祭り
「わぁ」
朝のシャワーを終え、食卓に転移して。そして視界に入ってくる机の上に堂々と存在する本。表紙には日記と書かれている。
「わぁ」
いや罠でしょこれ。キルがついうっかりミスってここに忘れちゃったーなんてあり得るわけないもん。となるとこれは私にお仕置きするための罠、口実作りだね。私だって鳥じゃないんだからさ、学習するよ?こーんな少し考えれば分かるような見え見えな罠で、私をハメれると思ったんだろうか?キル疲れてるのかな?
で、えーと中身は…
『レイが可愛い。泣いている姿が一番可愛い。少し無理やりに迫ると表面上嫌がっていても本当は悦んでいるレイが可愛い。泣かせたい。視界奪ったり拘束した───』
ぱたん。
「わぁ」
背後からお腹に手を回され肩に首を置かれる、いつもの拘束の感覚。
「わぁ」
「煙草。煙草吸ってる女の子可愛くないですか!可愛いよね!可愛いというかカッコいいよね!見たいよね!いや私がなるべきだな煙草ちょーだい!」
「はい。食べたら歯をちゃんと磨こうね」
「こう咥えてね?ふくへひひふぃふきなふぁらふぉふぉーくみうへふよ(机に肘突きながら遠くを見るんですよ)」
はー、今私を第三者視点で見たらハードボイルドでカッコいいんだろうなぁ。というか久々に食べるとココアシ〇レットも中々美味しい。
「あとはこう、カウンターでグラスをつーって滑らせて「そこの可愛いお嬢ちゃん、私の奢りだよ」ってやるのとかいいよね!」
つーっ。(水が入ったガラスのコップが滑る音)
がっ。(何かに引っかかってコップが中に浮く音)
がちゃん。(そのまま地面に落ち破壊された音)
「………コップばっか磨いてカウンターを磨いていないウェイターが悪い」
「まずはレイを磨くことから始めようか」
「何でそんな怒ってないくせにひどい事するのっ!」
最近趣味と化した家庭菜園。私より弱小な存在を育てその命を管理していると思うと快感が得られるので楽しい日課となっていたんだけど、そんな畑(500m×500m)から近所でお祭りがあるよってチラシが収穫できた。少し前植えたお祭りチラシの種がもうこんなに育って…!
お祭り…お祭りかぁ。あの子供のころは輪投げとか射的とかの遊べる系を目当てに行って、もうちょっと育つと食べ物目当てに行って、ショバ代含めた代金なんて払えるか!からのこれも祭りの醍醐味ってお金落とすようになるお祭りね。
前世ではイベント好きかつめんどくさがりな私は計画だけ緻密に立てて行かないって事が多発したけど、今世では転移できるキルが連れてってくれるだろうしいいかもしれない。キルの浴衣が見れるかもしれないしね!
そう決意して私が色々企んでる顔でチラシから顔をあげると四着ぐらいの着物を抱えたキルが出待ちしてた。
「ぅわっびっくりしたー」
「僕はこの黒と青に彩られた浴衣が似合うと思うよ」
完璧に行動が読まれてる…。まぁいつものことか(思考停止)。
私に服選びのセンスがない事なんて百も承知なので、キルが選んでくれた浴衣に着替え…着替え…どうやって着るのこれ?
まぁ待て。まぁ落ち着け。思い出せ、確か七五三で着たはずだ。その通りに再現すれば…。
………。
「へんしーん!」
私は光に包まれたのち、浴衣が装着された。変身って宣言してポーズ決めたら10秒ぐらいかけて衣装チェンジされるのは世界の掟だからね。
ところで着物と浴衣の違いわからなかったから調べてきたんですけど、浴衣は着物の一種でより夏らしいものと認識しました。多分あってるでしょ(適当)。
「それじゃあ行こうか。場所は変わらずファブナーリンドだよ」
着慣れない浴衣にむずむずしていると、私の対を意識したような白と赤で染められたキルが手を取ってそう言ってくる。
私もそうだけどキルも胸そんなにないからやっぱり浴衣似合うねぇ。色白だし、小柄で華奢だし、本性知ってなかったら優しそうだし。『非公開』色の瞳も『非公開』色の髪もキルの魅力を一段と引き上げてる。というか素材がいいから何着ても大体似合うわやっぱ美人ってズルいな。
ああ待ってキル、行く前に一つ聞きたい事あるんですよ。
「この、私が下着履いてないのって、仕様?」
「浴衣の時は下着履かないモノだろう?」
「そんなワケあるかぁ!えっ本当にそれ信じてるの!?それとも趣味!?」
「趣味だよ」
趣味かぁ…。じゃあ許す。
ちなみにキルはちゃんと下着付けてるらしい。これが格差社会か。
転移で来た。
異世界のお祭りの雰囲気ってどうなんだろーって来る前は思ってたけど、ぱっと見はそんなに地球と変わらない。相違点はすれ違う人にたまに獣人が混じったり、出店の射的が魔的になったり食べ物が焼き鳥からコカトリス焼きになったりとかだ。それ本当にコカトリスの肉使ってる?
前来たときは人は多くいれど落ち着いた雰囲気があったファブナーだが、今夜はお祭りだからかどこからかお腹の底から響くような打楽器の音がする。出店や要所要所、果ては祭りを楽しむ人々が魔力で灯す光を携えており、薄暗くなってきている中明るく周囲を照らす光源は幻想的だ。
久しぶりに感じる、なんとも本格的な祭りに対し私のテンションは爆上がりだ。
「キルー!あっち行こあっち!あれ多分お面売ってるよね祭りと言えばお面だよねうわスロースのお面ある…」
「実は信仰対象なんだよねスロース」
久しぶりに見る、なんとも本格的なスロースのお面に対し私のテンションは爆下がりだ。
しかしキルによるとスロースちゃんはどうも神聖的なモンスターらしい。出会いが…悪かったんだ…。
とりあえず普通に定番の狐のお面を買い(買ってもらい)左側に付けてもらう。目は隠れないけど正面左側に60度辺りから視界が見えなくなる位置がお面の正式装着位置だ。これは大日本帝国憲法で決められている。
お礼にキルに浴衣なので被ってないフードの代わりに色違いの狐のお面を付けてあげて、次のお店へ。
「この遊戯店は…何してるの?」
「魔力ボールでイライラ棒迷路、が一番わかりやすいかな。ほら、あの子やるらしいから見てみよう」
針金っぽいのが乱立する出店に親と来た男の子。親が店主に効果を渡すと、さん雑としていた針金同士が繋がっていき、光の迷路ができていく。どうも魔力を流したらしい。
男の子は真剣な顔をして、ふわふわとスタート地点らしいところに生み出した白い球を操っていく。親が応援する中、ボールを進めて進めて…そして、迷路の道に当たってしまったらしく、びーっと音を鳴らしながらボールは消えてしまった。
落胆する男の子に店主は笑いながら景品を手渡し、また来なボウズと背中をぽんっと親へと送り出す。男の子は親と話しながら出店から離れていった。
「どうするレイ、やってみるかい?」
「ここまで描写しといてやらないって選択肢はないでしょ。おじさーん一回ね!」
おう頑張んなの声と共に迷路が再構築されていく。
魔力を感覚で流し、軽く上下させる。っふ、余裕!この勝負、もらった!
私は完璧な操作で迷路を駆け抜けていく。迷路の位置を確かめるために体を動かすタイミングが一番ボールが不安定になるが、ホバリング技術ぐらいは義務教育で身に着けている、はっきり言って楽勝だ。
ほら、もう余裕綽々で半分まで来「ふー」たにゅるわぁっ!?
キルによる耳に息を吹きかける恋人イベントにより魔力ボールは爆散した。
「キャラじゃないこと急にするじゃん…」
「レイの可愛い姿を見るためならキャラが崩れることも厭わないよ」
そこは厭って欲しい。
第三者による妨害を訴えやり直しを私は要求したが、おじさんは直立不動かつ鼻血を出して動かなくなってしまったので諦めた。
まったくもー。あーゆーのは家でのみしてほしいね。
その後は特に大きなイベントもなく、普通にイチャイチャしながら出店を回った。結果的に今のスタイルは狐のお面を斜めに付け、遊戯点で獲得した細々としたものを左手に、右手には金魚(と推測される)が入った袋を吊り下げている。
食べ物関係がないのは、キルが「僕以外が作ったモノを口に入れて欲しくない」と言ってきたからだ。思わずキュンとしたが、この前の観光では普通に許されていたので多分、今そういう気分なだけだろう。騙されないぞ。
そしてその状態で私はキルにおぶられている。おんぶともいうアレだ。
何でこうなったっかていうと、私の下駄の鼻緒とかが唐突にちぎれたからなんですよね。
いや違うんですよ。お祭りと言えば足くじいたりしておんぶしてもらうイベントじゃないですか。そう脳裏に浮かんだ瞬間、何故かはわからないけどたまたま手が滑ってまぢゅつが暴発してしまいなんと下駄が消失した。鼻緒レベルじゃなかったわ。
そのまま「ふぇーんあるけないよーしょうがないにゃぁ背負ってあげようやったー」以上です。
嫁に背負われるというものもいいものだ。支えるために回しているキルの手の挙動が怪しいことを除けば、常に体温を感じ、鼓動すらも感じ、触れ合いながら楽しく笑い合える。なんなら優しく包み込まれる母性を感じるし、幼いころ父上に同じように背負われた父性をも感じる。
「いえーいキルちゃん号はっしーん!」
「はいはい、どこに行きたい?」
「んー…お?あれ型抜きかな?日本でも全然見なくなってきてるレアな奴」
「やってみる?最高難易度はスロースの顔だよ」
「やたらスロース推してくるね!?」
トラウマになっている私への当てつけだろうか。
ちなみに型抜きはやった。14秒でノーミスという20年やってるお店の歴代最高記録をたたき出したけど、完成したスロースに耐えられず即粉々にした。
花火。
いや魔法で打ち上げられてるもんだから花火って言っていいのかは知らないけど何も知らず夜空に咲いたのだけ見れば花火だなぁって思うようなの。を、時計塔の天辺からキルに膝枕されながら見ていた。
「…ここは素直に感動しとくのがエンタメなんだろうけど、花火だー以外に何も感じない」
「レイって割と心死んでるよね」
「慧眼のレベルが高いと言ってもらおうか!」
「まぁ毎日僕を見てるから当然かな」
「…」
たまにこの娘の脈絡のない自信に何も言えなくなってしまう。なまじそうだと納得してしまう分タチが悪い。
「後さー何かで見たけど、花火って性欲促進効果あるらしいね」
「そうらしいね」
「でもやっぱり私そんなことなかった(ブゥン 転移音)なかったって今言ったよね!?」
「…レイ」
「…はいなに」
「わがまま言わないの」
「それ私のセリフ!」
最後のわがままの下りやった気がする…?




