171.お兄ちゃん、追いかけられる
「セレーネ様はどちらに?」
いつもの仕事着へと着替えた私は、真っ先にセレーネ様が観戦していた貴賓席へとやってきていた。
警護にあたっていた騎士達に聞くと、闘士メランの治療のために救護室へ向かわれた後、まだ帰っていらっしゃらないらしい。
なんとなく嫌な空気を感じた私は、足早に救護室に向かう途中で、とあるものを見つけた。
「これは……」
貴賓席から救護室へと向かうちょうど中間あたり。
人通りのもっとも少ない通路の隅に落ちていたのは、セレーネ様が普段から着けているバレッタだった。
碧の国の原産である碧石を加工したそれは、昨年の誕生日にフィン様から贈られたもので、セレーネ様はとても大事にされていた。
それをこんな場所に落としてしまうなんて、普段のセレーネ様ならば、絶対にありえない。
「まさか」
その時だった。
馬の嘶く声が聞こえたと同時に、二頭の馬に牽かれた馬車が、コロッセオから走り去って行く姿が見えた。
反射的に、私は紅の魔力によって視覚を強化すると、その荷台を睨みつける。
「セレーネ様!?」
一瞬、幌が翻った瞬間に、ちらりと見えたあの服。
全身が見えたわけではないが、間違いないセレーネ様だ。
人攫いか? いや、考えるのはあとでいい。
通路からコロッセオの外へと飛び出すと、私は徐々に小さくなっていくその馬車を追いかけた。
だが、いかに魔力で脚力を強化しているといっても、これだけ距離が離されてしまっていては、とても追いつくことができない。
一向に縮まらない距離に歯噛みしていると、いつしか軽快な足音が私の耳朶を打った。
そして、横合いから私を追い抜くようにして現れた影。
「クレッセント!?」
そう。それは、セレーネ様の愛馬であるクレッセントだった。
主人の危機を感じ取ったのか、王城の馬房で繋がれていたはずのこの馬は、その艶やかな栗毛を揺らしながら、前を行く馬車に向かって駆けていた。
そして、乗れとでも言うように、私へと視線を向ける。
「助かる!!」
走る勢いのままに跳躍すると、私はクレッセントの背へと飛び乗った。
すると、速度がグッと上がる。
2匹いるとはいえ、荷台を引いた馬車はそれだけ遅くなる。
多少距離があろうとも、これならば追いつける。
「セレーネ様!! 絶対にお助けします!!」
主人の愛馬と共に、私は町中の道を全速力で駆け抜けていった。
ついにこの時が来たな。
再び上がった武舞台。
そして、これがこの剣戦で上がる最後の武舞台になる。
決勝戦。目の前に立つのは、金色の獅子の面を着けた男。
筋骨隆々の肉体には、歴戦の傷が刻まれ、魔力だけに頼らない、確かな筋肉が見て取れた。
あのアニエスすらも届かせなかったこの闘士は、間違いなく、他とは一線を画した力を持っている。
威風堂々としたその佇まいを見ていると、挑戦者はこちらだと思わせられるようだ。
ふっ、父上の言ったように、本当にまだ見ぬ強者というのはいきなり現れるものらしい。
"強者"という言葉に、一瞬、あのメランの顔が脳裏をよぎったが、すぐに振り払う。
あいつは違う。少なくとも、信念のある真の闘士ではない。
不完全燃焼の準決勝の事を振り切り、俺は貴賓席の方へと目をやった。
本来なら、セレーネがいるはずのその場に、彼女の姿は見えない。
準決勝でアニエスが怪我でもしていたのだろうか。
治療を終えれば、じきに戻って来るはずだ。
戦いを全て見せられないのは残念だが、それで実力を発揮できないほど、やわなメンタルじゃない。
いよいよブロードソードの柄に手を掛ける。
以前使っていたものは前の試合でボロボロになってしまったため、予備のものを使っているが、支障はない。
試合開始と共に勢いよく剣を抜き放った俺は、速攻で仕掛けた。
様子見などしていても、何もわからない。
ならば、まずは、この男の実力を肌で感じてみるのみだ。
「はぁっ!!」
上段から打ち付けるような剣撃を金獅子は軽く受け止める。
魔力は纏っているようだが、騎士団長のように、俺にも視認できるほど密度の濃い魔力ではない。
つまり、この男の身体能力強化の上昇幅はそれほど高くないはずなのだが、まるで地面に根でも這わせているのか思うほどに、一歩も引く気配がない。
見た目通り、素の肉体の方も相当鍛え上げているということだ。
「ふっ……」
笑みが漏れた。
やはり、この男は強い。
決勝で戦うのに、相応しい相手だ。
「はぁあああっ!!」
集中力を高め、俺は目の前の黄金の獅子へと強く剣を振り抜いたのだった。
殺伐とした展開が続きますが、もう間もなく剣戦編もラストです。その後は、再び学園に戻ります。
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