100.お兄ちゃん、トラウマを克服する
「わ、わわっ!?」
エリアスの手を取ると、僕はグイっと鞍上へと引き上げられた。
細身なエリアスの意外な力強さにびっくりすると共に、あまりにすんなりと馬の背に乗れてしまったことにも驚く。
あんなに躊躇していたというのに、まるで魔法のようだ。
視線が高くなったが、とりあえず、以前のように動悸がすることもない。
いや、違う。動悸はする。
その……体勢的な問題で。
「エ、エリアス様、その……」
「ふふっ、我慢して下さい。この体勢が一番安定するものですから」
今、僕のすぐ背中にはエリアスがぴったりと密着している。
そして、まるで僕を抱きしめるかのように両脇から手を回して手綱を握っているものだから、よりその密着感を強く感じてしまう。
「ゆっくり歩きますよ。もし怖かったら、言ってください」
「は、はい……」
エリアスの指示で、クレッセントがゆっくりと歩き出す。
二人乗りなこともあってか、本当にスローペースだ。
気ままな散歩の如く、周囲の風景が、緩慢と後方に滑っていく。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ」
今のところフラッシュバックが起こることもない。
いや、というより、周囲の景色にまで意識がいかない。
感じてしまうのは、エリアスの体温だ。
首筋に吐息すらも感じてしまいそうなほどの距離感。
今までも、攻略キャラ達と思いがけず密着してしまうことはあったが、それらはいつも正面からだった。
フィンに壁ドンされた時も、アミールに迫られた時もそうだ。
でも、今回は背中側から。
目で見えないと、かえって感覚が過敏になってしまうものなのか、エリアスの些細な動きにいちいちビクリと身体が反応してしまう。
その上、一方的に見られているという感覚があるせいか、首筋の辺りがなんとも言えず、くすぐったい。
「少し手綱を握ってみましょうか」
そう言いながら、エリアスは僕に手綱を握らせると、その僕の手を自身の手で軽く握った。
「!!?」
温かいエリアスの手。
なんだか、優しく包まれているような感覚がより一層強くなり、僕の身体までなんだか熱くなってくるかのようだ。
も、もう……元は同性だぞ。なんで、こんなにドキドキするんだよ……!!
強制力にしろ、トラウマにしろ、いい加減にしてくれ……。
心臓が保たない状況に、半ば泣き出しそうな気持ちになりながらも、少しずつ慣れてきた僕は、ようやく周囲の景色を見やった。
長閑な馬場の風景、秋口の心地よい風が頬を撫でていく。
先導するように歩くシャムシールの足取りも、どこかリズミカルだ。
なんだろう。なんだか、とても安心する。
目の前を行くシャムシールに、信頼するクレッセント、そして、僕に優しく手綱を任せるエリアス。
自分がたくさんの存在に護られているのを感じた時、僕の中で、何かが氷塊していくような、そんなイメージが脳裏に浮かんだ。
「緊張がほぐれてきたようですね」
優しく耳朶を打つエリアスの声に、僕は落ち着いた気持ちで頷いた。
「はい、エリアス様とみんなのおかげですわ」
言葉と共に、僕は覚悟をするように、目の前の風景を真っすぐに見据えた。
「クレッセント」
大切なパートナーの名を呼ぶ。
すると、彼女はまるで僕の気持ちをわかっているかのように、少しだけ歩くペースを上げた。
スピードは徐々に上がり、やがて、走っていると言っても良いくらいの速さまで加速する。
先ほどとは比べ物にならないほど速く過ぎ去っていく景色。
鼓動が速くなり、目の前が白く染まる。
そして、再びあの時の光景が頭をよぎった。
でも……。
僕を包み込むたくさんの温かさが、膨れ上がる恐怖を堰き止めてくれる。
ルイーザの言葉、エリアスのぬくもり、そして、クレッセントの優しさ。
やがて、あの日のビジョンは、パリンと音と立てて、僕の魂の中で砕け散っていた。
視界が、馬場へと戻る。
「やった……やりましたわ!!」
何とも言えない爽快感。
明確にトラウマを超えられたという高揚感が、僕の胸を満たしている。
「ありがとう。クレッセント……!!」
慈しむように彼女の首筋を撫でた僕は、その後もしばらく、彼女、そして、エリアスとともに馬場を走り続けたのだった。
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