152.お兄ちゃん、メイドの手腕を誇らしく思う
最後に現れたやや恰幅の良い老齢のメイド。名をコウと言うらしい。
アニエスが生まれるずっと前から騎士爵家に仕えているらしく、たった一人で、家の仕事を一手に引き受けてきたそうだ。
なんというか、メイドというよりは、家政婦さん、と言った方がしっくりくる印象だな。
「さあさ、お嬢さん。飲んで下さいな」
「あ、はい、ありがとうございます」
客間に通された僕は、コウさんから暖かそうに湯気の立つカップを受け取ると、口をつけた。
レモンティーだ。それほど高級というわけではなさそうだけど、丁寧に温められたカップに注がれたそれを飲むと、どこかホッとした気分になる。
「ふふっ、アニエス様が、こんなに素敵なお友達を連れてくるなんてねぇ」
「コウさん。セレーネ様はお友達ではなく、私がお仕えしている……」
訂正しようとするアニエスの脇を軽く小突く。
別に公爵令嬢としてもっと敬えとか、そんな気持ちは一切ないし、むしろ僕としては友達くらいの感覚で扱ってくれた方がありがたい。
そんな僕らのやり取りには一切気づかず、コウさんが腕をまくった。
「さあて、お友達も来てくれたことだし、久しぶりに腕を揮うとしましょうか」
どことなく嬉しそうに、コウさんが台所の方へと歩いていく。
ちょうどお昼時だし、どうやら昼食をごちそうしてくれるようだ。
やる気満々と言った様子で、台所に立とうとしたコウさんだったのだが……。
「うっ……」
小さなうめき声を上げたかと思うと、その場で突然硬直する。
「コウさん!!」
慌てて、アニエスの妹達がコウさんへと駆け寄った。
「大丈夫? 無理しちゃダメよ」
肩を貸すようにするシルヴィに、脂汗をかきつつ、コウさんは弱々しい笑顔を向ける。
「ありがとうございます、シルヴィ様。もう張り切れる年齢じゃあ無いですねぇ」
「また、腰を悪くしたのか?」
アニエスの問い掛けに、コウさんは歯がゆそうに頷く。
「お恥ずかしい限りです。寄る年波には勝てませんねぇ。気持ちだけは、まだまだ若いつもりなんですが……」
見た感じ、コウさんはかなりの年齢だ。
しかも、この家にはコウさん以外の使用人はいないそうだし、普段から相当無理をしているのだろう。
と、アニエスは席を立つと、そそくさと台所へと歩いていった。
「アニエス様……?」
「コウさんは、休んでいて下さい。昼食は私が作ります」
『ヴェッ!?』
妹達の驚きの声がハモる。
「あの姉さんが、料理……」
「剣を振るしかまともにできないお姉ちゃんが……」
「ガクガクブルブル」
妹達にどこまで絶望的な印象持たれてるんだよ、アニエス。
しかし、僕は心の中で、どこかワクワクしていた。
だって、今のアニエスは……。
「少々お時間をいただきます。セレーネ様」
「ええ。楽しみにしていますわ」
心の中で親指を立てて、僕はアニエスを送り出す。
そそくさと台所に保管してあった食材を確認すると、アニエスはすぐさま調理を開始した。
瞬く間に鍋に火がかけられ、出汁が取られたかと思えば、ほとんど同時進行で、肉や野菜が次々と切られていく。
手際の良さに、それだけで妹達の目が点になる。
「え、え、姉さん……!?」
「うそ、あのお姉ちゃんが……!?」
「あんびりーばぼー!!」
15分ほどで、大まかに調理を終えたアニエスは、キコキコと滑りの悪そうな給仕用台車を押して、こちらまで料理を運んできた。
料理は、碧の国の一般的なメニューをたまたまあった食材とアニエスが携帯していた調味料各種を使って再現したものだ。
ひよこ豆のスープに、ありもの野菜のシーザーサラダ、ベーコンエッグ。
それに、家に来る前にアニエスが自分で買っていたライ麦パンを主食に据えた。
旧式だが、魔力式コンロがあったおかげで、かなり調理時間が短縮できたようだ。
僕を最初に、それぞれの前に手早く配膳を終えたアニエスは机の横に直立した。
「ありもので作ったものですので、セレーネ様のお口にはお合いしないかもしれませんが」
「いえ、さすがですわ。アニエス」
見た目からして、とてもおいしそうだ。
だが、アニエスシスターズは未だ信じられないものを見るような目で、その料理を眺めていた。
「嘘でしょ……」
「ほ、本当に、お姉ちゃんがこれを?」
「シンジラレナーイ!!!」
「これはこれは、とても美味しそうねぇ」
コウさんは、自分の前にも配膳されたそれらを見て、嬉しそうに両手を合わせている。
「どうぞ、召し上がって下さい。コウさんも」
本来なら、ゲストである僕が手をつけないうちは、家の者、とりわけ使用人が同席し、先に食事を摂るなどあり得ないこと。
しかし、今は別に堅苦しい場でもないし、なんとなくコウさんにはそれが許される空気があった。
彼女はカップを持つとスープを一口含む。
一瞬ぴくりと反応した彼女は、続けざまにサラダへ。
もぐもぐと小さな口で頬張り、嚥下すると同時に口元を押さえた。
「驚いた。私の料理よりも、ずっと美味しいわぁ」
お世辞とは思えない、本当にびっくりした様子で、コウさんがそう言った。
そして、コウさんが食べているのがよほど美味しそうに見えたのか、「ぐぅー」と妹達のお腹が鳴る。
我慢できなくなった一番下の妹が料理に手をつけると、後を追うように、次女と三女もそれぞれ料理を口にした。
「!?」
「え、お、美味しい……!?」
「うーーまあああーいいぞおおおおお!!!」
思わずリアクションを取るほどの出来栄え。
僕も食べてみたが、うん、やはりアニエスの料理は僕の舌に合う。
「美味しいですわ。アニエス」
「勿体ないお言葉です」
恭しく礼をするアニエスの姿を見て、シェール家の面々はその変化に改めて驚愕の表情を浮かべていたのだった。
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