181.お兄ちゃん、王子を信頼する
「不安か。セレーネ?」
馬車の中、対面に座ったレオンハルトが少し心配そうな顔で、僕へと問い掛けた。
あの救出劇からこっち、彼は出来る限り、僕と行動を共にするようにしてくれている。
よほど僕の事が心配なのか、外出する時は、わざわざ僕の部屋の前まで迎えに来てくれるほどだった。
なんというか……めちゃくちゃ大事にされてる気がする。
本当にレオンハルトは優しい。
「ありがとうございます。レオンハルト様」
感謝を込めて、ニッコリと笑顔で返すと、レオンハルトは少しだけ目を逸らしつつ頷いた。
「安心しろ。何があっても、必ず俺が守ってやる」
そう言いながら、彼は抱きかかえるようにした剣の柄にわずかに手を掛けた。
炎を象ったような鍔飾りをした深紅の剣。
それは、紅の国の王族に代々受け継がれてきた、いわゆる聖剣というやつだった。
名をレーヴァテインと言うらしい。
剣戦での優勝を機に、父王に認められたレオンハルトは、この剣を継承した。
確かに、レオンハルトの腕前に聖剣の力が加われば、鬼に金棒だろう。
それに僕には、信頼できる護衛がもう一人いる。
再び馬車の外に視線を向けると、そこにあったのはクレッセントに跨り、他の護衛を率いるように先頭を行く僕のメイド騎士の姿だ。
アニエス・シェール。
今回の事件で、一番の心労を抱えたのは、間違いなく彼女だろう。
父親であるアルガム・シェール騎士爵が邪教に関わっており、聖女候補を誘拐した。
その事実は、ただでさえ傾きかけていたシェール騎士爵家を取り潰すには十分な出来事だった。
アニエス自身も邪教に関わりがないか、国から何度も半ば尋問めいた質問を受けたと聞いている。
事実関係を整理したところ、アニエスが邪教とは無関係ということが一応は証明されたわけだが、爵位の剥奪は止むを得ず、騎士を続けることも、僕の護衛も続けることも難しい状況になってしまった。
それでも、彼女がこうして今ここにいるのは、僕がどうしても彼女に護衛をして欲しいと強く要求したからだ。
もちろん反発の声はあったが、護衛対象自らの希望、そして、それをレオンハルトや陛下が後押ししてくれたこともあり、アニエスはなんとかこれまでの鞘に納まることができた。
彼女自身は思うところがあったのか、けじめをつける意味でか、長い髪をバッサリと切った。
突然断髪して現れた時は驚いたが、凛とした彼女の姿は僕にとって、本当に格好の良いものだった。
そうそう。アニエスの妹達だが、彼女らは母親の元に引き取られることになった。
元々、アニエスの母親は、男児を産めなかったことが原因で、シェール騎士爵との関係には亀裂が生じていた。
その結果、半ば離婚するような形で実家に戻っていたのだが、その実家の方に、妹達は引き取られることになったのだ。
母親の実家は男爵家だが、それなりに領地に恵まれており、3人の娘を養う程度の余裕は十分にあるそうだ。
というか、元々母親は妹達を引き取りたがっていたようなのだが、娘を結婚の道具として扱おうとしていた騎士爵が拒否し続けていたというのが本当のところらしい。
そんなわけで、妹達の件はひとまずは大丈夫。特に長女のシルヴィは、上手くいけば、今度の春にはアルビオン学園への入学も許可されることだろう。
改めて、本当に色々な事があった。
白の国に帰れば、ルカード様に報告しなければならないことは山ほどある。
ちょうど聖燭祭の時期に重なるし、他の事で煩わしい思いはさせたくないのだが、こればかりは仕方ないか。
「あっ、そういえば……」
色々な事が頭の中でグルグル回る中、僕はふと思い出した。
「あの、レオンハルト様」
「何だ?」
「いえ、その、剣戦の前におっしゃっていた事を思い出しまして……」
そうだ。色々あって忘れていたが、剣戦の前日の事。
レオンハルトは、優勝したら僕に聞いて欲しいことがあると言っていた。
今更ながら、それを思い出した僕は、ちょうど目の前にいる彼に問いかけてみたわけなのだが……。
「まだ、いい」
「えっ……?」
真鯛? じゃなくって、まだ、いい、って……。
「今は、その時期じゃないとわかった。だから、悪いが、それを伝えるのはもう少し後にさせてくれ」
彼は再び、逆手に握った聖剣の柄を強く握りながらそう言った。
あっ、ふーん、そうなんだ。
………………。
あれ、なんだろう。なんで、僕、残念に思ってるんだ……?
いや、きっと、彼が何を伝えようとしたのか、気になってるだけだよな、うん。
なぜだか釈然としない気持ちになった僕は、少しだけの悪戯心もあって、ふと立ち上がり、彼のすぐ隣へと腰を下ろした。
「お、おい……」
「こちらに座りますわね。私」
「……好きにしろ」
そのまま僕は、レオンハルトの肩に頭を預けた。
彼に触れると、心がフッと軽くなる。
なんだか、このたった数日の間に、レオンハルトの近くにいると僕はすっかり安心できるようになってしまった。
色々不安な事は多いけど、彼と、そしてアニエスがいてくれれば、きっと僕はこれからも大丈夫だろう。
「頼りにしています。レオンハルト様」
ボソリと呟くように言った僕の言葉。
彼はどこか恥ずかしそうに窓の外に視線をやりながらも、「ああ」と小さく言葉を返したのだった。
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