229.お兄ちゃん、ヒロインの部屋を訪ねる
「……はぁ」
春の陽気に似つかわしくないような、陰気なため息が僕の口から漏れる。
ルカード様から会うことを拒絶されたという事実は、思った以上に僕にとってダメージが大きかった。
僕の事をいつも気にかけてくれて、どんな時も穏やかに、優しく接してくれたルカード様。
真面目過ぎて、どこか放っておけなくて、なんだか抜けたところのある兄のような存在だと、いつしか僕は彼の事を認識していた。
そんな彼だからこそ、突き付けられた事実は、僕の心に重くのしかかっていたのだ。
「セレーネ様、どうかなさいましたか?」
そんな僕の様子に、心配そうに声をかけてくれるルイーザ。
いかんいかん。
学園の人達にまで落ち込んでいる様子を見せるわけにはいかない。
さすがに一晩立って、少しは気持ちも落ち着いてきた。
いつまでも、こんなままじゃいけない。
気持ちを切り替えるように笑顔を作ると、僕はルイーザへと微笑みかけた。
「大丈夫ですわ。少しあくびが出てしまいましたの」
「それなら、宜しいのですが……」
それきり、なんだか会話に詰まってしまう僕とルイーザ。
それもそのはずで、今日はいつも会話の狂言回し的な役割を担ってくれている彼女がいなかったからだ。
「今日も休みですのね。平民は」
どこかつまらなそうにそう呟くルイーザ。
暁の騎士と出会ったあの日以来、ルーナは授業に姿を見せていなかった。
別れ際に見せた、決意に満ち満ちた表情が胸をよぎる。
大方、シーダの芽を出すために悪戦苦闘しているのだろうが、さすがにこれだけ長く顔を合わせていないと心配になってくる。
「ルイーザさんも心配ですのね」
「べ、別にそういうわけではありませんけれど……!」
「今日の放課後辺り、ルーナの寮まで様子を見に行きましょうか」
「セ、セレーネ様がそうおっしゃるのでしたら!」
あからさまに乗っかって来るルイーザ。
やはり彼女もルーナがいないと、調子が出ないようだ。
約束を取り付けた僕とルイーザは、放課後さっそくルーナの住む北側の寮へと向かった。
実は、ルーナの住む寮へ行くのは、これが初めてだった。
というのも、アルビオン学園の寮は、ある程度身分によって区分けがされている。
僕のような家格の高い令嬢が生活する中央の寮、ルイーザのような中級クラスの家の者が住む南側の寮、そして、ルーナがいる北側の寮に住むのは、その多くが下級貴族の者達だ。
あまり馴染みのない道を歩いていくと、やがて僕らは社宅のように、同じデザインの建物が並んだ一角へとたどり着いた。
貴族の絶対数で見ても、下級貴族はもっとも多い。
学園を構成する生徒達の半分以上が下級貴族であり、そんな彼女らは平民と変わらないような狭い部屋での生活を余儀なくされているというわけだ。
ワンフロアほとんどまるまる自分の部屋として活用できる僕が、如何に恵まれた立場にあるかわかるというもの。
「ルーナちゃんの部屋はどこかしら」
初めて来る場所だ。部屋がどこか以前に、どの建物かすらも僕らにはわからない。
「困りましたわね……」
誰かに尋ねたらわかるだろうか。
そう思って、少し待っていると、たまたま見知った顔がその場を通りかかった。
「セレーネ・ファンネル?」
意外なところで意外な人物を見たとばかりに、目をしばたたかせているのは下級貴族であるシュキだった。
ちょうど良い。彼女なら、ルーナの部屋を知っているはずだ。
「シュキさん。ごきげんよう」
「セレーネ様がこんなところに来るなんて、ルーナの事ですか?」
「ええ。そうなのです」
どうやらシュキの方も、ルーナの現状は認識しているようだ。
「しばらく顔を見ていないので、心配になってしまいまして」
「ルーナなら、部屋にいますよ。一緒に行きます?」
そう言って、手に提げたバッグを掲げるシュキ。
どうやら、ちょうど彼女もルーナのところに差し入れを持って行くところだったようだ。
「お願いします」
「じゃあ、ついてきて下さい」
こうして、シュキに連れられる形で、僕とルイーザもルーナの部屋へと向かうことになった。
建物の隙間を斜めに突っ切るように歩いていくと、ほどなく辿り着いたのは、多くの建物の中でも特にこじんまりとした小屋だ。
ちょっとしたコンドミニアムのような他の建物と違い完全な一軒家。
だからといって、けして広いというわけではなく、見ようによっては馬小屋か何かのようにも見えてしまうほどに粗末なものだった。
ルーナのやつ、こんな場所で暮らしていたのか……。
一応は聖女候補だというのに、もう少しマシな部屋はあてがわれなかったのだろうか。
これじゃ、使用人の部屋と言われても納得してしまいそうだ。
ポカンとしている僕とルイーザとは違い、何度も来た事があるらしいシュキは、慣れた様子でその石造りの建物に近づいていった。
そして、部屋のノックする。
すると、「はーい!!」と元気な声が返ってきた。
いつもと変わらない反応に、少しだけホッと胸を撫で下ろす。
「ルーナ、入っていい?」
「うん、鍵は空いてるから!!」
一応という感じで呼びかけたシュキは、ルーナが返事をすると同時に、すぐさま扉を開いた。
やや立て付けの悪い扉が、ギィっと音を立てて開く。
その先にあったのは、外観からのイメージそのままのつつましやかなワンルーム。
そして、こちらに背を向け、なにやら必死に唸っている制服姿のルーナ。
「これ、とりあえずすぐ食べられそうなものを買ってきたわよ」
「うわぁ、このパン好きなの!! ありがとうシュキちゃん!! 一口だけお先に、もぐもぐ…………って、ベベーバざまっ!!!!!?」
ようやく僕がいることに気づいたらしいルーナは、パンを頬張ったまま、素っ頓狂な声を上げたのだった。
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