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235.お兄ちゃん、騎士の正体を知る

「それでは、セレーネ様。私はこの辺りで」

「ええ、ルイーザさん。ごきげんよう」


 寮への道の最中、ルイーザと別れの挨拶を交わした僕は、一人ポツンと道に取り残された。

 春の温かな夜風が、頬をすり抜けていく。

 見上げれば真っ赤なお月様が、僕と同じようにポツンと浮かんでいた。

 その月を眺めながら、僕は心の中で、さっきのルーナの話を反芻していた。

 彼女が聖女になりたいという理由。

 それが、みんなから僕を取り上げないためだということに、僕は衝撃を受けた。

 ルーナの自己犠牲精神を知って、彼女の事を尊敬すると同時に、自分自身の事をあまりにも情けなく感じていたのだ。

 破滅エンドがあるかもしれないから、聖女になるべきではない。

 そんな体のいい理由で、結局は自分自身の人生が奪われることを僕は拒んでいたのだ。

 でも……。

 グッと、拳を握りしめる。

 それでは、いけない。

 ルーナは僕にライバルと認めて欲しがっていた。

 僕だってそれは同じだ。

 ルーナにとって、ライバルと思ってもらえるような自分でありたい。

 胸の中に熱い何かを感じる。

 そうだ。僕も全力で、聖女を目指すべきなんだ。

 そうすれば、ルーナだって……。


 ──コツコツ


 足音が聞こえた気がして、僕は振り向いた。

 同時に、あまりに先ほどの話に似通いすぎていて、僕は面食らっていた。

 だって、僕の目の前にいたのは……。


「暁の騎士……」

「セレーネ・ファンネル。少し話をさせて欲しい」


 銀の仮面を月夜に光らせながら、彼はほんの静かな声で、そう言ったのだった。




 学園内にいくつも設置されているベンチ。

 その一つに横並びに腰掛けた僕らは、一緒に月を見上げていた。

 赤々とした紅の月の下、ちらりと横を向けば、同じく紅蓮に燃える髪をした暁の騎士の顔が近くにある。

 仮面越しの瞳は、どこか言葉を発することを躊躇しているようにも見えた。


「ルーナの様子はどうだ?」


 ようやく絞り出したらしいその言葉は、ルーナの事を労うものだった。

 とはいえ、どことなくそれは、彼の本当に言いたいこととは違っているようにも感じる。


「とても頑張っています。これ以上はないくらい、真剣に苗と向き合っているように思いますわ」

「そうか」

「心配ですの? でしたら、傍にいてさしあげれば宜しいのに」


 先日ちらりと出会った時も、彼はルーナと言葉を交わすことすらしなかった。

 フッと、鼻で笑うようにしながら、彼は視線をわずかに下げる。


「今回の試験、私が手伝えることは何もないからな」


 いや、確かに白の魔力は聖女候補以外には使えないけどさ。


「近くにいて下さるだけでも、心強く感じることだってありますのよ」

「君やルーナの友達ならば、そうなのだろう」

「あなただって同じですわよ。だって、これまであんなに熱心に──」

「違う!!」


 否定の言葉は、これまでの落ち着いた口調とは違って激しいものだった。

 半ば叫ぶようなその声に、思わずびくりと身体が震える。

 いつだって、どこか落ち着いた物腰だった彼の、初めて見せる激情。

 それは、ずっと彼が抱えていたモヤモヤしたものを吐き出すかの如く感じられた。


「私は、ルーナを……」

「ただ利用しているに過ぎない、とおっしゃるのですか?」


 ふぅ、と息を吐きつつも、僕は続ける。


「ルーナから、あなたと出会った時のことを聞きました」

「そう……か」

「レオンハルト様と私の結婚のため、というあなたの目的は確かに不健全なものだったかもしれません。でも、ルーナはあなたと一緒に臨む聖女試験を本当に楽しんでいました。辛いところを隠していたのはそうかもしれませんが、あなたという人間を信頼し、感謝していたのは間違いありません」


 暁の騎士との出会いを語るルーナは、どこか大切な思い出を語るように楽し気だった。

 彼女にとって、この騎士が必要な人間だったことは間違いない。

 僕の言葉に反応してか、彼はゆっくりと懐から何かを取り出した。

 中央にまるで太陽かと思しき真っ赤な宝石の設えられたアクセサリー。

 それには見覚えがあった。

 ジ・オルレーンの橋梁バザールで、ルーナが購入していたものだ。

 手の平の上のそれをほんの少しの時間だけ眺めた彼は、ゆっくりと指を閉じる。


「ルーナの人の好さにつけこんだのには違いない」

「そんなにも苦しい想いをして、なぜあなたは……?」

「それが己の目的を達成するのに、どうしても必要な事だったからだ」


 主君への忠誠……なのだろうか。

 でも、別に僕とレオンハルトは本気で結婚したがっているわけじゃない。

 あくまで、子どもの頃に交わした約束事に従っているだけだ。


「わかりません。近衛騎士とはいえ、どうしてそこまで……」

「それは──」


 突然、立ち上がった暁の騎士。

 彼はほんの3歩だけ前へ出る。

 夜風に靡く紅のマント。

 ほの紅い月に照らされる中で、彼はその銀の仮面を外した。

 そして、ゆっくりとした動作で振り返る。


「これが、その理由だ」

「あっ、ああ……」


 夜の暗闇に浮かび上がる深紅の赤。

 それは、まごうことなき紅の王子の姿だった。

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