、ただ"黒の国を治める者"という意味であって、名前ではないだろう。


「子どもを育てるには、きちんとした名前が必要ですわ」

「そういうものか……」


 ふむ、と熟考する様子を見せたコリックだったが、すぐに諦めたようにかぶりを振った。


「子どもの名前など、私には思いつかん。お前が好きにつけろ」

「えっ!? 良いのですか……?」


 あんたらの親玉になる人の名前なんだけど……。


「別に構わん」


 関心なさすぎるだろ。

 もし僕が、ニャホニャホタマクローとか命名したらどうすんだよ。

 黒の王"ニャホニャホタマクロー"だぞ。

 威厳もへったくれもないぞ。しないけど。

 とはいえ、うーん、真面目に考えると、確かに名づけって難しいな。

 ペットに名前をつけるのとは、重みが違うというか……。

 その時、ふと赤子の灰褐色の髪が揺れた。

 灰……アッシュグレイ……。


「"アシュレイ"……なんて、いかがでしょうか?」


 髪色のアッシュグレイを縮めて、アシュレイ。

 うん、なんかちょっと中二っぽい響きもあって、よきではなかろうか。

 それに、黒と白が混じった灰色というのも、なんだか二つの国の架橋になりそうなイメージで悪くない。


「それでいい」


 相変わらずの関心の無さで、コクリと頷くコリック。

 まったく、あんたも出産に立ち会ったとあらば、一応は親代わりみたいな立場とも言えるだろうに……。

 まあいい。

 許可が出たのならば、この子は"アシュレイ"で決まりだ。


「あなたの名前はアシュレイでちゅよー。これからよろしくね」


 眠り続ける赤子に、語り掛けるようにそう呟く。

 うん、なんだか、自分で名前を付けると、妙に愛着が湧いてきてしまった。

 元より、彼は僕の白の魔力の影響で生まれたとも言えるわけで、仮とは言え、息子みたいなものだ。

 どうせなら、いっぱい手を掛けて、立派に育てあげてやろう。

 メランやコリックが、この子に未来を賭けるように、僕もまた未来を賭けるのだ。

 みんなが幸せになれる、そんな未来を。

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